工繊大の塚本です.

In article <kmdvat$76t$1@dont-email.me>
"Kyoko Yoshida" <kyokoyoshida123@gmail.com> writes:
> 集合の定義はシンプルな,公理的集合論「レモン著」p4の
> 『集合とはそれ自身がクラスのメンバーとなっているようなクラスのことである』
> を使わせて戴きました。

その文では意味が通じませんね.
貴方が前後関係を無視した引用をしているか,
そもそも訳文がまずいかのどちらかでしょう.

> ところでクラスの世界ではクラス全体のクラスや{x;xはクラス,x\not\in x}は
> カントールやラッセルのパラドクスをどのように回避してあるのでしょうか?

そのようなものが意味のある数学的対象となることはない,
と考えるわけです.

> 因みに公理的集合論「レモン著」p29にて全クラスを定義してありますが
> これは公理的集合論「田中尚夫著」p52の宇宙の事だと思います,

それは貴方がそう思っているだけではありませんか.
もう少し文脈を取らないと何とも判定できません.

> そして公理的集合論「田中尚夫著」p52定理2.8.9にて宇宙(全クラス)は
> 真クラスだと述べてありますが,
> 公理的集合論「レモン著」p30冒頭で全クラス(宇宙)は真クラスか否かは不明だ
> と述べてあります。

そうでしょうか. どうも違うことが書いてあるのではないかと思いますが.

> 従って,公理的集合論「レモン著」(1969年)の出版後に
> 全クラス(宇宙)が真クラスである事が証明されて
> 公理的集合論「田中尚夫著」p52定理2.8.9が掲載されたという理解で
> 大丈夫でしょうか?

そんなことはないでしょう.

> もしそうなら公理的集合論「レモン著」p30の
> 『少なくともU∈Uの時,かつその時に限り,Uは集合であるといえる』

これも意味が通じませんね.
貴方が前後関係を無視した引用をしているか,
そもそも訳文がまずいかのどちらかでしょう.

> という集合の定義は意味をなさないのですね
> (∵現在ではUは真クラスという事が判明しているので
> 真クラスの定義から"U∈U"というケースはもはや有り得ない)

少なくとも貴方の述べていることは意味を為しません.

> 更に,公理的集合論「田中尚夫著」p52では真クラスの定義として
> 『集合でないクラスを真クラスという』が載ってますが

これは普通の定義ですね.

> 定理2.8.7ではVは全ての集合の集まりなので,
> 『Vは全ての集合たちからなる真クラスである』と表記してあるので
> ここでの"クラス"は"真"という接頭語が省略されてるのかと思いきや,
> 定理2.8.8や定理2.8.9では接頭語無しの"クラス"になったり
> 接頭語付きの"真クラス"になったりしてます。
> したがって,クラス⇔集合, 真クラス⇔非集合 という構図になってる
> (つまり,真クラスと集合の2つの概念しか存在しない)のかと思いきや,

それは変な解釈ですね.
普通, クラスといえば, 集合であることもあるし,
非集合(真クラス)であることもあるわけです.

> p54では定義2.9.7ではクラスFの一意的対応を"クラス関数"と呼び,
> 特にFが集合の時は"関数"と呼ぶと述べてあります。

そうでしょうね.

> 以上より, "真クラス","真クラスでもない非集合なクラス",
> "集合と呼ばれるクラス"の3種類があるのだと推測できます。

その推測は間違っています.
クラスの中に集合であるものと真クラスであるものがあるのです.

> それで,中間に位置する"真クラスでもない非集合なクラス"の
> 簡単な具体例を知りたいのですが一体どのようなものが挙げれますでしょうか?

ですからそんなものはありません.

> もし,真クラスと集合の2つの概念しか存在しないのであれば
> 真クラスの事をクラスと呼び,クラスの事を集合と呼べばすっきりする
> と思うのですが,

どうして, 集合と真クラスを合わせたものをクラスとして
考えることをしないのですか.

> どの書籍でも真クラス,クラス,集合という3語が氾濫してる為に,
> あたかも公理的集合論には真クラス,クラス,集合という3つの概念が
> 混在してるような錯覚に陥ります。

3つの概念は存在します.
「混在」とはどういうことでしょうか.
そこに貴方の錯覚があるのでしょう.
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塚本千秋@数理・自然部門.基盤科学系.京都工芸繊維大学
Tsukamoto, C. : chiaki@kit.ac.jp