てつたろです。

"MARUYAMA Masayuki" <toy@ops.dti.ne.jp> wrote in message
news:cbscue$j87$1@newsl.dti.ne.jp...
>
> tetsutaro wrote:
> > 質問の裏読み等しても大抵はずれますので。
>
>   まず、そういう読み方を全力で止めましょう。

御意。
補足するなら、
質問の意図がわからなければ、きちんとその
旨を伝えることが肝要です。
裏読みして質問の答になっていない応答を
したり、回答する前に別の質問で返したり
するのはやめるべきと考えます。

>   で、本題。
>
> >   (小説家が言う処の「登場人物が勝手に
> >   動く」という状態。キャラが濃ければ
> >   想像上の動きも影響を受ける)
>
>   それが真にできるならば、何も言いません。御勝手にどうぞ。
>   ただし、そんなものは一般論にはなり得ません。誰もが小説家
> の才能を持ってるわけではありません。

仮面ライダーごっこをする子供が仮面ライダー
らしくあろうとするようなものです。
「このキャラならこんな行動をとるだろう、
こんな行動は絶対にしないだろう」という
概念の制約は、程度の差こそあれ誰の想像中
でも働くと思いますが、いかがでしょう。
(「想像は自由」といいますが実際はその人
のものの考え方で制約を受けます。
その制約をぶち壊すほうが小説家の才能を
要すかもしれません)

# この話も本題からずれて来ました。
# 話題の発端の確認

 小説を読んでいる時、「ここで主人公は
 こんな選択をしているけど、別の行動を
 とったらどうなるだろう」という想像を
 行う。
 「ノベル的AVG/NVG」はそれを極限定的
 ながら選択肢分岐で実現してくれるもの。

例えれば、想像はオフロードを走るバギー、
ノベル的AVG/NVGは線路を走る列車です。

想像の中の主人公は正に自分の投影でしょう。
バギーでも走れない場所はありますが、概ね
草原や砂漠、丘陵を自由に走り回れます。

選択肢分岐は、ポイントで線路を切り替える
ことができても、その先次のポイントまでは
線路の上しか走れません。
私はその間、素直に列車の乗客として景色
(ストーリー)を楽しみます。
このことから、選択肢分岐型のAVG/NVGを
「他者型」と感じています。
(運転席に座ってもいいのですが、この状態
では列車のコントロールできない為、乗客と
変わりません)

>   以下、余談というかどーでもいいこと。

私にとっては「どーでもいいこと」でも
ないのでコメントします。

> > 飯塚さんの書き方は私の人格そのものに対する
> > ひどい侮辱と受け取りました。
>
>   ここまではいいとして。
>
> > 「飯塚さんがまともな判断ができないほど
> > 立腹しているのだろう」と思い至りました。
>
> って思い至っちゃってるあたり、何をどう考えたのやらって感じ。
> ついでに「まともな判断ができない」っていうのも十分侮辱して
> ますよね。結局、てつたろさんはやってることがちぐはぐ。

間違った解釈から他人の人格に対する侮辱
的な中傷を公共の場に投稿するのは明らか
に「まともな判断」の結果ではないと判断
します。
「普通の精神状態ではなかったのだろう」
と判断したからこそ、怒るでもなく謝罪
要求も止めておきました。
もし上記が「まともな判断」の末に記述した
確信的文章であるとするなら、飯塚さんも
謝罪などしなかったことでしょう。
(結局、謝罪は頂いたので飯塚さんもまとも
な判断ができたのだろうと拝察致します。
この場を借りて、飯塚さんの謝罪にはお礼を
申し上げます)

「まともな判断ができない」状態は誰にでも
ありえます。
斯くいう私自身まともな判断ができていない
(と今だから感じる)時期がありました。
「あなたは今まともな判断ができる状態では
ないですよ」と指摘することは決して侮辱
にはあたらないと考えます。
少なくとも私に飯塚さんを侮辱する意思は
ありません。

また、飯塚さんは「謝罪」の後に「アホ」とか
「イタイ人」とか「アブナイ奴」という表現を
多発しています。
侮辱の謝罪をしたその日のうちに投稿した文書
に自分で侮辱的と考えている文を投稿するほど
「まともな判断ができていない」はずはない
と思います。
ゆえにこのような表現を侮辱的と感じない人が
「まともな判断ができていなかった」という
事実を指摘されたからといって侮辱と感じる
とは思えません。

が、もし飯塚さんご自身が侮辱と感じている
のであればもっと適切で穏便な表現ができな
かったことにお詫び致します。

> > 飯塚さんは議論をしたいのではなく、相手を
> > やり込めたいだけなんでしょうか。
>
> これは私の感覚からしたら、てつたろさんの方。

「やり込められたくない」だけでした。
(今にして思えばそれもクダラナイこと)

> 食い下がり方が半端じゃないですし、

納得できないことは無視できませんでした。
(都合の悪いことは無視したほうが利口だった
のかな)
折角考えて書いた文が何の応答もなく切り
捨てられたことが悲しかったので、少なく
とも自分はできるだけ応答したかったのです。

> そもそも、てつたろさんにとって結論が決まって
> いる以上、手段はどうであれ、その結論を相手に
> 受諾させるかさせられないか、二つに一つしか
> ないでしょ?

いいえ。
前提が異なります。

結論が決まっている話
(私はミルクティーが好きです。貴方は?)
と調整が必要な話
(ミルクティーは紅茶の飲み方として問題が
あるか)
があります。

「ミルクティーが嫌い」という回答なら納得
します。
しかし、「紅茶の飲み方」の歴史的な話や
社会通念上の話をされた挙句に、「ミルク
ティーは紅茶じゃない」的なことを言われれ
ば、「そんなこたぁないでしょ?」と反論
します。

後者は納得できる説明があれば同意します。
(「プロセスチーズはチーズじゃない」の
ような)

少なくとも、初期の頃は飯塚さんの意見と
すり合わせを行う努力をしていました。
例の仕切りなおしも、反論-反論で収集がつけ
られなくなったやり取りを整理して、同意
できる点があるか確認するための試みでした。
意見の相違があっても、その原因となる点を
調べれば、合意できる点があるかもしれない
と思い、色々なアプローチを試みましたが、
帰ってくるのはシンプルな否定と無視。
取り付くしまを探して足掻いた結果が、
「半端じゃない食い下がり」
とMARUYAMAさんに評されたものと考えます。

みっともないかも知れませんが当時は必死
だったのです。

>   議論ってそんなものなんですか?
>   てつたろさんにとって、議論と討論とやり込め
> 合いの差はどこにあるんでしょうね?

議論とは、お互いの意見で同意できる箇所を
見つけあい、合意する行為だと思います。
(最後のほうでは放棄してしまいましたが)

少なくとも相手の主張のうち反論可能な箇所
だけ選んで後は無視するようでは、議論には
ならないでしょう。
(皮肉を書くのも同様ですね。
いや、私も何度かやってしまいましたが)

私が「やり込め」と判断したのは、議論の内容
とは直接関係のない箇所で相手を攻撃する行為、
つまり「ゲームの分岐」と「小説からの想像」
の比較検討中に突然私の人格を攻撃してくる
ような行為です。

いずれにせよ、飯塚さんとの記事のやり取り
が「議論」と呼べる形態になっていないこと
に気付いたので、飯塚さんへのフォローを
止めることにしました。
飯塚さんは未だ「議論」だと思われている
ようですので、やはりかみ合っていません。

>   まぁ、何にせよ、てつたろさんは、少なくとも私や飯塚さんに
> 「ミルクティーは美味しいもの」と思わせることに失敗しました。

そのようですね。
とはいえ「美味しいもの」と思わせる努力に
関してはとうに放棄していました。

飯塚さんがミルクティーを美味しく思って
いないのは初期から知れていますので、
「嫌いでもいいけど、ミルクティーを『基準
のわからない紅茶の歴史』や『社会通念』で
否定するのを止めて欲しい」
ということを認めてもらう努力が最近の全て
です。
(そのためだけの「半端じゃない食い下がり」
でした)

> 少なくとも私は「ミルクティー」の存在は認めますし、「てつたろ
> さんがミルクティーを好きだと思う」ことは尊重します。

感謝いたします。

> しかし、私は「ミルクティーは美味しいものだ」とする理由付け
> は否定しますし、ミルクティーは飲みません。

そうですか?
でも最近は「美味しい」とする理由付けまで
行う余力はありませんでした。
だから「ミルクティーの存在」さえ認めて
もらえれば半分以上成功なんですが。

又、少なくともMARUYAMAさんはミルクティー
の美味しい飲み方を探していらっしゃるよう
に見受けられたのですが、見込み違いだった
のでしょうか。

(あれ、「ミルクティー」は主人公の顔のある
AVG/NVGの例えなので、
「『そらのいろ、みずのいろ』はやらない」
もしくは
「ミルクティーと知っていれば買わなかった」
という意味?)

少なくとも「ミルクティー」に罪はないので、
私に対する反発だけから「ミルクティー」を
拒否することがないよう、お願いいたします。
(蛇足)

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