In article <8whfg.14$Q34.9@news3.dion.ne.jp> wacky@all.at writes:
>>>>>CFXについては「記事の流通」が確認されることが本質的な要件です。
>>>>>CFA/CFRへの異議については、「委員会への到達」が本質的な要件です。
>>というのは「主張」ではない。
>>現状のNGMPが、そのように規定されているという「事実認識」です。
>普通の国語力の範囲では、表面的にただ存在するというだけの【ルール】を
>「本質」と称することなどまず有り得ないことでしょう。
>「本質」とはそのルールをルールたらしめる根拠たる「何か」であるわけです。
>「本質だ」と述べるので「そこに如何なる意味があるのか」を問うていたわけ
>ですが、結局は「そう書いてあるんだ」で終わってしまった。
よくまあ、
こんな無理のある屁理屈を考え出すもんですね。
ここまで来たら感心するしかない。

私の元記事における「本質」という用語の使い方を、
どう読んだら「ルールの背景にある根拠」なんて理解が出てくるんだろ?
「本質的な要件」……つまり「本質的」は「要件」という語の修飾だよ。

最初の段階で本気で読み誤ったのか、
あるいは今とっさに思い付いた言い逃れなのか、
いずれにしても呆れるしかない……

>どなたか、「何故そのような歪なルールでなければならないのか」について説
>明してくれませんか?
これはこれで、意義のある論点であることは、
既に述べている通りですが、
当のwacky氏が上述のような状況では、やる気が失せます。

                                戸田 孝@滋賀県立琵琶湖博物館
                                 toda@lbm.go.jp