安井@東大です。

>>From:YASUI Hiroki <jyasui@mail.ecc.u-tokyo.ac.jp>
>>Message-ID:<ymrmad9oeo9o.fsf@as302.ecc.u-tokyo.ac.jp>
>>
>>検討すべき最初のステップが「各国の不法行為法の適用」であるという御
>>指摘はごもっともかと思います。

In article <20030901215327cal@nn.iij4u.or.jp>, SASAKI Masato wrote:
> 正確に言うとそれにとどまるものではありません。
> 今なぜか「日本の賠償責任」ということでお考えのようですが
> そういう捉え方自体があまり法的なものとは言い難い。
> せめて「日本の「何某に対する」賠償責任」くらいは
> できれば「日本の「何某に対する」「何々に基づく」賠償責任」としなければ
> 出発点において正確な法律論は展開できないという趣旨です。

丁寧な御指摘をいただき、ありがとうございました。


>>ただ、そうした国内裁判での処理を考えるに当たって気になるのが、主権
>>免除の問題です。化学兵器遺棄・廃棄のいずれにせよ、国家の主権的行為
>>であるように思われますので、この事件に関する中国の民事裁判権は日本
>>政府に及ばず、中国の「国内法だけでかたのつく問題」にはならないので
>>はないかと思うのですが、どうでしょうか。
> 
> それでは問題の解析が不十分です。
> 主権免除の話は
> 中国市民もしくは中国政府が日本政府に対し
> 中国の裁判所に出訴した場合にのみ適用される話です。
> 中国市民もしくは中国政府が日本政府に対し
> 日本の裁判所に出訴した場合には主権免除は無関係です。
> (ちなみに法例11条1項は不法行為地法の適用を原則にしていますので
>  中国法の適用を求めて日本の裁判所に出訴するのは
>  十分にあり得る戦術です。
>  個人的には過失責任は無理だと思いますので
>  11条2項が発動されるので、無理だと思いますが……。)

法例11条2項によって排除されるのであれば、結局のところ、中国の「国
内法だけでかたのつく問題です」とはならないように思うのですが…。


>>化学兵器漏出を「環境汚染」と捉えれば、無過失責任が問われることにな
>>るかもしれません。
> 
> 無過失責任と行為責任の遡及とは本来無関係です。
> 無過失責任を認めたことは
> 過去の行為による責任の遡及的追求を可能にしたことを意味しません。

この点についてもう少し確認させてください。
“遺棄という一回限りの行為が1945年に行われた”と見なすのではなく、
“毒物の安全な管理を行い続けるべき日本政府が今日までその義務を怠り
続けている”と立論する線はないのでしょうか。
 # “ドラム缶に詰めての埋設は安全な管理ではない”という主張を前提
 # にした上での話になりますが…。


>>埋設場所の公知は(治安その他の観点から)期待困難だとしても、缶をコ
>>ンクリートで固めるとか、あるいは、最低限、「どくいりきけん、あけた
>>らしぬで」という旨の標識を一緒に埋設するくらいのことは、毒物を扱う
>>以上、為されてしかるべきところかと思うのですが、どうなのでしょうか。
>> # その程度のことなら、たとえ1945年当時の技術水準でも十分に可能で
>> # したでしょうし。
> 
> この点については
> 当の1945年当時の技術水準をはっきりと論証できないので
> 特に反論はしません。
> (感覚的には「そうか〜?」って感じもしてますが。)

ということは、“過失責任を問われる可能性は明白にはゼロではない”と
見ておいた方が無難である、ということでしょうか。

なお、この事件で問題になっているマスタードガスについては、焼却によ
る無害化という技術が当時から知られており、終戦時に焼却処分された例
も存在しています。
 # 参照:http://www.kitanippon.co.jp/backno/200306/25backno.html#seiji4
そうしたことから考えても、ドラム缶に詰めただけでの埋設はあまりにも
杜撰だという印象を持っています。
 # もっとも、昨年秋には、神奈川県寒川町の道路工事現場で、ビール瓶
 # に詰められたマスタードガスが掘り出されたという事例も発生してい
 # ますが…。
 # 参照:http://www.pref.kanagawa.jp/osirase/saigai/kikenbutu/kikenbutugaiyou.htm


ところで、報道によれば、今回の事件の処理に関して日本政府は、日中共
同声明による賠償請求権放棄を根拠として補償請求には応じない一方、被
害者・遺族に見舞金を出すという形で解決を図るつもりのようです。
 # http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20030902-00000059-kyodo-pol
言うなれば、政治的解決といったところでしょうか…。
-- 
*  Freiheit  | 安井宏樹(YASUI Hiroki), jyasui@mail.ecc.u-tokyo.ac.jp     *
*  Recht     | 東京大学大学院法学政治学研究科・比較法政国際センター      *
*  Einigkeit | (現代ドイツ政治,ヨーロッパ政治史)                        *