佐々木将人@函館 です。

>From:YASUI Hiroki <jyasui@mail.ecc.u-tokyo.ac.jp>
>Date:2003/09/01 20:33:55 JST
>Message-ID:<ymrmad9oeo9o.fsf@as302.ecc.u-tokyo.ac.jp>
>
>検討すべき最初のステップが「各国の不法行為法の適用」であるという御
>指摘はごもっともかと思います。

正確に言うとそれにとどまるものではありません。
今なぜか「日本の賠償責任」ということでお考えのようですが
そういう捉え方自体があまり法的なものとは言い難い。
せめて「日本の「何某に対する」賠償責任」くらいは
できれば「日本の「何某に対する」「何々に基づく」賠償責任」としなければ
出発点において正確な法律論は展開できないという趣旨です。

そこで整理すると少なくとも
「日本の(被害者である)中国市民に対する賠償責任」
「日本の中国政府に対する賠償責任」
くらいは考えられるし
それぞれについて単に不法行為による損害賠償責任と
国際法上の違法行為として問われる国際責任が
考えられるはずです。

そして
「日本の(被害者である)中国市民に対する賠償責任」
を考えるのであれば
まずまっさきに国内法の不法行為論を見ないとだめだ……と続きます。

>ただ、そうした国内裁判での処理を考えるに当たって気になるのが、主権
>免除の問題です。化学兵器遺棄・廃棄のいずれにせよ、国家の主権的行為
>であるように思われますので、この事件に関する中国の民事裁判権は日本
>政府に及ばず、中国の「国内法だけでかたのつく問題」にはならないので
>はないかと思うのですが、どうでしょうか。

それでは問題の解析が不十分です。
主権免除の話は
中国市民もしくは中国政府が日本政府に対し
中国の裁判所に出訴した場合にのみ適用される話です。
中国市民もしくは中国政府が日本政府に対し
日本の裁判所に出訴した場合には主権免除は無関係です。
(ちなみに法例11条1項は不法行為地法の適用を原則にしていますので
 中国法の適用を求めて日本の裁判所に出訴するのは
 十分にあり得る戦術です。
 個人的には過失責任は無理だと思いますので
 11条2項が発動されるので、無理だと思いますが……。)

>化学兵器漏出を「環境汚染」と捉えれば、無過失責任が問われることにな
>るかもしれません。

無過失責任と行為責任の遡及とは本来無関係です。
無過失責任を認めたことは
過去の行為による責任の遡及的追求を可能にしたことを意味しません。

>埋設場所の公知は(治安その他の観点から)期待困難だとしても、缶をコ
>ンクリートで固めるとか、あるいは、最低限、「どくいりきけん、あけた
>らしぬで」という旨の標識を一緒に埋設するくらいのことは、毒物を扱う
>以上、為されてしかるべきところかと思うのですが、どうなのでしょうか。
> # その程度のことなら、たとえ1945年当時の技術水準でも十分に可能で
> # したでしょうし。

この点については
当の1945年当時の技術水準をはっきりと論証できないので
特に反論はしません。
(感覚的には「そうか〜?」って感じもしてますが。)

>御指摘の通り、1999年覚書に無過失責任を定めた明文規定はありませんが、
>有害廃棄物処理の国際的枠組みであるバーゼル条約が無過失責任を規定し
>ていることとのバランスから考えれば、廃棄義務を負っている日本に無過
>失責任があると立論することは可能だと思います。

ここも同様。
ある時点で無過失責任を定めた条約が拘束力を発生させたとしても
そのことだけで条約発効以前の行為についての無過失責任を定めたことには
なりません。
むしろ遡及効はないと解するのが原則です。
(一般則としては条約法に関するウィーン条約28条)
また歴史的に見れば国際責任については過失責任が原則でした。
1945年当時に国際責任を無過失責任原則で語るのは間違いだと思います。

ですから1999年覚書の時点において
(それまで負っていなかった義務を)
日本が負ったのだという説明にならざるを得ないと思いますが
この場合の無過失責任の行為は
「危険物を埋めた」という行為ではなく
「危険物を発見する義務を負っているのに発見できなかった」という行為を
無過失責任の対象となる行為ととらざるを得ないことになります。
しかしそれは結局前の投稿で示したとおり
事実上不可能な行為を要求しているものであります。
条約の解釈において不可能を強いる解釈とそうでない解釈があれば
そうでない解釈が採用されることにも異論はないと思います。

>また、佐々木さんは、「未発見のもの」についての安全確保義務の有無に
>ついて、「未発見」であることを理由として義務の存在を否定しておいで
>のようですが、有害物質たる化学兵器を地中に埋めて「未発見」にしたの
>が日本である以上、「未発見」を理由とする義務回避を認めるのは均衡を
>失するように見えるのですが、どうでしょうか。

これも
「いつの時点でのどんな義務」という点に混同が見られます。
それが1999年覚書による義務だというのであれば
遡及効を持たせることが誤りなのですから
過去の事情を考慮して結果遡及効を生じさせようとする解釈自体が
誤りとなります。
そうすると法の裏付けのないバランス論になってしまいます。

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