安井@東大です。

>>From:YASUI Hiroki <jyasui@mail.ecc.u-tokyo.ac.jp>
>>Message-ID:<ymrmbruai0pq.fsf@as302.ecc.u-tokyo.ac.jp>
>>このスレッドで問題になっているのは、戦争賠償ではなく、遺棄化学兵器
>>が引き起こした損害の補償です。

In article <20030828194026cal@nn.iij4u.or.jp>, SASAKI Masato wrote:
> 中国在住の個人が誰かの何かによって損害を受けた場合に
> 戦争に関係あるからって日中友好宣言持ち出すのと
> 遺棄化学兵器だからって1997年条約や1999年覚え書きを出すのは
> 問題の解析が十分でない点が一緒だと思います。
> 個人が誰かの何かによって損害を受けた場合
> (そしてそれが契約に基づかない場合)
> これは各国の不法行為法の適用を受けるかどうかという
> 国内法だけでかたのつく問題ではないでしょうか?

検討すべき最初のステップが「各国の不法行為法の適用」であるという御
指摘はごもっともかと思います。
ただ、そうした国内裁判での処理を考えるに当たって気になるのが、主権
免除の問題です。化学兵器遺棄・廃棄のいずれにせよ、国家の主権的行為
であるように思われますので、この事件に関する中国の民事裁判権は日本
政府に及ばず、中国の「国内法だけでかたのつく問題」にはならないので
はないかと思うのですが、どうでしょうか。


> で、民法の不法行為なら
> 原則なら故意過失が要求されるところ
> 処理当時の技術水準に照らし故意過失がないとなれば
> 損害賠償はしなくてもよいという話になります。
        {中略}
> もし損害賠償義務の法的存否を言うのであれば
> まずこの議論についてきちんと整理をしておかなければなりませんし
> 中国不法行為法についての知識が私にはありませんので
> コメントを避けておきます。
> (上でも示唆しましたが日本法だと故意過失がかなり問題になるし
>  無過失責任規定の存在なり立証責任転換をもってこない限り
>  たぶんだめではないかなあ……と思います。)

「中国+不法行為+無過失責任」で検索したところ、
 ・中国の「民法通則」は過失責任を原則とし、故意または過失の存在を
  不法行為の成立要件としている。
 ・しかし、環境汚染により損害がもたらされた場合には無過失責任とさ
  れる。
と説明しているサイトがありました。
 # http://www.glocomnet.or.jp/criepi/034/034.main7.html
化学兵器漏出を「環境汚染」と捉えれば、無過失責任が問われることにな
るかもしれません。

また、故意過失について論ずるにしても、「大量破壊兵器」たる毒物をご
く普通のドラム缶(に見えるもの)に詰めただけで市街地に埋めてしまう
というのは、直感的には、かなり杜撰な処理であるように思われます。
 # 当該遺棄化学兵器の容器を写した画像については以下を参照。
 # http://j.people.ne.jp/2003/08/09/jp20030809_31390.html
埋設場所の公知は(治安その他の観点から)期待困難だとしても、缶をコ
ンクリートで固めるとか、あるいは、最低限、「どくいりきけん、あけた
らしぬで」という旨の標識を一緒に埋設するくらいのことは、毒物を扱う
以上、為されてしかるべきところかと思うのですが、どうなのでしょうか。
 # その程度のことなら、たとえ1945年当時の技術水準でも十分に可能で
 # したでしょうし。


> 国際法の問題でいうなら
> まずもって「国際法違反」であることを示さなければ
> 国際法上の損害賠償義務は発生しません。
        {中略}
> その国際法違反が1999年覚書違反だというなら
> それはそれで成立しますが……。
> (もっとも私見ですが
>  同覚書が日本国政府に調査義務を課したと解するのはともかく
>  その義務内容が、中国すみずみまで地下何mまで確認をしなさい
>  それでも見つかれば確認義務違反になる
>  という類の不可能を強いたものとは到底思えないのですが。
>  未発見のものを含むのは
>  条約締結時にわからなかったとしても可能な限度内での探索義務を課し
>  その後発見されたもの含めて発見後きちんと処理する義務を課すという
>  文字通りの義務にすぎず
>  未発見のものについての無過失責任の根拠規定にはなり得ないように
>  思います。)

御指摘の通り、1999年覚書に無過失責任を定めた明文規定はありませんが、
有害廃棄物処理の国際的枠組みであるバーゼル条約が無過失責任を規定し
ていることとのバランスから考えれば、廃棄義務を負っている日本に無過
失責任があると立論することは可能だと思います。
また、佐々木さんは、「未発見のもの」についての安全確保義務の有無に
ついて、「未発見」であることを理由として義務の存在を否定しておいで
のようですが、有害物質たる化学兵器を地中に埋めて「未発見」にしたの
が日本である以上、「未発見」を理由とする義務回避を認めるのは均衡を
失するように見えるのですが、どうでしょうか。
-- 
*  Freiheit  | 安井宏樹(YASUI Hiroki), jyasui@mail.ecc.u-tokyo.ac.jp     *
*  Recht     | 東京大学大学院法学政治学研究科・比較法政国際センター      *
*  Einigkeit | (現代ドイツ政治,ヨーロッパ政治史)                        *