In article <43bf3a6c$0$762$44c9b20d@news3.asahi-net.or.jp> wacky@all.at writes:
>>「方向性は合っているが、量的に微々たるものだ」というのが私の主張です。
>何の量?
計測基準という意味での「何の」と理解すればよろしいでしょうか?

当然ながら、この「量」の計測基準(判定基準)は、
一人ひとりの主観的な「価値観」に依存しますから、
万人に共通な「量」なんて存在しません。
しかしながら、全く共有できないわけではありません。
典型的には「同じモノサシで測れる範囲」内であれば、価値観の共有が可能です。
問題が生じる典型例は、異なるモノサシでしか測れないものの比較です。
この場合、「モノサシ自体の価値の評価」で一致できない可能性が高くなります。
ただ、この評価の直前までは議論すれば一致できるハズだし、
評価自体も「どこまで共有できるか」を議論することができる。
そういう議論が拒絶されていると、私は言っているのです。

>>しかし、私は副作用(今までの投稿では「混乱要因」と呼んできました)が
>>甚大であると予想しており、それゆえに反対なのです。
>よくわかりません。
>それが【甚大な被害】なら、一度作ったグループは二度と削除できませんよ。
そこは「比較の問題」ですよ。
いくら「甚大な副作用」があっても、
それを凌駕する「超甚大な効果」があれば、副作用の発生を容認できます。

                                戸田 孝@滋賀県立琵琶湖博物館
                                 toda@lbm.go.jp