In article <civkk1$dk7$1@news-est.ocn.ad.jp>, 
Sin'ya <ksinya@quartz.ocn.ne.jp> wrote:
:matsuda> ヒットラーは、侵略行為を非難されているわけではなくて、メンゲ
:matsuda> レの人体実験や、猟奇的なチクロンBによるユダヤ人虐殺を非難され
:matsuda> ているのです。
:  以下によると、上記のような行為だけではなく、ワルシャワ蜂起弾圧につい
:ても謝罪している例もあるようです。よって、多数派のドイツ人の意識は知り
:ませんが、ワルシャワ蜂起弾圧(侵略行為の一部)は非難されるべき行為である
:という自覚は、すくなくとも、意識の高いドイツ人にはあるのでは? 

ドイツの『謝罪』と『反省』は、全て『他人の反省』であって、ドイツ人の
『謝罪』と『反省』ではありません。ここで『全て』と書くと、また違うと
いわれるんですが、『ドイツ人としての反省』はEU統合後に初めてでてきた
ものです。

:  そして、そのことで首相が謝罪することをドイツ世論は認めているのでは?

で、それを『ドイツ世論が認めている』かは怪しいところです。木佐さんの
『戦争責任とはなにか』が良い本でしょう。私は彼の分析は基本的に正しいと
思う。

:  「独首相、ナチス犯罪でポーランド国民に謝罪」
:  http://j1.people.com.cn/2004/08/03/jp20040803_41986.html

これが典型的ですが、
『ドイツはナチスの蛮行を恥ずかしく思う』
という、『ドイツの名のもとで行われたナチスの蛮行』という方式です。
ドイツ人が、ドイツ人として行った、ドイツ的な蛮行をドイツは恥ずかしくは
思わないんですね。これ、人民日報でしょう?こういう言葉尻で煙に巻くドイツ
人の演説はオリジナルの文面をあたった方が良いと思う。

そもそも、このワルシャワ蜂起はいわゆる(大虐殺派の言う)南京事件のよう
なもので、『ポーランド人20万人が犠牲となり、16万人あまりがナチスの強
制収容所に送られ、ワルシャワは廃墟と化した。』わけです。しかも、赤軍は
見殺しにする、という。大変気の毒な事件です。

: 「恥ずかしさで身がすくむ」独首相、ポーランドで演説 
:  http://www.ocn.ne.jp/news/data/20040802/y20040802i304.html

『ナチスの蛮行とそれがもたらしたポーランド国民の苦しみを思うと、恥ずかしさで身がすくむ』

これも同じ演説の別報道ですが、『ドイツ人であることを恥じない』わけです。

そんなに恥ずかしいのなら、『アウシュビッツにはガス室焼却炉つきの収容所が
あったわけだから、自らドイツ人を絶滅させれば良いのじゃないか?』と言われ
ちゃいます。だから、ヒトラーはオーストリア人である、そのオーストリアはナチ
の被害者、という役割で責任のがれをしたのです。それ程、衝撃的に猟奇的な行
為だったわけです。戦争ならまだ分かるが、軍事的な意味も、合理性もない、平
時の虐殺はそれほど衝撃的なことでした。

:  「ワルシャワ蜂起記念式典に独首相初参加 「ナチスは恥」」

これは、保存されていません。まあ、『ドイツは恥』とは言わないわけです。

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松田@NY