"Taro Yoshida" <taro@dcc.co.jp> wrote in message news:bgq42b$4e4$2@dccns.dcc.co.jp...
> In article <3f3027b4_4@news.premium-news.net>, J_Saita3@hotmail.com says...

> なぜそこに祠があるのかって事を考える事が多いです。
> ここで行き倒れた方がおいでになったのかな?とか
> 村落に対してどういう場所にあるのかな?とか
> どんな方を祀っておられるのかな?とかそんな感じ。

信仰の対象のはじまりは身近な神威の発露を感じる所にある
と思います。けれども、日の出の美しさ、道端の埋れ木などに
心動かされない人間には「祀る」という感覚を理解して頂くのは
とても困難な事です。荒神たる不幸や天変地異、疫病を抑える
ために祀るのか、幸神たる豊作や好天を祝うために祀るのか
は様々であり後世の教義に同調出来ずとも「祈りの風景」は心
惹かれる場合が多いものです。

世界的な信仰の奥所に至らずとも身近に神は偏在するもので
しょう。


-- 
*******************************************
EN yasuhiroendo@jcom.home.ne.jp 【月下独酌】    
*******************************************