まあ、国家が違憲であることを逆手にとって改憲軍国へ国民を追い込んでいく
という手法をとってるイメージはあるよね。

ことに、田原総一郎なんか、御用評論家、御用マスコミは典型ですね。

しかし、改憲であわせる先の憲法が、ファシズム憲法なんだから、憲法に体を
合わせたら確かにファシズム憲法に体は入ったけれど、その服には
憲兵、特高、愛国法に国家反逆罪、治安維持法、海軍省の陸軍省に国防総省に
空軍省に、軍法会議に軍法に、あるとあらゆる装置が付いている。

私的コミュニティ、そんな治外法権なんてありはしない。国家に属さないいか
なる概念もきえてなくなる。所有権?それは、国家が差し出せといえば差し出
す所有権だから、こんなもの所有権にはあたらない。国家が絶対君主になる憲
法だ。

憲法に自衛隊がすっぽり入って余りあるファシズム憲法に合わせよ言う改憲な
ど、絶対してはならない。この視点が国民にあるのか、これが問題ですね。
憲法にあえばよい。そうすれば自衛隊はいまのまま静止する。なことは100
000%ありえない。憲兵が手招きしているよね。佐々木なんかその前で千切
れるほど尻尾振っている。


mac-inさんの<42a4675b.753%mac-in@mx8.ttcn.ne.jp>から
>mac-inです
>
>SASAKI Masatoさんは<20050606014745cal@nn.iij4u.or.jp>に
>お書きになりました。
>
>>>とはいえ、警察力を超えた軍事力、戦力であれば即ち違憲、と
>>>直ちに評価できるわけでもありませんよね。
>>
>>いや、そこに説の分かれがあるんですよ。
>>警察力軍事力2分論で軍事力の定義を警察力を超えるという
>>消極的定義にいくなら
>>直ちに違憲になるんです。
>>警察力と軍事力とにそれぞれ積極的に定義を与えると
>>定義次第では警察力と軍事力の中間領域ができます。
>>ですからこれは3分論と言っていい。
>>3分論だと中間領域のどこに線を引くかって議論が出てきて
>>その議論次第では
>>「警察力を超えるが軍事力ではない」というものに
>>合憲の判断をすることになるのです。
>>……今の政府見解はこっちのりですね。
>
>そういう警察力−軍事力という1本の評価軸の上に、自衛力は乗って
>いないかもしれない、自衛力は別の評価軸を考えることもできるので
>はないか、と考えています。
>
>「強さ」の評価だけでなく、「質」の評価というか…
>同じ武装で同じ規模の部隊があったとしても、軍隊と、自衛行動しか
>取れない自衛隊では、自衛戦争以外ではまるで違う行動と結果になる
>と思います。
>イラクでの自衛隊の行動が他国の軍隊とかなり異なるのを見て、
>そう感じています。
>
>9条で行動を強く縛られた自衛隊は、軍隊(戦力)ではないとみなし
>てもかまわないのではないか、と考えています。
>
>>>違憲状態は解消されるべき、という主張には説得力があります。
>>>違憲だと評価すること自体が改憲論に力を与えます。
>>
>>それがはまっているのさ。
>>もし力を与えているなら
>>論理力のなさを嘆かなきゃいかないんですよ。
>>
>>違憲状態は自衛隊を改組・解体することでも実現できますね。
>
>改憲以外の選択肢があろうとも、
>改憲すれば違憲状態を解消できる以上、
>改憲論に力を与えることに変わりはありません。
>
>昔であれば、憲法違反を叫ぶと自衛隊の拡大を防いだり、縮小させる
>方向に働いたかもしれませんが、今は改憲の方向に働くと思います。
>-- 
>mac-in@横浜
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