Re: 通信の秘密はこれを保障する(憲法21条)
阿部@佐倉です。
In article <20050515221429cal@nn.iij4u.or.jp>,
cal@nn.iij4u.or.jp (SASAKI Masato) wrote:
> >そうですね。自分が主張したいことを簡単にまとめた
> >ものを書いて、ちょっと間を置こうと思います。
>
> ということなので
> ゆっくり考えてみてください。
考えてみたけど、「なぜそういうルールにしたのか/する
のか」ということに答えられない以上、なぜルールを議論する
段階で法(解釈)学における「表現の自由」(狭義の表現の
自由)を使わなければおかしいと指摘されるのか、分からな
かったです。
「なんで?」「なんで?」「なんで?」と重ねても、
表現の自由の持つ価値にたどり着かなかったですから。
ルールを決めるというのは、何らかの意図とか、
場合によっては何らかの理想とか、実現したいことが
あってのものでしょうから、自分はこの場をどうしたいんだ
と主張することはちっともおかしいとは感じません。
もちろん、それじゃあ意味が広すぎるから、この場に
おける表現の自由ってどういうことを指すのかっていう
議論をしてゆくことは必要でしょう。だからといって、
憲法における表現の自由に縛られなければならない理由が
分からないです。
憲法という法においては、表現の自由はそういう意味だ
ということは否定しないですが、何でそういう意味を持つ
条文を憲法に置かなければならなかったのかというのは、
(広義の)表現の自由論をふまえているのではないの
でしょうか。
もちろん、「マス・コミの自由に関する四理論」には、
法学の関係者が筆者にいることはご存知だとは思います。
そういう人でも(広義の)表現の自由に立ち返って議論を
進めているし、(広義の)表現の自由を念頭において議論
したからといって法学における表現の自由論をおとしめて
いるとは言えないと思います。
知る権利とか、アクセス権とかの議論も、結局は(広義の)
表現の自由と、法学(憲法)における表現の自由とを照らし
合わせて、それぞれの議論の立ち位置が変わってしまった
ということではないのかな。アクセス権が法学においては
無理だろうということになっても、アクセス権という考え
方が完全に有効性を失っているかどうかは別だと思います。
仮に(広義の)表現の自由がなんで必要なの、ということに
答えられない法学と、(広義の)表現の法学に答えられる
法学があるなら、後者を支持するし、山口さんや山田さんが
それに答えてくれるかどうか聞いてみたことはないけれども、
現時点で表現の自由論においては、(広義の)表現の自由を
原点に置き、そこから議論を進める山口さんや山田さんを
支持します。
> まず法律サイドから言えば……。
> 「人権を広く解することによる人権の希薄化」
> については、対抗策についてきちんと理論武装してほしいと思います。
知る権利とかアクセス権とかについて議論することは、
人権の希薄化につながるのという疑問があります。
私の理解では、知る権利の要求とかは、(広義の)表現の
自由の意味とかを検討したからこそ、法学としても
確かにそういう権利はあるかもねってことになったのだと
思うのですが。
希薄化というのは、むしろ「表現の自由ってなんだ」
「なぜ表現の自由が必要か」ということを考えない、
表面的な、字面だけの理解がもたらすんではないかしら。
> また人権論一般について言うと
> 「自由を放棄or処分する自由」
> について、やはり理論武装してほしいと思います。
> ……自己について決定する自由より優先する自由があって
> それによって自己決定できなくなるのは背理or不当ではないか……。
必ず私的な場でのルールにおいて、(広義の)表現の
自由を守れ、なんてことは主張していません。
結論として、どういう原理を採用しようが、何を放棄
しようが勝手でしょう(私自身がどういう原理を採用して
ほしいかどうかとは別にして)。なのに「自由を放棄or
処分する自由」だけを持ち出すほうが不思議です。
--
阿部圭介(ABE Keisuke)
koabe@mars.sakura.ne.jp
関心 ・専門分野 :
新聞学(ジャーナリズム、メディア、コミュニケーション)
Fnews-brouse 1.9(20180406) -- by Mizuno, MWE <mwe@ccsf.jp>
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