SEO Shirou wrote in message <3f36082d$1_1@127.0.0.1>...
>
>"crx" <kimicrux@crux.ocn.ne.jp> wrote in message
>news:bh4rup$52b$1@nn-tk105.ocn.ad.jp...

>> 自分だけの悟りを得るための修行ではないはずです。
>> お釈迦様にしても、イエス様にしても、当時の社会の底辺に暮らす人々をいかに
救
>>う
>> ことが出来るか、圧制の下に虐げられている人々をいかに救うことが出来るか、
そ
の
>> 視点は半分以上の心を占めていたと思います。
>> 自らの苦しみから脱却する方法。そして自らと同様苦しみの中で喘いでいる人々
を
い
>> かにして救うことが出来るか。お釈迦様、イエス様のお心にはそんな事しかな
かっ
た
>> のではないでしょうか?

>全体を読ませていただき、お釈迦様の話はよい話だとおもいました。
>これはお釈迦様が布施を行ったという認識でよいのでしょうか。

気に入って頂き、ありがとうございます。お釈迦様の真実を充分に伝えられたかどう
か、反省の余地は充分にありますが・・・
お釈迦様はこのときは既に悟っておられたわけですから、この場合は、ゴータミが自
分の苦しみを脇において、他の方々の人生の中につらさ、苦しみのお話を聞かせてい
ただいたわけですから、ゴータミの「布施」になると思います。もちろん、お釈迦様
は自然に慈悲と愛の行為、布施も同様に身についてしまっていますが・・・

>六つの知恵のひとつの布施の例をあげていただいたようですね。
>日々の生活のなかに、こうした布施のような知恵の実施をするという意味はわれわ
れ
に
>伝わったと思うのです。
>「このような日々の生活を通して、知恵に基づいた行動が出来ます。その行動が般
若
般
>若波羅蜜多である」というのが、crxさんの主張ととらえていいのですね。

六波羅蜜だけであると断定できるかといえば、お釈迦様の教えは膨大だったわけです
から、なんとも言えませんが、六波羅蜜を、深めに深めてゆけば、お釈迦様の教えの
真髄に限りなく近づいて行くことは確かであると思います。

>その意味も般若波羅蜜多にお釈迦様は盛り込まれていたのかもしれませんね。
>ただ、般若波羅蜜多の行というのは、crxさんの日常生活のなかでの六波羅蜜的な救
>済の知恵ある行為、そのものなのかというと、人により異論のあるところでもあり
ま
>しょう。
>ですから、他の意見を否定することには無理があると思うのです。よい話ではある
の
>ですが。

感謝致します。

>そこでお尋ねしたいのです。
>六波羅蜜の実践が般若波羅蜜多の行であるというcrxさんのお考えをさらにお聞きし
>たいのです。
>「布施」以外の残りの六波羅蜜においても、ここで提示されたようなお話をお聞か
せ
>ください。

そうですか?夜も遅いですが、では、お盆がいかにして始まったかのお話を・・・

コリータというお釈迦様の弟子がいました。お母さんはバラモンの家に生まれた娘で
したが、そのお母さんが亡くなってしばらく経ったときのことです。目をつむると、
お母さんがとてもつらそうにしている情景が浮かんできます。コリータは、お母さん
に安らかになってほしく、お茶碗にお水をいれ仏壇に差し出しました。すると、お茶
碗の水は火と変わり、すぐにお茶碗のお水はカラカラに乾いてしまいます。何度もそ
のようにお茶碗を差し出しますが、お茶碗の水はばっと燃えあがり、いつもからから
に乾いてしまいます。不思議に思ったコリータはお釈迦様に尋ねます。
「こういうことがあったのですが、これは一体い、どういうわけなのでしょうか?」
と。

お釈迦様はしばらく目をつむり、じっと瞑想されていました。しばらくして口を開き
ました。
「コリータよ。お前のお母さんは、バラモンの家に生まれ、信者からたくさんの供え
物を頂いてきた。そうするうちに、信者からの供え物を頂くのが、あたり前になって
しまっていた。お前にとっては、とてもやさしい良いお母さんだったかも知れぬ。し
かし、ひとたび他人に対して何か不都合な事があれば、穏やかでない激しい気性の心
と行いを成してきたはずだ。それゆえ、お母さんは成仏できず、迷っておられる。」
お釈迦様の言葉を聞くうちにコリータはとても信じられない気持ちになってゆきまし
た。
『あんなやさしい、大好きだったお母さんが・・成仏できずに迷っている??どうし
てだろう?どうしたらいいのだろう?』

「では、母を救うにはどうしたら良いのでしょうか?」コリータはたまりかねてお釈
迦様に尋ねます。
お釈迦様は、「お母さんを救うには、今生きている私達が仏法にかなった感謝や慈
愛、思いやり等のある生き方をすることだ。その姿を見てお母さんも生きていた時の
ことを反省し、天国へ行くことが出来る。よく精進してお母さんを供養してあげなさ
い。」お釈迦様は、そのように、やさしくコリータを諭しました。
お釈迦様の言うとおり精進したコリータは、悟ることが出来、神通力一番の弟子とな
りました。

このコリータの行いが今に伝わる「お盆」ということです。

そのコリータにお釈迦様は、「お前はよく悟った。今日からはコリータではなくモン
ガラナーという名前にしよう。」とお釈迦様はコリータにモンガラナーという新しい
名前をお与えになりました。
この方が、「大目連」というかたです。

ここでは、お釈迦様やコリータの「禅定」や「精進」などがあげられると思います。
コリータの母を救いたい一心がそのような六波羅蜜の努力をさせたものであると思い
ます。

お盆ももうすぐそこに来ています。どうぞ皆様も、お盆の意味をよく噛み締めつつ、
コリータとそのお母さんの出来事を思い出しつつ、皆様にかかわる御先祖様、先達の
みな様に慈悲と愛のお気持ちを向けつつ、ご先祖様方の供養をされますように・・・
祈りつつ・・・


crx