! "<408fa42f$1$19844$44c9b20d@news2.asahi-net.or.jp>" という記事で
!     Wed, 28 Apr 2004 21:31:51 +0900 頃に wacky  さん は言ったとさ:

> #いつもいつも、*重要でない方*にばかり噛み付くよなぁ…

「噛み付く」ってのは例によって妄想ですね。
# 「ばかり」ってのも「いつもいつも」ってもの妄想だろうけど。

> KGK == Keiji KOSAKAさんの<c6nqa7$d6s$1@film.rlss.okayama-u.ac.jp>から
>>>> それじゃあ、ある行為が別の行為の小行為であると言える条件というのは何で
>>>> しょう?
>>>> 以前は、目的のもとで統合されてることが条件だと言ってたと思うんですが、
>>>> そうとは限らないんですね?
>>>> 
>>>> 今までの議論では、「ある行為を構成する行為群」のことを小行為と言ってた
>>>> と思うんですが、そうとは限らないわけですね。
>>>> しかも、大行為と小行為の関係ってのは、行為と手段の関係になるとも限らな
>>>> いわけですね?
>>>> 
>>>> どうも、wacky氏用語の大行為と小行為ってのが、さっぱり分からなくなりま
>>>> した。
>> 
>> この辺にちゃんと答えてくれないと、wacky氏のいうところの大行為と小行為
>> がどんなものか理解できないので、wacky氏の主張が理解できません。
>> 大行為とか小行為とかいうのはwacky氏の造語なので、wacky氏がちゃんと説明
>> しない限り、誰にも理解できないでしょう。

> その点については <408ba698$1$19842$44c9b20d@news2.asahi-net.or.jp> に
> て至極詳細に説明していると思いますよ。

<408ba698$1$19842$44c9b20d@news2.asahi-net.or.jp>:
| 大だの小だのは相対的なものに過ぎないのでその質問には意味はありません。
| 評価の対象とするべき行為こそが(大)行為であり、それを構成する要素として
| 小行為(の結果としての状況)があるわけです。

ってやつですか?
括弧を使って曖昧に表現されても、よく分かんないですが。

> ここは「協力なんてものは本質でも
> 必要でもない」ってだけの分岐スレッドですから。

大行為/小行為という用語の意味が分かんないと議論のしようがないですね。

> 問題は「ある行為を構成する」が「目的のもとで統合されてる」とか「協力し
> ないと小行為とは呼べない」とか都合によって変化しちゃうことだよね。

まず、一個の行為ってのは、一貫した目的を達成するために行なわれる単数も
しくは複数の手段から構成されるってのはいい?

で、手段が複数ある場合に、「それらの手段は目的のもとで統合されてる」と
表現できるわけだ。

で、今までは、その手段として行なわれる行為を「小行為」と呼んでると思っ
てたから、「協力しないと小行為とは呼べない」と解釈したんだけど、wacky
氏用語の「小行為」ってのが、そういう意味じゃないのなら、その限りじゃな
いわけだな。

> ##「目的のもとで統合」なんて何の話で誰が言ったセリフですか?

例えば、

<4025c1ea$0$19835$44c9b20d@news2.asahi-net.or.jp>:
| Newsgroups: fj.soc.misc,fj.news.style,fj.soc.smoking
| Date: Sun, 08 Feb 2004 13:58:20 +0900
| 
| 一貫した目的の基に行われたのであればその小行為郡は一個の行為と見倣せる
| でしょう。一方、無目的に放火し無目的に消火したのであれば、それらを一個
| の行為と見倣す理由はありません。

という場合の「一貫した目的の基に行われた」なんて話を「目的のもとで統合」
と表現したんですが、通じない表現ですか?

まあ、上の引用部でも、「一貫した目的の基に行われたのでなければ小行為群
とは呼ばない」ってことは言ってないですね。

だから、私の誤読ってことにしてもいいですが、何でそんな訳分からん用語を
使うのかは分かりません。

>>> 誰かがスピード違反する為にはアクセルを踏み込むことが必要不可欠ですね。
>>> で、そのアクセルは自動車の一部として存在しており、大抵の場合はアクセル
>>> を作った人とアクセルを踏み込む人は別の人間です。そして非常に重要なこと
>>> には「両者が協力していると考えるべき根拠など何処にもない」のです。
>>> よろしいか。
>> 
>> この流れでこういう喩えを出すってことは、
>> ・「アクセルを作る」という行為は、「アクセルを踏み込む」という大行為に
>>   対する小行為である。
>> という主張ですか?

> 理解する努力を求め過ぎているんですかね、私は。
> 普通に「「アクセルを踏み込む」という大行為は「誰かがアクセルを作った」
> という小行為によって生じた状況に依存している」と理解してほしいんです
> が。

この場合の「小行為」ってのは、どの大行為に対する小行為なんですか?
大行為/小行為ってのが相対的な概念だっていうのなら、「誰かがアクセルを
作った」という行為に対する大行為があるから「小行為」と表現してるんです
よね?

それとも、ある種の「小行為」には対応する「大行為」がないんですか?
だったら「小行為」と表現する必然性が全くないと思うんですが。

> #元記事でもキチンと「誰かがアクセルを作ったという行為によって生じる状
> #況」と述べているんだけどなあ…。

大行為を構成する要素として小行為の結果としての状況も含むのなら、上の状
況を、

>> ・「アクセルを作る」という行為は、「アクセルを踏み込む」という大行為に
>>   対する小行為である。

と表現しても不思議はないと思うんですが。

>> 本質的な問題ってのは、「大行為/小行為という概念は一体どういうものか」
>> ということ。

> wackyの<408ba698$1$19842$44c9b20d@news2.asahi-net.or.jp>から
> $大だの小だのは相対的なものに過ぎないのでその質問には意味はありません。
> $評価の対象とするべき行為こそが(大)行為であり、それを構成する要素として
> $小行為(の結果としての状況)があるわけです。

> そのまんまです。
> まだ疑問があるのなら、主スレッドでしてもらう方が有意義だと思います。

そっちでやってもいいけど、そこがはっきりしない限り、こっちのスレッドは
議論しようがないですよ。
# まあ、そっちがはっきりすれば、こっちはいらないといえばいらないか。
-- 
KGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGK
KG  KGK (life name: Keiji KOSAKA), Dept. of Phys., Okayama Univ.        K
KG kgk@film.rlss.okayama-u.ac.jp http://film.rlss.okayama-u.ac.jp/~kgk/ K
KGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGK