kaz hagiwara <kazhagiwara@yahoo.co.jp> wrote
in essage <2sl9l5F1mgvmkU1@uni-berlin.de>:
> himtkitk wrote:
> たとえばアメリカにはかなりはっきりとした「国益」があり、国際社会でのアメ
> リカが自国の国益にそって行動していると傍目にもわかるのに対して、日本の場
> 合は何が国益なのかはっきりしません。その分、なんでも「国益」であると主張
> しうるわけですが、反面、その外交政策は見る人の見方や立場によって「国益に
> 適っている」とも「適っていない」ともいかようにも見ることができるわけです。

アメリカの国益は単純明快ですな、古くはベトナムが共産化されれば周辺国家も
早晩共産化される、アジアだけで無く中米、南米にも、、、そうなればアメリカ
の自由が犯される、あんたらこの国の自由を守らなくて良いのかベトナムに支援
するのは国益である云々、、、

最近では、湾岸戦争でガソリンスタンドに行列したろ、あんな状況がまた起こっ
ても良いのか、イラクにフセインが居る限りまた起こるぞ、、、、

と、まあもう少し修辞句はいろいろ付けるけど。

> だから、
> 
>>私は、国益って言葉は問答無用に思考停止させる政治家にとっての便利な言葉と
>>思っとります。
> 
> むしろ、「国益」は日本の政治家には、利用はしやすくとも効果が薄い道具なん
> じゃないかという気がします。少なくともアメリカの政治家にとっての「国益」
> と比べると利用価値の低い言葉です。

日本の政治家は『それが国益だ』とは言うけどその中身は説明しないよね、政治家
が身近な利益に照らして国益を説明するのが下手なのか、それとも元々身近な利益
とは関係ない所に国益を考えているのかどちらかでしょう。

>>私は『公共の福祉に反しない』って以上の義務も制約も無いと思っとります。
> 
> 「国益」そのものが「公共の福祉」であるという認識が、そもそも日本の有権者
> には希薄なんですね。

まあ、公共のと言う場合どの範囲を想定するかですが、日本人の場合は結構相手の
立場も考えてしまうからね、アメリカ人はこれが正義だと思えば相手の立場なんて
考えないから、、、

> おそらくそういう意識はアメリカの有権者の方が強く持っていると思います。そ
> して、アメリカの場合その「国益」はつねに「正義」に後押しされているわけで
> す。だからこそアメリカでは「国益のために存在する(した)軍人」を政治家が
> 悪く言うことはほとんど不可能だし、「正義」のためだと言われるとその政策を
> ついみんな支持してしまう。

ガソリンスタンドに並ばなくても済むようにイラクを叩き潰せ、では流石に反対も
でるけど、イラクを民主化するのが正義だと言えば、そうかと思う人は断然増える。
アメリカ人に取っては"正義"と言うのが思考停止する一つの key word なんだよな、
誰のための正義かとかどうしてそれが正義か?とかはあんまり議論しないで済む。

> そういう単純で「健康」な国益意識は、もう日本にはありません。そこは敗戦国
> だからなのかもしれませんが、今では「国益」という言葉は日本人にとってはど
> こか上っ面で、浮世離れしていて、自分の生活とは直接関係の無いものなわけで
> す。「自分の生活と関係の無い国益」なんてのはそもそもありえないはずなんで
> すが、「国益は公共の福祉に反しないものであるべし」とか言う発想が出てくる
> こと自体、国益を「自分の生活を邪魔するもの」だと考えているフシがあるわけ
> です。こんな調子じゃ国益に関する議論がどこにも行き着かないのも不思議じゃ
> ありません。

そうですね、日本臣民は『国益』ってのにだまされたからその分カッコ無しで健康な
国民になったのでしょう。
一神教では無いから元々政治に正義ってのは馴染みが無かったし、、、