KGK == Keiji KOSAKAさんの<c538bl$or8$1@film.rlss.okayama-u.ac.jp>から
>>> 義務以外に「しないのが不当」であるような行為が何かあるんですか?
>
>> 「義務以外にあるか否か」は本論でないので置くとして、
>
>そこが本論でしょ? 義務以外にないのだったら、

そんなのKGK氏が身勝手に言い立てているだけじゃん。本論なわけがない。

>>>>>>>> ・Bをしないのは不当
>>>>>>>> とするには、Bが義務の場合だけだよね。
>
>で、OKなんだから。

おまけに同語反復だし。根拠レスだよね。


>>>> B1: 迷惑をかけないような行為をするのは不当でない
>>>> B2: 迷惑をかけないような行為をしないのは不当でなくない
>>> 
>>> ここは、「X ならば Y」から裏命題「not X ならば not Y」を導こうとしてる
>>> わけですが、それは、論理的に妥当な導出ではありません。

>> ここでは「○○という行為の評価は××である」と述べているのだから、要す
>> るに「X は Y」つまり等価であることを指摘しているのさ。
>
>一体、何と何が等価だと言ってるんでしょう?
>もちろん、「行為」と「行為の評価」は等価じゃないですよね?

勿論、「行為の評価」とその評価値ですね。
ここで評価値は正当かでなければ不当かしかありません。「PならばQ」とした
ところで、P,Qが2値であれば裏も逆も成り立ちます。
たとえば、
・Y染色体を持つなら男である
・Y染色体を持たなければ男ではない
・男であればY染色体を持つ
・男でなければY染色体を持たない
といった感じ。
これが「犬ならば哺乳類である」という命題だった場合、「哺乳類」という分
類は「男(でなきゃ女に決まってる)」という分類と異なり多値(爬虫類・鳥類
・エトセトラ)なので裏や逆が成り立つとは*限らない*わけ。


>>> で、私は別途考察した上で、
>>> ・義務以外に「しないのが不当」であるような行為はない。
>>> という常識的な観察を導入したわけ。
>
>> #何処が常識やねん。なら、「責任」ならどうやねん。
>
>意味不明です。

常識的に考えて、「ある行為を行う責任がある場合にその行為をしないことは
不当である」と考えられるのではありませんか?ってことよ。


>>>> 結局「迷惑をかけないような行為」=「迷惑をかけるよ
>>>> うな行為」となって矛盾するわけさ。
>>> 
>>> これは言えません。
>
>> それが言えないってことは
>> ・「迷惑をかけないような行為をしない」ってのは「行為をしない」ってこと
>> ・「迷惑をかけるような行為をしない」ってのは「行為をしない」ってこと
>> のどちらの操作も行ってはならないって事ですよ。
>
>違います。
>「行為をしない」ということから行為の性質を限定するのが無理なだけです。

その通りだよね。^^;
「行為を行わなかった」という事実から、それが「迷惑をかけないような行為
をしない」なのか「迷惑をかけるような行為をしない」なのかを決定すること
は不可能でしょ。
KGK氏はそれを至極恣意的に決め付けているわけだよね。それが問題。


>>> これが成り立たないってことは、「迷惑をかけないような行為をしない」=
>>> 「迷惑をかけるような行為をしない」から「迷惑をかけないような行為」=
>>> 「迷惑をかけるような行為」が導けないことも明らか。
>>> それは、論理的に不当な操作です。
>
>> いいえ、これは単なる !A=!B → A=B ですから極正当なものでしょう。
>
>いいえ。この部分が、「A*0=B*0 ならば A=B」に相当する部分です。
>「行為をしない」も「0を掛ける」も、一種の射影演算子なので、逆写像を一
>意的に決めることができません。

その主張の誤りは「!!A=A」という論理学の初歩を示すだけで充分でしょう。
#逆写像は一意に決まります。


>私の主張によれば、「××をするのは正当」
>から「××をしないのは不当」を導くことができません。

なんでだ?
「迷惑をかけるような行為をする」のは不当で「迷惑をかけるような行為をし
ない」のは正当なんでしょ。

>一方、wacky氏の主張によれば、「××をしない」というのを「行為をしない」
>と捉えること自体が詭弁になるようです。

「××」をある具体的な行為とするのであれば「する・しない」は2値ですの
で詭弁にはなりません。しかし、「迷惑になるような行為」「迷惑にならない
ような行為」のように2値でない(ある具体的な行為をしないとしても別な行
為を選択できる)場合に「行為を行わない」と限定することは詭弁です。この
違いは是非とも理解してほしいところですね。

>しかし、「呼吸をしない」ってのは、普通、「呼吸以外の何かをする」という
>ことではなく、「呼吸という行為をしない」ということですから、結局のとこ
>ろ、私の主張に従っても、wacky氏の主張に従っても、「呼吸をすることは正
>当」から「呼吸をしないことは不当」を導くことができないようです。

呼吸という具体的行為について考えれば「する・しない」の2値であって中間
値が存在しないことは明らかです。従って、仮に「呼吸をすることは正当」を
真とするのであれば「呼吸をしないことは不当」も真でしょう。
#でなきゃ、最初の命題に対する仮定が誤りだったってこと。

-- 
wacky