◆20:10 8回表 十番高校の攻撃

〔これまでのお話〕頑張れ、助っ人!オバサンパワーで危機脱出だ!

> 亜美 「こんな調子じゃ、打てるわけ無いわね。ワンアウト、か…」

 今度はなかなか投げようとしない千影。マウンド上でサインの交
換に忙しいらしく、じっとキャッチャーの四葉を見ながら首を振る。
・・・いや?首を振るついでに、なにやら1塁側ベンチへちらちら
と視線を送っている。はて?あちらも此方も7回裏の悪夢のような
攻防で互いに監督は失っている筈。一体何を見て・・・あっ!

亜美 「夜天君! 目を覚まして!」

 一瞬、遅かった。最後に1塁側ベンチを見て何かを確認したらし
い千影が、これまでとは打って変わったクィックモーションで球を
投じた。これまで以上に打ち頃な球が、ふらふらっと夜天に近づき、

 きん!

 軽い金属音が打席から響いた。思わず目を見張る3塁側ベンチ、
塁上の星野と大気、そして何より打席の夜天。

夜天 「え?当たった?」
ちびう「当たった、じゃなーい! 走れ走れ走れーーー!」

 3塁ベンチで一人元気だったちびうさが絶叫する。あたふたと塁
から立ち上がり、今度は走り始める星野と大気。当然夜天も、一瞬
は呆然としたものの、同様に1塁へ走り始める。だが。

 ころころっ ぱしっ

千影 「咲耶ちゃん!」

 ひゅっ ぱしっ

咲耶 「鞠絵ちゃん!」

 ひゅっ ぱしっ

鞠絵 「白雪ちゃん!」

 ひゅっ ぱしっ

3塁爺「アウト!」
2塁爺「アウト!」
1塁爺「セーフ!」

 転がった場所が悪かった。ストレートに勢い無くマウンドの千影
へ真っ直ぐ転がったボールは千影に掬い取られ、即座にサードを守
る咲耶へトス。ちょんとベースに足を置いた咲耶はすかさずそれを
セカンドに入った鞠絵へトス。咲耶同様にベースへ触れた鞠絵もこ
れをファースト白雪にトス。見事な連係プレーの前に、碌なリード
も取らずにいたランナー二人がひとたまりもあろう筈もなし。かろ
うじて立ち上がっていたバッターの夜天だけがセーフ。それも妹達
が投げるトス回しがもう少し早ければトリプルプレイになっていた
程の見事なダブルプレイが、今度はシスプリチームに成立した。

まこと「あちゃー、やられちゃったよ。」
美奈子「仕方ないわ、あんな状態の夜天君じゃ。」
レイ 「そーそ。きっちり前に球が飛んだだけ、めっけモンよ。」
亜美 「そうかしら・・・」

 口々に惜しむセーラーチーム。だが亜美の暗く沈んだ声に、はっ
と振り向く。眉間を寄せ据わった目付きでグラウンドのシスプリ
チームを見据えながら、亜美は深刻な口調で語った。





亜美 「あれは『打った』んじゃないわ。『打たされた』のよ…」





 そんなまさか、と亜美を見る皆。が、亜美は判っていた。千影が
ちらちらと眺めていた1塁側ベンチ。そこには、はるかの魔球を音
とリズムとタイミングだけで打った天才的音楽系運動能力者の可憐
が居た。

美奈子「そんな、まさか・・・」
レイ 「幾ら何でも、可憐ちゃんがそんな事まで出来るの・・・?」
亜美 「確証は無いわ。私だって全てのサインが見える訳じゃない
    もの。でも、一見無茶苦茶に振り回していた夜天君のバッ
    トに彼の癖のような一定のリズムと軌道があったのかもし
    れない。それを見出し千影ちゃんに教えられるのは…。」
まこと「可憐ちゃんしか居ない、か・・・」

 思わずゾッとして1塁側へ目をやるセーラーチーム。そこには妹
たちに囲まれ、にこにこと笑いながら今のプレーへ拍手を送ってい
る線の細そうな美少女が居た。だが、その可愛らしい顔の下には…

ほたる「でも、そんな事はシスプリチーム全員に言える事だと思う。」

 後ろから掛けられたほたるの冷静な言葉に、まるで後ろから冷水
を浴びせられたかのように背後のほたるへ振り返り、そこに輝く冷
厳な光を湛える瞳を見て我に帰った様に、もう一度グラウンドへ目
を向けるセーラーチーム。明々とカクテルライトに照らされたグラ
ウンドの上では、たった今の信じられないようなプレーを喜び合っ
て笑っている妹たちが居た。きゃらきゃらと軽い笑い声を上げ、可
愛い笑顔で互いを見返す彼女たち。だが、その顔の下には何がある?

美奈子「ともかく、2回裏に衛さんが言っていた事は間違いない。」
まこと「下手をすればこっちが喰われる側だ、って事か。」
レイ 「やっぱり油断がならない相手ね。」
亜美 「えぇ。気をつけなくっちゃ。」

 真剣な顔で互いに見返すセーラーチーム。途中からベンチに帰っ
てきて亜美の説明を聞き、見かけでは推し量れないシスプリチーム
の実力に戦慄する星野と大気。緊張感が増す。

星野 「なるほどな・・・だが、まだツーアウトだ!」
大気 「そうです。遅きに逸した感もありますが、丁度良い気合に
    なりました。野球はツーアウトから。気を引き締めて参り
    ましょう!」

 おー!と喚声を上げるセーラーチーム。そうだ、まだツーアウト
だ。野球はツーアウトから。気を引き締めていけば何とかなる!





 だが。





 彼女たちは、大事な事を忘れていた。





 手を叩いて喜ぶ姉たちと異なり、1塁側で一人だけ、不思議そう
な顔をしていた少女が居た。ちょこんと座っていたベンチからひょ
こっと降り立つと、愛用のパラソルを両手でさし、とことこと主審
のところまで歩いてゆく。そのまま、じ、と主審を見上げ、言う。





亞里亞「・・・爺〜や〜? さ〜っ〜き〜の〜ア〜ウ〜ト〜は〜? 」





 ぴた、と止まる球場の時間。凍りつく3塁ベンチ。何の事やら?
と訝しげな様子で止まるスターライツ3人。その一瞬後。





爺や7「7回表の4アウトから1アウトを8回表に繰り越し!
    都合3アウト! チェンジ!」

   「だぁあああああ!」 どんがらがっしゃん

 ほけ、とした後「そーいやそんな事もあったっけ」と言ったよう
な顔で納得し、次の瞬間には喜び合いながら1塁側ベンチへ帰って
ゆくシスプリチーム。「よくやったね」と咲耶に頭を撫で撫でして
もらう亞里亞は嬉しそう。対して3塁側ベンチは、本日何度目か
判らない総ゴケを、土埃をもうもうと上げながらやらかしていた。

星野 「なんだなんだなんだ! どうやったら4アウトなんてカウ
    ントが発生するんだ!?」
美奈子「えーそのー、それには色々と事情がありまして・・・」
大気 「迂闊でした・・・暫く地球を留守にしている間に、こんな
    ルールが出来ていたのですね。勉強不足でした。」
レイ 「いやその、これはそもそも公式ルールじゃ・・・」
亜美 「そんなぁ、前回は見逃して貰えたのに。」
まこと「んじゃ亜美ちゃん、それ何時の事だったか言える?」
亜美 「ぎく。」(^^;)
書き手「ぎく。」(^^;)

 大混乱の3塁側ベンチ。同様に「4アウト?なにそれ?」な顔を
しているちびうさを抱きしめながら、矢張りこんな試合に参加する
んじゃなかったと、ほたるはさめざめと涙を流していた・・・。

■8回表  終了|1|2|3|4|5|6|7|8|9|− ■
■Sailors|0|0|1|1|0|0|0|0| |2 ■
■Sisters|2|0|1|0|0|2|0| | |5 ■
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夜天 「え? チェンジ? なんで? ツーアウトだろ? え?」

無人のグラウンドに一人、残塁させたまま(爆)。