さて、第2点目の方。

SASAKI Masato wrote in message <20040123205515cal@nn.iij4u.or.jp>...
>
>その2はCさんが全く買わなかった場合
>GNP=300
>NI=300
>GNE=300
>で本当にいいの?ってえのがどうにもなじめない……。

そもそも経済モデルというのは
実際の経済社会(経済循環と言うべきか)を
分かりやすく説明するために設計、構築するもの。
「Cさんが全く買わなかった」というのは
最終消費財が全く消費されない経済社会なわけで
そんなあり得ない経済社会を
“最終消費者が消費行動を行う”という普通のモデルで
考えようとするのがどうかとは思う。
# 私にはこっちの方がなじめない。

そこの矛盾を承知で敢えて言えば、
このケースでは「GNPは0円」です。

少しだけ解説すれば、先のモデルにおいては
>>GNP = 国民総生産
>>    = Bさんの付加価値額 + Aさんの付加価値額

という式の「Aさんの付加価値額」というのは
あくまでもBさんの売った最終消費財であるパンに関して
「そこに含まれる付加価値が誰によるものなのか」という、
実現された付加価値への寄与分なのです。
したがって、Cさんが全く買わないときには
実現された付加価値はゼロなのです。

結論は、何がどういう状況になっても先のモデルでは、
 GNPはCさん(最終財購入者)の支出額で決まる
のです。(在庫投資は想定外)

また、この↓ケースですが、
>特にBさんがDさんを雇っていてDさんに500支払う場合。

(無理を承知で)先のモデルに当てはめるなら、
Aさんはパン種をBさんに売る際に、パン種と抱き合わせで
自分がパンを作るから500円(パン種と合わせ800円)よこせ…
と言ったと考えましょうか。
つまり、Dさん=Aさんと考えるのです。
(もちろん、厳密には労働力と中間財は異なりますが
 この中間財生産者、最終財生産者、最終消費者の
 三者モデルではこれが一番妥当と考えられます。)
尤も、この場合もCさんが全く買わないならGNP=ゼロです。
# 7個だけ売れたときを検討するのは面白そうだ。

前記事の再掲になりますが、多くの場合
経済モデルに出てくるAさん、Bさん、Cさんというのは
あくまでも中間財生産者、最終財生産者、最終消費者という
『経済主体である』こと着目している留意すべきです。

したがって、もし「一人でいろんな経済行動をとる人」として

(佐々木さんはこっち↑の方をイメージして書いたようだが)
「○○さんが何々する」と表現されるときは、
その経済行動が「経済主体としては何にか」が重要なのです。
ここを混同すると経済の本質が見えなくなります。
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