永井です。

Yoshitaka Ikeda wrote in <ci8kbg$l$1@caraway.media.kyoto-u.ac.jp>:

> 防衛研究所は、偽書をも所蔵しているのではないですか?
> あくまで「一次資料の収集」と「戦史の研究」とは違いますし、
> ある文献が偽書と確定するまでは偽書であると疑わしいとしても
> 保管するべきでしょう。

 南京戦関連の戦闘詳報で、防衛研究所に保存されているものは、最近新しく発
見されたものでなければ、「戦史の研究」の史料としてすでに用いられていま
す。1989年に刊行された偕行社編『南京戦史』『南京戦史資料集』がその「戦
史」です。この編纂に従事した方々には旧日本陸軍のしかるべき地位にあり、戦
後も自衛隊の幹部や防衛庁の職員であった方が含まれています。

 この編纂の過程で、それぞれの戦闘詳報の真偽は当然検討されたはずです。も
し、「偽物」と判定されたのであれば、『南京戦史資料集』にも収録されるはず
ありませんし、その時点で、防衛研究所の保管対象から外されたでしょう。現在
も旧陸軍の戦闘詳報として保管されている事実は、これが「真物」であると、防
衛研究所、少なくとも旧戦史部レベルでは、そう判断したことを示しています。

> 今の管理と当時の管理がどれくらい違うかはわかりませんが、
> すくなくとも、現在の自衛隊では
> 簿冊への登録、原議の保管、合議の保管、複製の配布
> が行われます。複製の配布においては送達簿、受領簿というものが存在しま
> す。

 昔の陸海軍でも、通常の公文書は、ご指摘のように処理されていました。しか
し、戦闘詳報という公文書は、やや特殊であって、通常のお役所仕事の手順を踏
むのものではありません。
 陸軍の戦闘詳報は作戦要務令の定めるところにしたがって作成されます。
作戦要務令によれば、大隊または中隊以上の各部隊は、通常戦闘終了後に戦闘詳
報を作成し、その隊の直属上級指揮官に一部を提出します。戦闘詳報は高級指揮
官がその後の作戦の展開の判断材料となる情報を集め、さらに将来の戦闘の参考
とするために収集されるものですので、「真相を具体的に記述し且提出迅速な
る」ことが求められています。
 部下から戦闘詳報を受け取った各級指揮官は自分の隊のものとあわせてこれを
さらに上級の指揮官にあげ、最終的には大本営に進達されることになっています。
 日清戦争や日露戦争の時には、大本営に集約された戦闘詳報類が、参謀本部に
よる戦史編纂や功績の評価の材料にされたわけですが、大東亜戦争は負け戦なの
で、敗戦時に焼却の対象となったと思われます。

 ですから、「原議の保管、合議の保管」は戦闘詳報というものの性格からし
て、ほとんど考えられないし、送達簿や受領簿が残ることも期待できないでしょう。
 結局、現存しているものについては、その形式と内容から判断して、個別に真
偽を判定するしか方法がない。そして、『南京戦史資料集』に収録されたもの、
あるいは収録されなかったけれども、その後も防衛研究所に保管されているもの
は、いちおう戦史研究の専門家によって「真物」と判定されたものだと考えてよ
いでしょう。