In article <041017030403.M01486703@ims.kit.ac.jp>, 
:何回も言いますが, いずれ protocol 込みでなければ,
:取り敢えず反対しておきます.
 
私は、fjでの記事の責任が個人に帰結されるためには、
fjでの記事は個人を識別する必要があると主張している
のですが、

仮に、担保措置を書き込まないとして、

その主張自体には賛同していただけるのでしょうか?以下、rev 4
での文章。

:   (2)fjは、主に日本から世界へ、さらには日本の中の個人から世界
:   へ情報を発信し、有意義な情報交換の場となることを目指す。
:
:解説:fjにおいては『個人』が単位である理念を表明しています。
:
:   (3)fjでの記事は投稿した個人が責任を持つ。個人の投稿をもと
:   に所属機関を非難することは認められない。
:
:解説:記事の投稿は『個人』であることを表明しています。その責任は、
:『個人』がとる。その他の人や機関は関係がない。これは、その記事に
:なんと書いてあろうと、実際の所属関係や人間関係がどうであろうと、
:fjにおいては、その投稿した『個人』が全部の権限と責任をもつという
:お約束であることの確認です。それも含めて文面を決めても良い。
:著作権的には、『fjでの通常の配送、引用において、記事の複製を許諾
:したものとみなす。その際には、From: とMessage-ID:が明示されれば
:よい』という主旨の文章をつけても良い。
:
:   (4)fjでは、本名を名乗り、自分が正当に所有するFrom:アドレス
:   を記載するのが望ましい。他人の所有するFrom:アドレスを詐称
:   することは認められない。不特定多数が共有するFrom:アドレス
:   からの投稿も認められない。
:
:解説:記事の責任は『個人』にありますから、その人の識別子が必要と
:なります。ニュースの記事ではFrom: によってだいたい識別ができます
:が、fjの場合は、From: をこえた識別子を要求したい。fjでは伝統的に
:『実名』がそれに相当します。ペンネームでもなんでも、ずっとそれで
:通すのなら、まあアリかもしれないが、私としてはそれは明記したくな
:い。本人が『本名』と主張するのならそれでも別に構わない。十分長い
:期間維持してくれるのなら、結局同じことになる。
:
:解説:記事の責任を全く回避する投稿(不特定多数の共有するFrom: 、
:他人のFrom: の投稿は『認められない』。
:
:解説:これは、匿名を基調とするいわゆる『ねっと』(『と』にアクセ
:ント)とfjが本質的に違う(と私が主張する)点です。投稿の内容を他
:人が判断するのに、その投稿を書いた人(の実名やその他識別子)を調
:べて、歴史的に判断、評価できます。fjでは、『投稿の文面でのみ評価
:すべき』という主張と全く異なる立場です。
:
:解説:ステハンでも構わない(河野説)というのは、私は政治的に
:間違っていると思う。それならどっかの掲示板と同じになるだけの

-- 
松田@NY