In article <cighht$qq2$1@news-est.ocn.ad.jp>, 
Sin'ya <ksinya@quartz.ocn.ne.jp> wrote:
:  清朝の支配下で、すでに、(同じ清朝の臣民でもある)漢人が平和的に移住し
:ていれば、平和的に移住した漢人が旧満州にいたことが言えますので、旧満州
:は満州族だけの物ではないことを示すには十分だと思います。

そんなことをいって、どうするんでしょうか?

大日本帝国の臣民である朝鮮人が満州に移住しているんだから、満州は日本が領有できる?
(そういえば、日鮮同祖論で、日本人は朝鮮から移住したのだから、朝鮮半島を日本が
領有するのは歴史的に自然だ、という議論がありました。)

とか、

   北海道はアイヌにかえせ!

とか、

   ロシアは沿海州を満州人にかえせ!

とか、

   そもそも、カザフの朝鮮人を沿海州に戻せ!

とか、いうんでしょうか?

もちろん、これらの主張はすべて、それなりの理屈があります。少なくとも、ユダヤ人が
イスラエルに『帰還』することよりも、もっと根拠があります(笑)。少なくとも、2000
年前の話じゃなくて、200年以内のことです。スターリンの朝鮮人強制移住などは、ほんと
に無茶苦茶な話で(もちろん自国民もシベリアに送っておりますが)日本が、朝鮮を併合して
いなければ、朝鮮半島というのは、『過去に朝鮮人がいた半島』という意味になっていたので
しょうし、プサンまではロシア語表記になっていたでしょう。こういうのは、すべて結果論で
す。

国民国家が成立した時代以降でなければ、『正統性』も何もないわけで、それ以前の歴史
をグチャグチャいってもほとんど意味はありません。またその『正統性』すら軍事力と既成事実
で決まっているのを直視すべきです。確かに、『銃口から政権が生まれる』という毛沢東の通り
です。それが『良い』か『悪い』かは人によって違うでしょう。

満州の命運が決まったのは、タンクー協定でおさまっていた満州事変後に、日本が対支戦争を開
始したからです。日英同盟を維持し、石原莞爾の言うように上海戦を行わずに引き上げるか、少
なくとも首都南京攻略の決断をしなければ、まだ満州が香港のようになる可能性はあったでしょ
う。そうすると、おそらくいまあるような『日本人』の形もかわっていたのじゃないかと想像し
ます。満州人風弁髪の人が東京を歩いていたりしたかもしれない。

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松田@NY