In article <070731094935.M0127688@utogw.gssm.otsuka.tsukuba.ac.jp>,
kuno@gssm.otsuka.tsukuba.ac.jp says...
>  私の理解では、パラレルワールドはそういうイベントの箇所で枝分か
>れしていると。いや、並行しているのでもいいんだけど、そのイベント
>の時点までは同一内容でそこから内容に違いがあると。

分岐する設定の場合、人物Aがどこかに跳んでった時点で、以後、人物A
が不在となる世界と、跳ばずに存在しつづける世界が並行していくこと
になりますよね。で、跳んでった先の世界では、跳んできた人物Aと、
もともとそこにいた人物A'の両方が存在することになる、と。元記事の
時点では、分岐と無関係なパラレルワールドのことは考えてなかったけ
ど、その場合も理屈は同じ。

前にも書いたように、例のメガネくんの事件のことがあるので、最初は
分岐型の設定かと思ったんですが、何しろ「上書きコピー」の件がある
ので、私はアニメの「時かけ」は、基本的には、一本線の設定なんだと
判断しました。もっとも、それだけだとやっぱり、メガネくん事件のこ
とが解釈しづらいんだけど。
# 実は分岐/並行型なんだけど、跳んできた人物Aが到着した、まさにそ
# のとき、もともとそこにいた人物A'もまたどこかに跳んでった。とい
# う偶然が、たまたま観客に提示された物語のなかでは連続的に起きた
# のだ。つうのは、あまりにもアレだし。

つか、よくよく考えたら、一本線の場合であっても「上書きコピー」は
おかしいと思うんですよね。意識だけが入れ替わるパターンと同様、個
人的には、あんまり納得いかない。理屈の上では。所詮、素人の考える
理屈だけど。

でもまあ、これも前にも書いたように、制作サイドは、そんな面倒臭い
こと考えずに、もっと気楽な感覚で作ったんじゃないでしょうか。彼ら
が作りたかったのは、SFではなく「時かけ」だった。みたいな。で、こ
れも何度も書いてるように、それはそれでいいんじゃないか、と思うわ
けです。それなりに楽しめたし。
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AMAUMA