ナゾカケロシン(5)
・ナゾカケロシン(5)
8.幸福の技術
東京のとある武道館(武道館っていったらひとつしかないんじゃない
のか、そしたら『とある』は要らないだろうが、ここはなるべく秘密
裡にことが行われていることを強調せんがためにこういう言い回しに
なってしまうんだ)で、ある秘密結社の全国大会が開かれていた。
秘密結社がそんなところで集会をするかというと、するのである。
つまり、秘密結社といえども社会的に活動する際には表の顔があって
その表の顔でこのような集会を開いているわけだ。その表の顔は宗教
団体『幸福の技術』、とても宗教とは思えないような内容だが、宗教
の自由を謳う平和憲法の国日本では、日本信者がいて宗教活動をして
いれば立派な宗教団体であり、用件さえ満たせば税金すら優遇しても
らえるのである。この宗教団体を主宰する教祖こそ、「勝利のJava
script」やら「成功のC++」「神秘のUML」「奇跡のXML」などの本を
自分の教団の出版局「幸福の技術出版局」から出版しては何百万部の
売り上げを上げているカリスマ、久野であり、
『瑠璃の苦悩(ラピス・ノート)』の名で暗黒界に知られるCIAの
ブラックリスト・トップ10の一人である。
武道館に出席しているのは政府の主要な政治家もいれば、省庁の局長
クラスのキャリア、そして経済界の重鎮たちもいる。もちろん、マス
コミ関係者もいるが、彼らは秘密結社の社員であって、この活動を公
に報道しようなどとは絶対しない、そんなそぶりでもすれば家族ごと
闇に葬られてしまうような恐ろしい組織なのだ。
熱気のこもる会場は人気ロック歌手のコンサートの顔負けにアトラク
ションあり、スタンディングオーベーションあり大盛況を呈している。
出席者の一人、そうこいつは経団○のなんとかいうやつだ、が壇上で
なにかを発表はじめた。会場のざわめきは次第に静かになっていき、
一同が彼の演説に耳を傾けている。
「私はこの席で重大な発表を諸君にすべくこの壇上に上がりました。
それは我々の新しいプロジェクトが軌道に乗りつつあることを、
ここに宣言するためであります。
このプロジェクトは、馬鹿で思慮の足りない大衆を納得させ、
マスコミが盛り上がるのに十分なスキャンダラスな属性があります。
そして、なにより失敗しようが成功しようが余り変わらない結末が
周到に用意されていて、批判を受けにくく予算の中身を調べられる
危険が最小なのであります。
最後に、このプロジェクトは関係官庁と関連企業が十分過ぎるだけ
の利益を享受できる予算の規模を確保できるのです。
これは
・効用の有用
・無害な実効
・莫大な予算
という我々の勝利の3原則を十分に満たして
これにより我々の権益は益々広がり
確固となること確実なものなのです」
会場の全員が立ち上がって拍手を始めた、喚声に会場は割れんばかり
の騒音である。
「それでは我々の『瑠璃の苦悩』にお言葉をいただきましょう」
会場の興奮は頂点に登りつめた。壇上の一部がせりあがり、おどろお
どろしくスモークが焚かれ、レーザー光が四方に反射する。
ファンファーレとともに教祖『瑠璃の苦悩』が現れた。
一瞬、会場は水を打ったように静まりかえり全体が壇上の教祖の一挙
一動たりとも逃すまいと神経が収斂していくのが感じられる。
「プロジェクト・な〜ぞ〜な〜ぞ〜」
教祖のその一言で、会場はおーという喚声で割れ返り、座布団が飛び、
クラッカーが鳴らされる。なるほど、これほどの集会ならば、武道館
でなければならない理由がわかるというものだ。市町村の文化会館で
は会場の天井が落ちてしまう。
しかし、この痴話騒ぎを苦々しく眺めている人影がいた。
そうスメラギ・サヤカである。そうなのだ、インターコンチネンタル
に巨大な資金を動かし世界の政治と経済をウラで動かすスメラギ機関
にとって、日本に巣食う統制経済に固執する政府主導で訳の判らない、
そしてぜんぜん投機の意味のないプロジェクトに国家規模の予算の投
入を画策するこの組織は国際社会の経済均衡に対しての不安定要素と
して目の上のタンコブなのだ(といっても、経済学に明るくない諸君
はなんのことかぜんぜん見当もつかないかもしれないが、説明してい
るぼくだってよく理解していないのだか、ここは「そういうもの」だ
と、理解してくれればいいってものさ、探偵小説を読んでいたって、
犯人の殺意の心理学的な妥当性なんかを考える読者はいないだろう。
ここはさらっと読み飛ばすところなんだぜ。)
9.ファイア・バート
ぼくと黒装束の女はなんとかサーパント・ドームの地下通路から抜け
出すことができたが、うっかり廊下に出てしまったために、たちまち
プロフェッサー・レオの追手に取り囲まれてしまった。
ぼくはジュエルを抱えているために俊敏に動き回ることも、器用に追
手の間をすり抜けて逃げ回ることもできない。このままでは3人とも
捕まってしまう。黒装束の女はもともとぼくらとは無関係なのだから
あっさりとぼくたちを見捨てて独りで逃げてしまうと思っていたが、
なんだかんだと世話をやいて手伝ってくれている。
でも、それも限界に近づいていた。ぼくは思い切って彼女に言った。
「このままでは3人とも捕まってしまう、
キミはもともとぼくらには関係ないんだ
危険を冒す必要はないから
キミひとりだけでも逃げるんだ」
うん、かっこいい、言ってて自分で自分に酔ってしまう。
「ばかいってんじゃないの
どんな状況でも自信は失ってはダメなのよ
ここで捕まったらどうなるか判ってないでしょ
あたしはあんたたちを置いてひとりで逃げるなんて
夢見が悪いことなんかできないわよ、キパッ☆」
なにその「キパッ☆」ってと、ぼくは思った。
でも、彼女にそう言われ、ぼくは捕まったらどうなるかをぜんぜん想
像していなかったことを反省した。「夢見が悪く」なるようなことに
なっちゃうんだぁ、と思ったが、具体的にどうなっちゃうのか想像す
る勇気も余裕もなかった。
「しまった」黒装束の女は叫んだ。
行き止まりだ。どこにも抜けることができない部屋にぼくらは逃げ込
んでしまった。
「ふふふっ
とうとう追い詰めたぞ
スメラギのスパイめ」
追手の一人が勝ち誇ったように言った。そして本当にぼくらは追手達
総勢30人くらいに囲まれてしまった。
「はははははっ」
そこに唐突に笑い声が高らかに響く、しかし、ぼくも黒装束の女も、
もちろん意識の戻らぬジュエルだって笑ってはいない。
「だっ、誰だ!」追手たちが周囲を見回すと、忽然と現れた女が数人
立っている。彼女は、いや彼女らは全員みな目の冴える様な真紅地に
金糸で昇り竜ならぬトンボの文様が大きく刺繍されたチャイナドレス
を纏っている。それが10人、いや11人いる。
トンボの模様はエミール・ガレの悪趣味なジャポニズムで造型された
トンボの意匠みたいにおどろおどろしい、これなら大蛇が描かれてい
たほうがましだとぼくは思ってしまう。
「天が呼ぶ、地が呼ぶ、人が呼ぶ、
アホを倒せと私を呼ぶ
バカな発明、詐欺商売は絶対に許さぬ正義の女
ファイア・バード
ここに見参」
と、11人がハモって一斉に啖呵を切った。プロフェッサー・レオの
配下たちもあっけに取られてしまったが、ぼくもあきれて開いた口が
塞がらない。
「ハァハァッハァ(笑っているらしい)
プロフェッサー・レオ!
オマエの悪事もこれまでだ、
私がここで引導を渡してやろう
観念すんだなっ!」
モモ太郎侍でもこれだけ華美にして、ゴテゴテの装飾過多の見得を切
ることはできないだろうとぼくは思った。しかし、悪の組織も黙って
はいない、屈強な男たちがファイア・バードめがけて果敢にタックル
をする。しかし、ファイア・バードと名乗る彼女(たち)は華麗な身
のかわしでその攻撃するぬけると、つぎつぎに相手を倒してしまった。
どう考えても同じ顔、同じ姿の女が11人いるというのはおかしい、
しかし、それは実体を持っているらしく彼女(たち)の攻撃を受けた
追手たちはあるものは壁際まで吹っ飛び、あるものはもんどりを打っ
て床に転がっている。
「なにかの装置のまやかしだ、
スプリンクラーを作動させて破壊しろ」と部下の一人が叫んだ。
そう言い終わらないかの時に部屋のスプリンクラーが一斉に弁を開い
て水を噴霧始めた。水浸しの部屋では備え付けのコンピュータや何か
の計測器はブスブスとジョートの音をたてた。
ぼくはジュエルが水を被ってこれ以上体温を下げないように彼女を庇
い身をかがめた。。
ファイア・バードはそんな土砂降りの雨のような水の中でもぜんぜん
平気で悪党どもをにらんでいる。
「これはなんのつもりかな」ととぼけた調子でまた11人がハモった。
「ば、ばかな、
ホログラムかなにかじゃないのか」
「実体ではないが、実体がある影
倒されても、倒されても
復元する不死身の戦士…
それがファイア・バードの名前の所以」
「一時戦略的撤退だ」と叫ぶと、部下たちはなにがなんだか訳が判ら
ないままので四散に逃げていってしまった。
スプリングクラーの放水が停まり、ファイア・バード全員が振り返る
と霧が晴れるように11人の姿がなくなり、今度は物陰からもう一人
のファイア・バードが現れた。
「スプリング・ハンター、
ジュエルは私に任せてプロフェッサー・レオを追うのよ
ジュエルは大丈夫だから心配しなくていいわよ」
「う、うん」
ぼくは返事をするのがやっとだ。ジュエルの身も心配だが、ぼくもな
にがどうなっているのか判らない。
ジュエルを受け取るとファイア・バードはちょっと考えていたけど
「いっとくけど、私は山形大の天羽とはぜんぜん別人だかんね」と、
ぼくに確かめるように言った。
「えっ、アモー?」
「なんだ、知らないの?」
「はぁ、すみません」
「まあいいわ、
とにかく私はナゾの女、ファイア・バードなのよ
それじゃさらばじゃ
医学がダメでも
科学があります
歩けるどころか、空だって飛べるようになりますぅー」
ファイア・バードは呪文のような言葉を唱えると、ぶあーと風が巻き
起こり彼女とジュエルはそのまま宙に浮き上がったと思ったら、飛行
機雲のような跡だけを残して空の彼方に消えてしまった。
ぼくと黒装束の女はしばらく呆然と逃げるのも忘れ立ちつくした。
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のりたま@なんでクリスマスなのに…終わらないだぁ
Fnews-brouse 1.9(20180406) -- by Mizuno, MWE <mwe@ccsf.jp>
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