ナゾカケロシン(3)
5.ホワイト・スネーク・カモン
ぼくは寒い地方にある秘密の学園に研究生として潜入した。
ジュエルは前もってこの学園に事務員として潜入していた(ぼく
は『ジュエルエッグ』の彼女を『ジュエル』って呼ぶことにした、
ほんとうの名前はしらない、彼女は教えてくれないし、ぼくも聞
かない、それがこの世界のルールってものさ、ミッションが終わ
れば、プライベートではお互い二度と会うことのない匿名の男女
が死線を越える状況を超人的な能力と技で切り抜ける、それがで
きない奴はこの世界には生きる資格がないんだ)。ぼくのために
準備を整えてくれていたのだ。
ジュエルとは学園に関する説明とぼくの学園における行動の注意
などに関する作戦会議をしたあと別々に分かれた。
この学園は、はじめてのぼくには廊下を歩いていてもどこがどう
つながっているのか、皆目見当もつかない構造をしている。
同じ廊下と扉、簡単な明り取りの窓が延々と続く、まるで無限に
つながる合わせ鏡の鏡像みたいだ(実はぼくはジュエルとの作戦
会議でジュエルの説明の半分も話を聞いていなかった。だって、
学園に潜入するためCASカードをぼくに手渡す彼女の青白い手
の皮膚の透明度、逆光に光る産毛がまぶしい彼女のうなじのすべ
すべやらに見とれていてんだ。彼女の首筋に纏いつくネックレス
はなぜか赤いバカラのペンダントヘッドで、Vラインから覗く肌
の白さとの対比もぼくはうれしい。とにかく、健康な青年男子と
しては仕方がないさ、それにぼくは子供のころから通信簿に「人
の話をよく聴かない」と書かれていたのだから)
ぼくはとにかく誰かに案内をたのもうと考えた。
それでその辺にある扉を開けた。
「きゃっ」
中にいた女が小さく悲鳴をあげた。
「あっ、これは失礼、部屋を間違えてしまったようで」
ぼくは反射的に謝ってしまったけど、部屋の中の女の様子はちょっ
と変だ、いやちょっとなものか、超変だ、黒ずくめ黒装束なのだ。
黒く小さな革のデイバックを抱え、手には小型のマグライトを持っ
ている。
ぼくはこの黒装束の女とほんのちょっとの間だけ、でも、なんか
一年間ぐらいに感じるくらいに、まんじりともせずに顔を見合わ
せた。でも気を取り直してぼくは話しかけてみた。
「あの…、
事務局がある
管理棟に行きたいんですが
どういったらいいか
あの、できたら、
おしえて
いただき
たいの…で…す…が(あなたほんとにここの人?)」
虚を突かれた感じの女はしばらく固まったまま考えていたみたい
だけど、体勢を戻すと「んっんん」と咳払いをした。
女はレオタードのように身体にぴちぴちの黒いスーツを着ている
ので余計に細く抱きしめたらぽきんと折れそうに見える、
「いいわよ、丁度わたしも行こうとしてたところなの
ついてらっしゃい」
ぼくたちはそのまま部屋をでて、またあの単調で目が回りそうな
無限回廊を歩き出した、廊下は左右に同じ扉があるだけで、人の
気配も人影も見当たらない。
女の髪はブラウンに染めていて長く垂らして後ろでポニーテール、
目つきは鋭く油断がないが、なぜか後ろ姿はまぬけにすきだらけ、
ぼくの心は冬の日本海の荒波のように波立つのだった。
女は歩きながらぼくに話しかけてきた。
「あなたがスメラギに雇われた『ネットワーク探偵』とかいう
スプリング・ハンターね」
女はいきなり核心を突いてきた。なぜぼくの正体を知っているの
か、敵なのか味方なのか、どうでもいいけど美人なのでうれしい。
彼女は、ぼくの表情が硬化するのを楽しむように女は次々と話し
かけてくる。
「ここはこの研究所の最高機密の研究プロジェクトのひとつよ」
そういうと女は先立って歩いていたのに、唐突にひとつのゲート
の前に立ち止まった。
ぼくは《ひ・と・つ》という言い回しがとにかく気にかかる。
「ここはあなたのつけている認証カードでは通れないのよ
ここの扉は青いでしょ、あなたのカードは赤じゃない」
そういうと、じぶんの認証カードを出すのかと思いきや、なんだ
か妙に不恰好な飾りの付きマグライトみたいなものを取り出して
ゲートの扉に向かい、ピーターパンに出てくる妖精ティンカーベ
ルのマジックスティックみたいに振る、扉はピッと素っ気無い音
をたてると左右に開いた(これって不法侵入じゃないの、すると
この女は味方なのか?でもぼくはスメラギ・サヤカからそんな話
ぜんぜん聞いてないじゃん)。
ゲートを通過するとそこは吹き抜けのように高い天井で、原子力
発電所の制御室みたいなコンソールテスクと広角スクリーンが場
所を占めていて、映画館の客席みたいに床に固定のシートが整然
と並んだ部屋だ。
なにげにスクリーンに映し出されている画像を見ると別室のガラ
ンとした空間の真ん中に構造物、そうだプラネタリュウムの投影
機みたいだ、でも違うのはその両端に人間が括り付けられて、
(そう、とても「座っている」とか「操縦している」といった感
じじゃないんだ)不規則に回ったり、上下を繰り返しているとこ
ろだ。片方には軍用ヘリのパイロットが被るスコープ付きヘルメッ
トをがぶっていて、もう片方にはなにも被っていない女が括り付
けられていて、女は虚ろに天井を見ている。
よくみると、女はどこかで見たことがある、ジュエルだ。
ぼくは思わず「ジュエルだ、ジュエルが捕まっている」と叫んだ。
女はしかし、そんなことには全然興味がない、スクリーンを眺め
ているだけだ。
「ふーん、あなたのお仲間が捕まっちゃみたいね、
ところで、ジュエルって、
もしかしてあの『ジュエルエッグ』のこと?」
ぼくはジュエルが酷いこと(たぶん酷いことだ、根拠はないけど
確信はある)をされているのに、なにも出来ないでいて苛立つ、
焦りだけが砂時計のように溜まってくる、でもジュエルがなにを
されているのか、どこにいるのか、ぼくはどうすればいいのか、
ぼくはそもそもどこに迷い込んでしまったのか、そして肝心なこ
とはこの女は何者で、敵なのか味方なのか、と『DOIT』リス
トがアタマを占領してしまって却ってなにもできない。
そうだ、こういう場合は優先度を度外視し手身近な用件項目から
処理をするといいと、野口悠紀雄の超整理術とかに書いてあった。
(もしかしたら記憶違いで、『金持ちのお父さん…』の方だった
かもしれないけど)
ぼくは女を捕まえて、女の肩を鷲づかみのして女を揺さぶった。
「そうだ、ジュエルエッグだ、ぼくの仲間なんだ
彼女を助けなきゃ
一体キミはぼくの味方なのか、敵なのか、
いや、そんなことは今はどうでもいい
どうすればジュエルを助けることができるんだ
教えてくれ
ここの制御機器をぶっ壊せばいいのか、どうなんだ」
女はぷいと顔を反らすと、さもいまいましそうに肩を掴んだぼく
の手をにらんでいった。
「とにかくこの手を離しなさいよ、
そして落ちつきなさい」
ぼくが女から手を離すと、女はまた捕らまれないようにか、
ぼくとの距離を置くようにしてスクリーンの前に移動した。
「ここの機械を壊したら、彼女は完全に助からないわよ
いい?
この機械はプロセッサー・レオが作った
架空現実体験装置『サーパント』、まだ研究途上なので
制御から外れると被験者は脳の活動に損傷を受けて
植物人間になってしまうか、死んでしまうわ
研究所の記録によると既に被験者が2人死んでいて
5人の意識が戻らないらしいわよ」
さすが悪の秘密基地、命があぶない、女は勝ち誇った特撮映画の
悪役みたいに説明を始めた。
「この画面に映っている部屋の中には
ここからでは判らないけど
ホワイト・ノイズの映像と音響が充満しているのよ
被験者にはパノラマで広がる
仮想空間の広がりと
立体感のある迫力の音響が響いているのだけど、
映像も音響も『サーパント』システムにより人間の脳の認識野
が理解できないくらいの複雑さで擾乱してホワイト・ノイズ化
されているので、映像刺激も音響刺激も直截脳の感覚野を直撃
するのよ
つまり、被験者は架空であることを『認識』していても
『知覚』は現実として反応してしまうというわけ
架空と判っていても、脳髄は現実刺激として反応するので
最悪場合不随神経の活動がとまり心臓が停止するのよ
下手に機械を壊したらあなたのジュエルちゃんがどうなるか
いくらばかでもすこしは見当がつくでしょ」
そうなのか、たしかにスクリーンに映し出されている画面には、
テレビの砂嵐のような不規則に明滅するノイズが背景に映し出さ
れている、音は聞こえない、不恰好で冷酷な機械に縛り付けられ
たままの彼女はときどき身体をビクつかせている、彼女の顔には
表情がない、見開いた目の焦点もあっていないようだ。
ホワイト・ノイズも画面の表示ではフィルターがかかっているの
かも、ぼくの灰色の脳はめまぐるしく動いた。
しかし結論はでない。
「でも安心していいわよ
彼女はあの『ジュエルエッグ』なんでしょ
このくらいのものだったら
彼女自分で切り抜けることができるわよ」
その確信はどこからくるのか、この女は『ジュエルエッグ』って
なんだと思っているの、というか『ジュエルエッグ』ってなに?
ぼくの心はちじに乱れた。
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のりたま@ぜんぜん話がすすまない
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