竹田です。
平成20年書き納め(たぶん)。

京阪新3000系の実物を見に行く(色重視)のと中之島線乗車が来年に
持ち越し。今年は併用軌道探訪に行けなかった分、来年は一泊で富山、高
岡あたりを攻めに行け・・・・たらいいなぁ。


 用事で実家に帰った時に、電機の本を回収してきましたのでまずはこち
らの話から。ちなみに、「電気機関車」関 宗博 著 保育社カラーブック
ス S56.5 という本です。

Message-ID:<dbcefee7-2d20-4e25-abd9-405ed07adb45@n33g2000pri.googlegroups.com>
ぢぃ. wrote:
来年もよろしく(年賀状代わり)。

> >  ちなみに。長野新幹線ができる前の碓井峠。ここで、「押したり押し返し
                     ↑氷
> > たり」を2両1ユニットでやっていたEF64は、当時はココ専用だと記憶
> > しているのですが合ってます?
> 
> 違ってます。EF64は汎用機です。

 おっしゃるとおり。上記の書き方だとEF63の誤り。
 双頭連結器の電機が横軽にいた、から始まり「双頭の64がいたな」と
なって元文章の様に書いた次第。「峠のシェルパ」と問われても「64」
と答えていたかも。
 そのEF64。福島辺りが交流化する前には福島辺りにいた時期もあったそ
うですが、前述のカラーブックスでは昭和55年当時、勾配線用標準機と
いう位置付けで、1000代はその上越線用改良機と記されています(今は岡
山にも何両か)。そしてEF63は言わずもがな、横軽専用補機。晩年の、双
頭連結器の横に10栓くらいジャンパー栓が林立してる顔が、いかにも職
人です。



『ブルートレイン』について

Message-ID:<ghlk6o$o5h$1@news-wst.ocn.ad.jp>
"SHIMADA,makoto" wrote:
>          嶋田です。
来年もよろしく(以下略)。

> 
> Karura Asagami さんは書きました:
> >  ところで、嶋田さんが『〔はまなす〕』と書くと言うことは、急行でもブ
> > ルートレインと称するのは差し支えないと言うことでいいんだと分かりまし
> > た。
> 
>          早トチリしないで下さい。ブルートレインという言葉の
>         定義自体が曖昧なんですよ。元はナハネ20系ができた時、
     ↑↑↑↑↑↑↑
      コレ大事

>         ファンの間から誕生したようですが、いわゆるブルー
>         トレインブームの時にマスコミで派手に取り上げられ、
>         鉄以外の一般人にも浸透しました。国鉄は使っていたか

そのマスコミで、現代ではこうなっていますという一例を。来年のはやぶ
さ/富士廃止のアナウンスで産経新聞が書いています。


産経新聞12月20日 東京駅ブルトレ消ゆ
           はやぶさ・富士、来春ダイヤ改正  より引用

(前略)
青い客車の寝台特急は「ブルートレイン」と呼ばれ、昭和40年代から
↑↑↑↑↑↑↑↑↑   60年代にかけては”ブルートレインブーム”
  コレ大事      を巻き起こしたが(以下全略)


 この記事を書いた記者さんがどの程度の鉄人なのか存じませんし、この
記事を盾に竹田の主張がどうのこうのという気はありませんが、「あぁ、
世間の認識もその程度なんだな」と感じました。つまり、竹田が以前書い
たブルートレインの概念がこれです(だからカシオペアとトワイライトは
ブルトレではなく、単に夜行寝台特急)。
 レガートはどうなるという話と、はまなすはどうなるという話につなが
りますが、おそらく世の中は基本『青い寝台特急』なんですな。ですがまぁ、
世間一般の話で納まるのならココ(fj.rec.rail)の値打ちはありませんし
世間一般の話で満足できるなら”普通の人”ですし、教えていただいた事
については深く感謝(ご容赦を、と書くことの方が多いのが申し訳ない)。


>          で、そのブルートレインの元祖、ナハネ20系ですが
>         初期には1等座席車のナロ20や2等座席車のナハ20なんか
>         もあったわけで「ブルートレイン=寝台車」ではなかった
>         わけです。ま、旧型客車のスハ43系やナハ10系も青く

 イエッサー。それが上記新聞記事のように解釈されるのは、

>          その後、国鉄の手っ取り早い増収策として夜行列車
>         (特に特急)は原則寝台車化するという方針で20系から
>         座席車は姿を消しました。そして、その20系の後継車
>         として造られた14系も始めは寝台車と食堂車、荷物車
>         だけでした。しかし、後に波動輸送用として14系の

がきっかけなんでしょうね。その頃とブルトレブームの時期がかぶると、
瓢箪から駒よろしく、本意と離れたところで寝台特急=ブルトレが広まり、
後に竹田のような人間に受け継がれると(竹田は70年代前半生まれ、
寝台車デビューは4年前)。


>          そして今や14系、24系が旧型客車と呼ばれても
>         おかしくないぐらい年を経てきています。

時間は正直だ(しみじみ)。


>          いざ、ブルトレをEF66に牽かせたら乗務員からは
>         好評だったそうです。EF65よりも運転台が高いので
>         疲れないし空気バネ台車なので乗り心地はいい、
>         加速性能もいいから。

 クーラーも付けたし(別問題?)


(余談)
前述のカラーブックスに、出雲(懐かしい!)のヘッドマークを付けたEF65
-500Pの写真が載っているのですが、この顔絵本か何かで見たことあるなぁ。
どうしてもクスッと笑ってしまうのが、

ナンバー横の飾り帯−−−−−−−まゆげ
飾り帯下の通気口−−−−−−−−まつげ
ヘッドマーク−−−−−−−−−−鼻
尾灯−−−−−−−−−−−−−−目
アンチクライマーみたいなやつ−−鼻ヒゲ
(貫通形だったら渡り板)
連結器−−−−−−−−−−−−−口

に見えてはげたおじさんを想像してしまいます。で、65PFで通気口の無
い顔は、さっぱりした若者を想像します(これにさくらのヘッドマークが映
えるんです)。


********************来る日も来る日も103系(2代目)
karura@occn.zaq.ne.jp               時々201系
                                竹田 貴博