頼光さんの<Pvkxc.401$t9.116@news-virt.s-kddi1.home.ne.jp>から
> なお、私の立場は、端的に言えば「ルールの精神に反しよ
>うが、それはルールを守るために必要なコストである」とい
>うものです。
> ルールの擾乱分子が現れたら、排除を志向するのサンクショ
>ンが働きます。それが無ければ、ルールなどそれこそ単なる
>空文であり形骸ですしかありません。

それは成文化等によって客観的に明確化されたルールが存在する場合の話で
しょう。
そうでない場合は、

> ある面では、「ルールを守ることがルールの精神に反する
>ように感じられる」という問題提起をしていると、私は捉え

この態度は正しいと言えるのではないでしょうか。なんとなく有耶無耶の内に
流通している【ルール】よりは「それが体現しようとしている精神」の方が重
要であるはずですから。

>ているのですが、この矛盾に対する掘り下げが無く、感情論
>を中心とした主張の繰り返しになっています。

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> この点は、<20040606212642cal@nn.iij4u.or.jp> で佐々
>木氏が反論されていますね。
> 「ヨイ」の定義がいまいち不明ですが、Followup-To: 付
>きのクロスポストは、既に成立している慣習です。

慣習なのかルールなのか、それが問題です。
単なる慣習なら「信念のもとに反発する」のもアリでしょ。



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wacky@「昔からこうだ」や「皆こうやってる」はルールじゃあない