9回表[2]
◆20:50 9回表 十番高校の攻撃
> 火球 「どうしたのですか、皆さん?」
ひょこ、とベンチ上から火球皇女が顔を覗かせ、言った。どうや
ら最後の攻撃にも関わらず、ベンチ前で円陣を組み作戦を練るでも
無し気合を入れるでも無しの3塁側ベンチに疑問を持った様だった。
この沈滞し切ったムードに目を見開いて驚き、続けて言う。
火球 「まぁ何ですか。その沈み様は、スターライツの方々?」
星野 「・・・申し訳ありません。個人的な事情で・・・」
夜天 「個人の事情っつーより個人の体型、の問題だけどな、ふん」
大気 「ヤケになるんじゃありませんよ。御心配をおかけします。」
火球 「構いません。それより、一体どうしたと言うのですか?」
星野 「それは・・・」
此処で「実は打者が足りなくなりまして」等と言おうものなら、
間違いなく「では僭越ながらわたくしが」と言い出すに違いない。
それを熟知しているスターライツは一様に口を噤んだ。が、残念な
がら、このベンチには他にも6名が居た。しかも1名は幼児。
ちびう「・・・勝てそうに無いの。」
火球 「え?」
ちびう「このままじゃ勝てないの! だれも打てないの! あっと
言う間に三振三つでアウトなの! 試合終了なの!」
畳み掛ける様に言うちびうさ。唖然としてそれを見守るセーラー
戦士8名と火球皇女。思わず聞き返す皆。
星野 「なんで、そんなに勝ちたいんだい?」
ちびう「勝たなきゃ駄目なの! どうしてもどうしても勝たなきゃ…」
夜天 「おぃおぃ。たかが草野球だぜ?誰が死ぬ訳でもあるまいし。」
その夜天の台詞に、はっと気付く内惑星系4戦士+ほたる。その
様子を察した大気が、傍らの亜美へ尋ねる。
大気 「聞いても良い事ならば教えて下さい。彼女に何があったの
ですか?」
亜美 「・・・昔の話です。いぇ、未来の話なんです・・・」
大気 「どう言う事ですか? 話が矛盾しています。」
レイ 「ちびうさちゃんの場合は、それで正しいのよ。」
掻い摘んで、ちびうさことスモールセレニティが敵により凍結さ
せられた30世紀から一人逃げ出し20世紀にやってきて、たった
一人で30世紀の世界を救おうと奮闘していた頃の話を伝える。
あの幼児が銀水晶の正統な後継者であり、今もそれを持ち、しかも
その双肩に全世界の運命が掛かっていた時があった。この事を知り
絶句するスターライツ。そして、ちびうさが何故にこうまで「勝利」
に拘るのかを理解する。勝たなければ何もかもを失っていた子供が
其処に居た。それを知った火球皇女がひらりと3塁ベンチに降り立
ち、ちびうさの目線と自分の高さを合わせ、尋ねる。
火球 「勝てない? 何故? まだ1回あるではないですか。」
ちびう「でも、誰も千影ちゃんの球、打てないし・・・」
火球 「誰がそう決めたのです? それに、本当に誰も、ですか?」
ちびう「そうよ! 亜美ちゃんだってほたるちゃんだって駄目だっ
たんだもん! みんなみんな今までだって、だって・・・」
その後は言葉にならず、わぁっと泣き伏すちびうさ。確かに千影
の球を打っている者は、この中には居ない。解明すら出来ていない
千影の「遠隔囁き戦術」を止める事は不可能であり、それを聞いた
者には必ず自壊する運命が待ち受けている以上、誰が打席に立って
も同じだろう。言葉にはならなかったものの、ちびうさはこれを確
実に理解している。だから、だれもちびうさへは何も言えなかった。
だが。
火球 「・・・ですが、貴女が居るではありませんか。」
つい、と立ち上がった火球皇女が、ちびうさを見据えながら、きっ
ぱりと言った。その言葉の強さに思わず泣く事も忘れ、火球皇女を
振り仰ぎ、見上げる。優しげに微笑みながらも静かに言い据える皇女。
火球 「貴女が居ます、ちびうささん。」
ちびう「・・・あたし?」
火球 「そうです。貴女です。いえ、貴女以外には無理でしょう。」
ちびう「そんな! だってみんな打てなかったんだよ!」
火球 「大丈夫です。貴女には他の者が持たない武器があります。」
ちびう「・・・え?」
火球 「それを信じ、打席に立ちなさい。大丈夫、怖れる事はあり
ません。貴女は自分を信じ、無心で敵に立ち向かいなさい。」
ちびう「・・・自分を信じて・・・?」
火球 「貴女はこれまで、貴女を支える仲間を信じて戦ってきまし
た。それは間違いではありません。そうですね?」
ちびう「・・・はい。」
火球 「ですがどの時も、貴女は自分自身だけを頼って戦ってきた
事は無かった。間違いありませんか?」
ちびう「それは!・・・でも・・・」
確かにそうだ、と我が身を振り返るちびうさ。対デマンド戦の時
はルナPに仕掛けられていた通信回路を使いせつなを頼り、最後は
皆を頼っていた。それ以降も似た様なもの。自分は一人ではなかっ
た。だから戦ってこれたし、勝ってもこれた。だが、これからは?
火球 「そう、あなたは仲間に支えられ、これまで勝利を収めてこ
られました。しかし、人は何時か、頼るばかりではいられ
なくなるものです。これまで頼っていた分を返さなければ
ならない時が来る。貴女の場合は、それが、今なのです。」
ちびう「でも、私なんか・・・」
不安げに火球皇女を見上げるちびうさ。にこり、と微笑んでこれ
に応える火球皇女。その言葉はあくまで静かで、だからこそ心に
染み入ってくる。皇女ならでは、の言葉だった。
火球 「大丈夫です。貴女が他の人をこれまで頼ってきたと同様に、
今の貴女は皆に頼られています。それが力になります。」
ちびう「みんなの・・・ちから?」
火球 「えぇ。貴女はこれまで、仲間を信じて戦ってきました。
それは同時に仲間への力となった筈です。そうではありま
せんか?」
最後の一言は、ちびうさを囲んで彼女を見つめる戦士たちへ。
何時の間にか囲まれていたのに驚きつつ、仲間たちを見上げるちび
うさ。そして仲間たちは、一様にきっぱりと頷いている。
ちびう「私が、みんなの力になってきたの?」
亜美 「そうよ、ちびうさちゃん。」
美奈子「第一、ちびうさちゃんがいなかったらデスシャドウは倒せ
なかったわ。」
レイ 「エリオスだってしっかり救い出してくれたじゃないの。」
まこと「そうだよ。だから、自分を信じて。ね。」
ちびう「自分を・・・信じる・・・?」
ふと、皆より低い視線を感じる。はっと振り返ってみれば、其処
には黒曜石の瞳があった。が、その温度はとても暖かかった。
ちびう「ほたるちゃん・・・」
ほたる「私、ちびうさちゃんにはどれだけ御礼を言っても足りない。」
ちびう「え?」
ほたる「私をミストレス9から救ってくれたのはちびうさちゃんよ。」
ちびう「だって、あれは」
ほたる「はるかパパやみちるままやせつなママの攻撃からも、身を
庇って助けてくれたわ。」
ちびう「でも、あんな事で」
ほたる「誰もお友達になってくれず、一人ぽつんと暮らすだけだっ
た、そんな私を暗闇の其処から助けてくれたのは、ちびう
さちゃんだった。」
ちびう「・・・・・・」
ほたる「だから、私はちびうさちゃんが、どんなに凄い人なのか、
良く判る。うぅん、私はちびうさちゃんを、そう信じてる」
ちびう「私を・・・信じてくれるの?」
強く、強く頷くほたる。続けて言う。
ほたる「だから、ちびうさちゃんも自分を信じて。」
ちびう「でも・・・」
ほたる「私には、ちびうさちゃんしか持たない武器って何の事だか
判らない。でも、ちびうさちゃんなら出来る。信じてる。」
ちびう「ほたるちゃん・・・みんな・・・」
皆を見上げるちびうさ。それに応え、頷く皆。その顔を見て。
ちびう「・・・判った。やるよ。私が行く。」
水野夢絵 <mwe@ccsf.homeunix.org>
GnuPG Key ID = ECC8A735
GnuPG Key fingerprint = 9BE6 B9E9 55A5 A499 CD51 946E 9BDC 7870 ECC8 A735