6回裏[2]
◆18:20 6回裏 プロミストアイランドの攻撃 第3打者
[これまでのお話]疲れきった肉体を引きずる様に死闘へ挑む両軍
の選手たち。容赦の無いシスプリチームの攻撃がセーラーチームを
完膚なきまでに打ち砕く。なお続くシスプリチームの猛威へ為す術
も無く立ち尽くすセーラーチーム。と、其処へ。(あ、マジだ。)
> 「だらしないのねっ みんな!」
うさぎ「誰!?」
まこと「あそこだ!」
まことが指し示す方、すなわちグランドスタンドに被る大屋根の
上を見上げるセーラーチーム。其処に浮かぶ小さなシルエット。
「とぉ!」
甲高い掛け声を上げ、大天井から飛び降りたシルエット。そのまま
くるくると回転してグラウンドへすたっと着地・・・のつもりだった
のだろうが、ちょっとばかり高さがありすぎた。目測より大分と遠い
地面に向けて勢いの付き過ぎたシルエットが、すげー勢いで突っ込む。
「きゃーーーーーーーーー!」
どがっっっっしゃーーーん!
幸い落下地点はグラウンドであり、バックネットより向こうが破壊
されはしなかった。新球場柿落とし早々で破壊してしまっては流石に
洒落にならなかったと安堵するセーラーチームは、もうもうと上がる
土煙の中に小さなシルエットを、その特徴的に巨大なシニョンを抱く
ピンクの髪を見て取った。けほけほと咳き込む人影へ、うさぎがあき
れ果てた様に言う。
うさぎ「ちょっとぉ。もーちっと大人しく来れなかったわけぇ?」
がば!と勢いをつけて起き上がった随分と小さい人影が、落下のダ
メージも見せずにうさぎへ食って掛かった。
「大人しくとは何よ! 人が折角のデートをすっぽかしてまで
来たって言うのに、いきなりその言い草は何!?」
うさぎ「だからって、何もあ〜んなに高い所から登場は無いっしょ、
ねぇ、ちびうさ?」
ちびう「判ってないわね、うさぎ! 仲間の窮地を助けるヒロイン
は、無意味に高い所から叫んで登場するものなのよ!」
ふん!と真っ平らな胸を張り、轟然と胸を張る少女。まるきり
小学校低学年にしか見えないが、これでセレニティ同様に銀水晶を
立派に操るセーラー戦士であり、次代のクィーンセレニティである
から恐れ入る。スモールレディことちびうさ、遂に此処へ降臨。
うさぎ「で? あんた一人? エリオスとルナ達は?」
ちびう「あ、エリオスは事情により欠席。」
うさぎ「何よ? その『事情により』っての。」
ちびう「んーっと、えーっと、今ちょっと起き上がれない具合で…」
うさぎ「・・・あんた、またなんかやったわね?」
ちびう「うるさいなぁ。人が自分の彼氏をどうしようと勝手でしょ」
うさぎ「あったく。私は兎も角、世の中には碌に彼氏も居ずに若い
身を持て余しているアブレ組も少なくないと言うのに。」
どすばきどがどごす(ちびうさを除く全員参加)
レイ 「悪は殲滅したわ。それで、来たのはちびうさちゃんだけ?」
ちびう「うぅん、ルナとアルテミスとダイアナも一緒だよ。」
美奈子「あれ? ここら辺には来てないみたいだけど・・・」
ちびう「それが、到着早々にアルテミスが。」
まこと「あぁ、あのオス猫ちゃん。え?逃げたのかい?」
こくっ
亜美 「何故?」
ちびう「さぁ? でも何故か、1塁側の女の子たちの顔を見るなり
血相変えて逃げ出して、そこを勘の鋭いルナが追いかけて」
はるか「・・・事後にじっくり、事情を聞きだす必要があるな。」
みちる「それまで生きていれば、だけどね。」
亜美 「ま、まぁそれは兎も角よく来てくれたわ、ちびうさちゃん」
レイ 「ほんとほんと。いま大ピンチなの。」
このままうさぎとちびうさを放っておくと纏まっていた話も壊れ
る事を熟知しているセーラー戦士達がフォローする。実年齢は兎も
角、頭の中身は小学生まんまのちびうさだから、直ぐにご機嫌。
ちびう「それで、どんな調子なの?」
せつな「見ての通りです。ノーアウト2・3塁で、迎えたバッター
は本日5割、1ヒット2打点の強打者です。」
ちびう「あー、判った判った。じゃ、あそこに居る人へボール投げ
て、アウトにしちゃえば良い訳ね?」
みちる「それは、そうなんだけど・・・大丈夫なの?」
はるか「野球にはルールがあるんだぞ。知っているのかい?」
ちびう「へーきへーき! このためにエリオス締め上げてアメリカ
大リーグの歴史を眺めてきたんだから。見ててよ、ン年前
の野茂みたいにばったばったと三振とっちゃうし、今年の
イチローみたいにファン投票1位になっちゃうから。」
美奈子「き、聞いた!?」
ほたる「ちびうさちゃん・・・なんて頼もしいの。」
かんらからからと笑うちびうさを囲み、すっかり感動モードのセー
ラーチーム。まぁ意識的にであれ無意識的にであれ、全員が「これ
で1名追加だから、一人はベンチで休める」とか考えていたに違い
ないのだが。どうやらちびうさ本人はピッチャー以外をやるつもり
は毛頭無い様であり、且つ1塁側から何時「アランさんとは、どー
してたのー?」とかの野次が入って美奈子が大暴れモードに変わる
か判らなかったため、ここでピッチャー交代と相成った。
ちびう「さぁ来い、悪のバッター!」
咲耶 「・・・お、おねがいします。」(^^;)
ヤル気満々でマウンドに仁王立ちするちびうさ。そこはかとなく
不安な面持ち(うさぎなんかもろに不審顔)で、マウンドの小さな影
を見守るセーラーチーム一同。そのなか漸く試合は再開された。
ちびう「いっくよー!」
亜美 「ちょっとちょっと! ちびうさちゃん、グラブ着けて!」
右利きの筈なのに、何故かグラブを外した左手でボールを放り投
げようとしているちびうさへ、亜美が悲鳴を上げた。本当に大リー
グを見てきたのかしら?と思い切り疑いながら。だが、そんな亜美
を委細構わず、ちびうさは左手のボールを高々と真上へ放り投げた。
何をするのか、と悲鳴を上げる亜美へちびうさが答える。
ちびう「だいじょーぶだいじょーぶ! それより亜美ちゃん、早く
構えて!」
自信たっぷりに叫ぶちびうさ。す、と右手を背中に回す。あれは、
と思い、慌てて構える亜美。バッターボックスの咲耶は流石に面食
らった顔をしている。どうやら1球目を様子見するようだ。
ちびう「さぁこのあたしの最大の魔球!打てるもんなら打ってみろ!」
亜美 「結局、魔球なのーーー!」
これまで散々「魔球」の悲哀を味わった当事者として痛切な悲鳴
を上げる亜美に矢張り一切構わず、ちびうさは背中に回した右腕を
正面に回し、右手に握る小振りのロッドを構えた。それを落下して
くるボールへ思い切り奮う。同時に叫ぶのは魔球の御約束。
ちびう「ぴーんくしゅがぁ、はーと・あたっくぅうう!」
そこは小学生だから所謂「可愛らしい系」な必殺技コールになっ
たが、勢いは本物だった。とどめはさせなかったものの数々の妖魔
とダイモーンを屠ってきたちびうさ独自の必殺技がボールへ炸裂し、
亜美が構えるグラブへまるでテニスのサーブの様に轟然と叩き込む。
どがっ ぎゅぎゅぎゅぎゅぎゅぎゅぎゅぎゅ ばしっ
爺や6「すたーいく、わん!」
主審のコールが上がる。どうやら亜美はちびうさの必殺技がまま
上乗せされたボールを受け止められたらしい。流石セーラー戦士。
一方、瞳をまん丸にして、投じられたボールのコースを追う事も忘
れていた咲耶が、一瞬後にはっと我に帰る。
咲耶 「これは、打つのは難しそうね。」
ショックを隠しきれない表情でそれでもバットを構えなおす咲耶。
まぁちびうさは明らかに道具を使って投球している訳だから厳密に
ルールを適用すれば間違いなく投球違反になるのだろうが、既に公
式ルールなぞあってなきが如しの超技術やら超現象やら珍現象やら
が飛び交っているこの試合では、誰もそんな所を突っ込みはしない。
ちびう「あーっはっはっは! さーガンガンいくよー!
ぴーんくしゅがぁ、はーと・あたっくぅうう!」
得意満面のちびうさが、再び必殺技に乗せて魔球を投じる。元々
速度は遅めの技だからボールが全く見えない事は無いのだが、下手
に手を出せば妖魔を殲滅した技がバット越しに自分へ炸裂する事は
火を見るより明らかだった。金属バットがへし折られるくらいなら
めっけものだが、生身の体では命も危ない。ピンクシュガーハート
アタックボールは、脅威の「打てるけど危ない」球だった。
どがっ ぎゅぎゅぎゅぎゅぎゅぎゅぎゅぎゅ ばしっ
爺や6「すたーいく、つー!」
再び同じコースにピンクシュガーハートアタックボールが決まる。
憎まれ口を叩いてはいたが、どうやらそれなりに練習をしてきたら
しい。そんな彼女が可愛くなるうさぎだったが、
うさぎ「エリオスが、体調不良って言ってたよね・・・?」
連絡してから此方に来るでの2時間の間に何がおきたのか、そし
てエリオスが如何なる犠牲となったのか、ちっとばかりぞっとした
うさぎは思わずちびうさに聞いてしまった。
うさぎ「ねー、ちびうさぁ?」
ちびう「あ"ぁ、何? 今忙しいんだから、後にして。」
うさぎ「直ぐ済むって。ところでエリオスの事なんだけどぉ。」
ちびう「・・・だからエリオスは体調不良だって・・・」
うさぎ「うんうん。で、
結局、彼、何球まで受けられたの?」
ちびう「・・・3球。後はクリスタルパレスの壁相手・・・」
うさぎ「アンタ、後で菓子折り持ってお見舞いに行きなさいね。
パレスの壁にあけた穴も、きちんと治すのよ。」
ちびう「・・・うん。」
勝利の為に身を捧げた彼に、心の中で手を合わせる二人であった。
黙祷、合掌、礼拝。ち〜ん。
ちびう「まぁそれは兎も角! これで終わりよっ!
ぴーんくしゅがぁ、はーと・あたっくぅうう!」
星となって見守る彼の魂に報いんが為の様に、
ちびう「死んでないって。アタック3発で伸びちゃったんだって。」
・・・地の文に突っ込むのはやめて欲しいのだが、まぁそれはと
もかく。瀕死の重傷を負ったエリオスが苦しい息の下から願う勝利
を齎さんと、ちびうさは3発目のピンクシュガーハートアタックボー
ル・・・えぇい書き難い、以降はPSHAと略称。ともかく必殺魔
球をバッターボックスの咲耶へ投じた。・・・だが。
亜美 「あっ! 駄目ぇ!」
既に亜美は気付いていた。あまりに妄想癖が濃く且つ優柔不断を
絵に書いた様な軟弱者を彼氏にするしかなかった東大1浪生の彼女
が、咲耶に憑依していた事を。無理もない、まるきり小学生の様な
マウンドの彼女が、列記とした美形の彼氏を使い捨てにしたと聞い
ては、彼女が大人しく咲耶の中で眠っている筈も無かった。
亜美 「彼女を憑依させるなら、あっちの監督が周囲の妹さん達へ
セクハラしまくるしかないと安心していたのに!」
後悔しても、もう遅い。最終回間際、そしてXmasスペシャルでも
彼女が嫉妬心からパワー全開になる事は判った筈なのだが。
亜美 「アニメなんて、それも深夜枠なんて見ないもの・・・。」
レイちゃんがキャッチャーだったら良かったのにね(^^;)。と言う
訳で、栗色のストレートヘアを逆立て、まなじり吊り上げ、豊かな
バストを思い切り振って、女子東大生憑依済みの咲耶が
咲耶 「けーたろーの、ばかーーーーーーーーー!」
かきーん!
バットを振り、凄まじい打球を投手の脇へ転がした。流石にスト
レートに投手を直撃させるのは、相手の体格を考えて遠慮した様だ。
だが返ってこれが功を奏し、
鈴凛 「また抜けたっ!」
花穂 「走れ走れ走れ走れ走れーーーっ!」
セカンドのみちるが放つディープサブマージの波濤を突き破り、
ショートのレイが張り巡らせたバーニングマンダラーの輪を貫通し
て、せつながデッドスクリームを正面から浴びせ掛け、咲耶の打球
は漸くせつなの前、センター前で止まった。センター前ヒット。
当然、咲耶は既に1塁を駆け抜けている。・・・だが。
亜美 「バックホーム!」
ホームを守る亜美が叫んだ。どうやら咲耶の憑依はシスプリチー
ムにとっても意外だったらしく、あまりリードを取っていなかった
雛子のホームインが遅れている。瞬時にこれを見て取ったせつなが。
せつな「デッド・スクリーム・・・」
自分の前に転がるボールへ、せつなは再び必殺技を投じた。無限
州の一つや二つは軽く沈められる勢いの空間激縮波がボールを襲い、
その衝撃がそのままホームへの返球となって働く。打球の勢いと負
けず劣らずの速度で一直線にホームへ向かうボール。しかし背後に
千影を背負う雛子の歩みは、まだホームまで遥か。間に合う。こう
確信し、微笑むせつなと、ボールを待つ亜美・・・だったが。
雛子 「あ〜ん、お姉ちゃん間に合わないよぉ! 喜媚、アウトに
なっちゃうよぉ! そんなの嫌々だよぉ!」
千影 「仕方ないねぇ、この妹は。じゃー、この妲己ちゅわゎんに
まっかせなさい! ほぉら、いっくよー!」
深夜枠のアニメを見ていないくらいなのだから、当然土曜日早朝
のアニメなんかを見ている筈も無い。そう言えば、こんなキャラで
二人が揃って出演している作品もあったんだ、と走馬灯の様に亜美
が思い返す、そんな間もなく。
ずん!
いきなり内野陣のフィールドが沈む。内野のセーラー戦士各員か
ら半径1mづつはそのままだが、それ以外のフィールドがいきなり
地盤沈下した。しかもみしみしと言いながら土が固まってゆき、
転がっていた小石がぴしりと割れて粉になる。
ちびう「な・・・なに?」
まこと「地面が・・・沈んでゆく・・・固まっていく!」
みちる「みんな駄目! 動かないで!」
みちるが鋭く叫び、自分の被っていた帽子をひょいと固まってゆ
く地面に放り投げた。
べしゃっ!
ふわり、と落ちる筈の軽い布製の野球帽が、まるで鎖帷子の様な
音を立てて地面に落下した。そのままアイロンをかけた様にぺちゃ
んこになる。
レイ 「こ、これって!?」
亜美 「重力を操作しているの!?」
まこと「冗談じゃない! 百、いや千Gはあるぞ!」
悲鳴を上げるセーラーチーム。当然、自分を守るフィールドこそ
が自分を其処へ縛り付ける檻だと判っているから動けない。不用意
に無謀な動きをしなかったからこそ助かった訳で、この辺の一瞬の
判断が出来るのは流石に歴戦の勇士。だが、しかし。
亜美 「ボールは何処!?」
ちびう「ここぉ!」
マウンドに一人残されたちびうさが、自分の脇を示して叫ぶ。見
ればそこに、ちびうさを守るテリトリーからほんの10cmばかり離れ
たところにボールはあった。見る見るうちに、1000Gもの重力
で突き固められた土の中に沈んでゆく。拾おうと手を出そうものな
らプレス機に掛けられるようになる事は一目で判った。
ちょん、ちょん
呆然とホームベース前でその光景を見ていた亜美が突然、低い位
置から突付かれた。思わず振り返る。と、其処には
雛子 「おねーちゃん、そこ、どいてほしーなー、なんて?
・・・退かないと、燃やしちゃうよ・・・?」
千影 「大っ人しく、ゆーこと聞ーたほーが、身の為だったりなん
してよー? その若さで、封神されたくは無いでしょー?」
5000年前の昔、殷王朝を滅ぼした稀代の悪女姉妹が、其処で
笑っていた。打神鞭も無く聞仲閣下も居ない此処で、彼女らに逆ら
う事はそのまま死を意味する。が、それを知らないちびうさが叫ぶ。
ちびう「守備妨害だぁ! こんな重力魔術なんて反則よっ!」
千影 「あーっら、このおちびちゃんったら、こぉの妲己ちゃんに
逆らうのかしらー?」
ちびう「ルール違反だって言ってるの! 反則反則反則ぅ!」
千影 「なぁに言ってるのかしら? 私がこれをやったって、証拠
でもあるのぉ?」
ちびう「う・・・」
千影 「この妲己ちゃんが、そんな恐ろしい事を言ったぁ?何時?
何処で?喜媚ちゃん、聞ーたぁ?」
雛子 「うぅん、お姉ちゃん。ちっとも知らなかったよ?」
軽い口調で言っているが、この稀代の悪女に憑依している千影の
瞳を間近で見る事になった亜美は、文字通り震え上がった。間違い
なくこの人物は、国一つを自分の気まぐれで滅ぼし屍山血河を築い
た人物だ。アニメは見ずとも原作は読んであった亜美はそれを理解
し、大人しくホームを空けた。
雛子 「おねーちゃん、ありがとー」
千影 「・・・すまないな。だが、手段は選ばん・・・」
何時の間にか憑依を解いたらしい雛子と千影がホームを踏む。同
時に千倍重力地獄の魔術も解け、その場にへたり込むセーラーチー
ム。主審のコールが、高らかにシスプリチーム2得点を告げる。
なおこの直後に「あんまりアブナい人物への憑依は止めて下さい」
と言う、セーラーチームからの正式抗議が通った・・・。
■6回裏0アウト|1|2|3|4|5|6|7|8|9|− ■
■Sailors|0|0|1|1|0|0| | | |2 ■
■Sisters|2|0|1|0|0|2| | | |5 ■
■1塁 NEXT:春歌・鞠絵・四葉 ◆ マウンドちびうさ■
可憐 「お帰りなさい」
花穂 「やったね!雛子ちゃん千影ちゃん!」
四葉 「さぁさぁ、生還2得点の名選手をチェキよぉ!」
亞里亞「ひ〜な〜こ〜ちゃ〜ん〜、す〜ご〜い〜の〜。」
姉たち妹たちが歓声をあげる中、照れくさそうに、誇らしげにベ
ンチへ入ってきた雛子と千影。年齢の近い亞里亞の賞賛に、素直に
微笑を浮かべる雛子。それを横目で見ながら、満足そうに此方も微
笑み額の汗を拭うべく目深に被りがちの野球帽を脱いだ千影。と、
其処へついと横からスポーツタオルが差し出された。ふと見ると、
春歌がタオルを掲げて微笑んでいた。
春歌 「どうぞお使いください、千影ちゃん。」
千影 「あ、ありがとう・・・すまんな、何から何まで。」
春歌 「いぃえ。でも、とっさの事で驚きましたわ。」
千影 「重ね重ねすまん・・・流石に私も、こんなタイミングで使
う事になろうとは考えていなかった。」
鈴凛 「本当ねー。ちょっと、焦ったかな?」
は、として振り返る千影と春歌。其処には千影のホームインまで
3塁コーチを務めていた鈴凛がベンチに帰ってきていた。
春歌 「でも、流石に鈴凛ちゃんのシステムですわ。」
千影 「真実だな。何の実践テストも無くいきなり起動して、こう
も上手く作動するとは私も考えていなかった。」
鈴凛 「あー、それって私のメカちゃん達を信じてないって事?」
春歌 「そそそんな!滅相も無い。」
千影 「い、いや!そんな事は無い、そんな事は無いぞ。」
慌てて否定する同年代の姉たちへ、ふ、と相好を崩す鈴凛。
鈴凛 「うっそ。わーかってるって。それに一番焦ったのは何より
私だったかも。千影ちゃんがいきなり、使う!て言いなが
ら3塁を駆け抜けた時は、結構吃驚したぞ?」
春歌 「でも、完璧に作動しましたわ。これで、」
千影 「あぁ。これでもう、何の躊躇いも無く妹たちへ提供できる。」
うん、と頷く3人。躍り上がって喜んでいる可憐・白雪・花穂・衛
たちの様子を優しげに見守りながら、ぽつり、と言う。
鈴凛 「何とか間に合ったかな? 『ネタコン』・・・」
春歌 「正式名称『憑依因子転換機』。略してネタコンバーター、ね。」
千影 「相手の了解があれば、他人の持ちネタを自分で使える。
今回は3塁コーチの鈴凛を通してベンチの春歌に連絡して
貰い、其処で緊急起動させたんだが、実に上手く行った。」
春歌 「可憐ちゃんたちが1回裏で、自分の持ちネタが少ないのを
悲しんでいたのを見た鈴凛ちゃんが、それから造り始めた
のですね。・・・本当、よく間に合わせてくれましたわ。」
鈴凛 「うぅん、ボクだけの力じゃないよ。千影ちゃんも憑依原理
の解明に、愛用の水晶球を提供してくれたし。」
千影 「そうか。あの『アステカの水晶髑髏』は役に立ったか。」
鈴凛 「もち! それに、いきなり可憐ちゃんや花穂ちゃんに使っ
てもらうのは危ないし気が引けたから、同じ学年の二人に
頼んだんだけど・・・ありがとう、ごめんなさいね。」
春歌 「いえ。こんな事で御役に立てるなら、この春歌、本望です。」
千影 「全くだ。何も遠慮する事は無いぞ、鈴凛。普段から世話に
なっているのは此方の方なのだからな。」
また顔を見合わせ、ふふふと笑い会う3人。憑依ネタを持たない
者たちが苦しむ一方でまた、彼女たちを見るに見かねて悩んでいた
姉たちが、漸く満足して微笑めた一瞬だった・・・。
水野夢絵 <mwe@ccsf.homeunix.org>
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