◆16:30 6回表 十番高校の攻撃

 さて和やかなお茶会も終わり再々々度プロミストアイランド球場
に集った面々。どうやら皆にとって適度なリフレッシュになったら
しく、さっぱりした顔で守備に着くシスプリチーム。対してセーラー
チームは打者2順して1番バッターから。ある意味攻撃のチャンス
なのだが・・・

美奈子「御願いします・・・」
爺や5「プレイ!」

 心なしか沈んだ様子で、バッターボックスに入る美奈子。無理も
ない、あの亜美をして例の「囁き戦術@千影」が解明できていない
のだから。唯一それでもヒットを飛ばしたうさぎから根掘り葉掘り
聞き出そうとしたセーラーチームだったが、

うさぎ「え?何を言われたか?えっへっへー、やだなぁー、そんな、
    うふふふ、話せないって、やーよぉ、ねーまもちゃん?」

 頬赤らめさせくねくねと身を捩るうさぎを見ては、それ以上何か
を聞き出そうとする者なぞ居る筈もなかった。代償にパンチの襲来。

美奈子「でも、私にはやましい事なんかないから!」

 無理矢理に自分を奮い立たせ、正面で投球に入る千影を見据える
美奈子。亜美とほたるの言うとおりなら、ボールがピッチャーの手
を離れバッターがボールに集中した瞬間に「声」は届く筈だ。なら
ばそれまではボールに集中していられる。無心でボールを待つ。と、
その時だった。正面の千影からの声だけに用心していた美奈子の背
後から、突然可愛らしい声が囁かれた。

四葉 「そう言えば、アランさんって素敵な方デスね。」

 ぴく。

 ひゅっ   すぱん。

爺や5「すたーいく、わん!」

 みすみす打ち頃の絶好球を見逃した美奈子に3塁側ベンチから声
が掛かる。が、美奈子の耳には何も届かなかった。呆然とした打席
に突っ立ちボールを見送った美奈子は、ぎぎぎ、と音がしそうな具
合に首を後ろに向けると、バットを担いだままキャッチャーの四葉
に振り返った。

美奈子「四葉ちゃん・・・どうして・・・」

 ひょい、とボールを千影に返しながら美奈子に微笑む四葉。屈託
なく微笑みながら、四葉が美奈子に言う。

四葉 「セーラー戦士の皆さん、ヨーロッパでも有名人デス。それに
    所詮、ドーバー海峡なんてタレントが泳いで渡れるくらいの
    狭さデスから。フランスへなんて一跨ぎデス。」
美奈子「でも!?」

 ひゅっ   すぱん。

爺や5「すたーいく、つー!」

 何時の間にか第2球が投球されていたらしい。これまた絶好球だ
ったらしく、遠慮のない罵声が3塁側ベンチから飛ぶ。打席に入っ
てタイムをかけていなかった以上、此方が責める筋合いではない。
いけないいけないと頭を振り、美奈子は千影へ向かった。第3球の
モーションが始まる。無駄球は絶対に投げないシスプリチームだか
ら、次も絶好球が来るに違いない。此処で打たなかったら3塁側ベ
ンチから飛ぶのは罵声だけじゃすまない。と、其処へ。

四葉 「でも一緒に居た女性って、アメリカの方みたいでしたけど。」

 ひゅっ   すぱん。

爺や5「すたーいく、すりー! ばったー、あうっ!」

 見事3球ともに絶好球を見逃し三振。しかしそんな事には委細構
わず、主審の宣言がされたのも一切意識せず、美奈子は四葉に掴み
かかっていた。瞳をまん丸にして驚く四葉。そりゃそーだ。

四葉 「きゃっ! 美奈子さん、何ヲ?」
美奈子「それ本当!? 四葉ちゃん、アランが、アランが!?」
四葉 「本当も何も『今度は君の故郷のアメリカに御挨拶しなきゃ』
    とか何とか言って相手の腰へ手を回して微笑んでたッテ…」
美奈子「それどっから聞いたの!? 何時!?」

 もごもごと説明し始める四葉だったが、美奈子がそれを聞く事は
なかった。3塁側ベンチからすっ飛んできたセーラーチームがよっ
てたかって美奈子を羽交い絞めにし、自陣へ連れ帰ったからだ。
まぁ傍目から見たら、勝手に見送り三振した美奈子がいきなり四葉
に掴みかかって迫っている様にしか見えないのだから、美奈子がこ
んな扱いを受けるのも無理はないのだが、当の本人からしてみれば
無理からぬところ、と言うか既に野球どころではない。

美奈子「はーなーせー! アランが、アランが、そんな人だったな
    んて! そんなんなら私だって、私だってーーーーー!」

 すっかり錯乱状態の美奈子をまこととレイとはるかとせつなが雁
字搦めにしてベンチ裏に放り込み、かついきなり美奈子から挑みか
かられた格好になった四葉にみちるとほたるがぺこぺこ謝り倒して、
漸く落ち着いた美奈子へ皆が何を言われたのかサァ聞こうとした所
でうさぎが「美奈子ちゃんも恥ずかしいこと言われたの?」とか突
っ込みまた美奈子が大暴れして3塁ベンチを半壊させた所へほたる
が「沈黙の鎌」でドツいて文字通り「沈黙」させ、そんなこんなで
すったもんだのセーラーチームが第2打者を漸く送り出せたのは、
6回表が始まってから10分も経過してからだった。

レイ 「ったくもう! 余分な時間ばっか掛かっちゃって肝心の
    試合が全然進まないじゃないのよ! 折角雄一郎に集って
    きた軍資金が、これじゃ何にもならないわ。」

 ぷんすか怒りながら打席に立つ。あの2回裏に盛り上がった決意
は何処に行ったんだと思うものの、此処数回目立たない監督の威光
からして無理も無い。当然冷静さの欠片も無いが、

はるか「逆にこれが功を奏すればいいんだが・・・」
みちる「なぁに? つまり頭に血が上って囁き戦術が効かない様に、
    って事でも目論んだわけ?」
せつな「そんな。幾ら何でも、列記とした神職が。」
うさぎ「いやいやいや、そこはレイちゃんだから。」
みちる「・・・まぢ?」

 力いっぱい頷く無印以来からの出演組。そんな具合で妙な期待を
背負っちゃったレイちゃんだったが、

レイ 「さぁ来い! 今度こそ汚名挽回だぁ!」

 ひゅっ

千影 「・・・・・名誉挽回、ではないかな?」
レイ 「う、うるさいわね!」

       すぱむ!

レイ           「汚名返上名誉挽回の略語よ!」

爺や5「すたーいく、わん!」

   「だぁあああああ!」 どんがらがっしゃん

はるか「僕のミスだ…。頭に血が上ったマーズに、常識は通じない。」
みちる「(ぼそぼそっ)それを言うなら、内惑星系の全員が。」
うさぎ「(ぼそぼそっ)人の事が言えんのかしらねー?」
みちる「・・・なんですって?」
うさぎ「いーえー、べっつにー?」
みちる「言いたい事があるなら、はっきり言ってくれないかしら?
    胸が小さいと声まで小さいのかしらね?」
うさぎ「脳に回る栄養が胸に回っちゃった人よりは、ねー?」
ほたる「あぁあああ、うさぎさん、みちるママ、どうかこんな所で
    ギャラクシア戦の最終決戦の再現は止めて。」

 矢鱈と不穏な空気が漂い始めた3塁側ベンチを尻目に、千影は順
調に「ガクチューがハイヒールなんか履くから恋人の前で転ぶのよ」
とか「好きな人の前でドジッてフラレて親友に恋人取られて、自分
は手近のムサイ男で手を打つしかなかったなんて可哀想ー」とかの
無印セーラームーンを見ていないと判らない様なマニアックの囁き
戦術により順調にカウントを重ね、そして。

爺や5「すたーいく、すりー! ばったー、あうっ!」

 無事にこの回、2アウトまで持ち込んでいた。

レイ 「バットを振るシーンすらなかったなんて・・・」(;_;)

 泣いて後悔しても、もう遅い。折角のピンな出番を敵の挑発でむ
ざむざ無駄にしたレイがさめざめと泣きながらベンチに戻る。と言
う訳で迎えた3番打者。得点の半分を叩き出しているセーラーチー
ム切ってのスラッガー、まこと。

四葉 「ピッチャー、一時交替します。」

 約束通り登場するメカ鈴凛。千影は一時ベンチへ。尤もまことは
既に1度打ち崩してあるだけに自信満々。しかし対して3塁側ベン
チで見守る鈴凛も、どうやらこの短時間にそれなりの改造を加えた
らしく、こちらも不敵な笑みを浮かべている。そして3度まきおこ
る、豪速と轟音が織り成す金属音と破壊音の応酬。しかし「球を相
手に当てる事を絶対に嫌う」まことの打席だから守備位置に打球が
飛んでくる事は無い、と考えている妹達は実にのんびりしたもの。
まぁ要は「確実にホームランだろう」と思っているだけなのだが。

 びゅ! ぎん! ぐわらっしゃーーーーん! がらがらがら…

白雪 「あーらら。1塁側アルプススタンドが無くなってしまいま
    したの。」

 びゅ! ぎん! ぐわらっしゃーーーーん! がらがらがら…

咲耶 「3塁側もよ。内野席も半分がとこ瓦礫になったわね。」

 びゅ! ぎん! ぐわらっしゃーーーーん! がらがらがら…

雛子 「あややー、ひなたちのベンチの横の記者席、崩れちゃった。」

 びゅ! ぎん! ぐわらっしゃーーーーん! がらがらがら…

鞠絵 「3塁側の内野席、これで全部なくなっちゃいましたね…」

 びゅ! ぎん! ぐわらっしゃーーーーん! がらがらがら…

衛  「おーやまぁ。バックネットが大天井ごと吹き飛ばされち
    まったぜ。センターからの見晴らしが良くなったなぁ。」

 びゅ! ぎん! ぐわらっしゃーーーーん! がらがらがら…
 びゅ! ぎん! ぐわらっしゃーーーーん! がらがらがら…
 びゅ! ぎん! ぐわらっしゃーーーーん! がらがらがら…
 びゅ! ぎん! ぐわらっしゃーーーーん! がらがらがら…
 びゅ! ぎん! ぐわらっしゃーーーーん! がらがらがら…
 びゅ! ぎん! ぐわらっしゃーーーーん! がらがらがら…
 びゅ! ぎん! ぐわらっしゃーーーーん! がらがらがら…
 びゅ! ぎん! ぐわらっしゃーーーーん! がらがらがら…
 びゅ! ぎん! ぐわらっしゃーーーーん! がらがらがら…
 びゅ! ぎん! ぐわらっしゃーーーーん! がらがらがら…

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 以降もガンガン繰り返される超弩級破壊力を持つファールの応酬。
どんどん見晴らしが良くなってゆく周囲に気付いたまことは流石に
「これはマズイ」と判断し、ヒット狙いに切り替えることにした。
すすす、とバットを短く構え、次の投球を待つ。既にメカ鈴凛の投
球数はこの回だけで百球を越えている筈だが、全く疲れを見せよう
としていない。ま、メカなら当たり前のことだ。尤もこれに付き合
わされる両軍の選手はたまったものではなく、守備の妹たちは守備
位置にぺたりと座り込んでしまっているし、3塁側ベンチも何時艦
砲が叩き込まれるか判らないので緊張のあまり肩で息をしている。

まこと「次で、決める!」

 ぐい、とマスコットバット(全鋳鉄製)をコンパクトに構えなおす
まこと。ミリ単位の正確さでワインドアップを決めるメカ鈴凛。何
か雰囲気が違うと判り、立ち上がって守備姿勢を取る妹達。すっか
り瓦礫に変わり見晴らしの良くなった球場を、夕日が赤く染める。

 びゅ! ぎん!

うさぎ「やたっ! 前に飛んだ!」
はるか「でも、浅い・・・」

 今度のまことは真正直にメカ鈴凛の砲撃を跳ね返さず、かなりの
衝撃を吸収して転がすに留めた。相当勢いを殺したものの、それで
も急襲ライナーくらいの勢いで打球がシスプリチーム内野陣に迫る。
向かった先は、

白雪 「鞠絵ちゃん!」

 よりによって登場早々の病弱眼鏡っ娘。猛然と自分に襲い掛かる
剛球から逃れられず、その場に立ち尽くしている。

まこと「ゴメンよっ、でも狙って転がすような余裕は無かったんだ。」

 彼女なら必ず後逸する。そう確信して1塁にダッシュするまこと。
他の妹たちも、確実に打球の餌食になるだろう鞠絵の悲惨な姿が脳
裏に浮かび、思わず目を瞑る。そんな中、猛然と鞠絵に打球が迫る。
彼女が打ち倒されるまで、後3秒、2秒・・・





 ばっ! ばりばりばり、ばさばさばさ・・・





 と、鞠絵を中心に誰もが目を見張る光景が広がった。なんとグラ
ブを投げ捨てた鞠絵が、何処からとも無く貧相な文庫本を取り出し、
その頁を束で引き千切る。それを眼前に構え、扇のように広げる。
何遍かスナップを効かせると、たかが文庫大の紙が鞠絵を覆う様に
広がってゆき、遂に迫るボールと鞠絵の間に巨大なクッションを形
作った。たかが文庫が。その紙が。あまりの光景に呆然とし、1塁
を踏む事も忘れて佇むまこと。勿論、妹たちもセーラー戦士も同様。





 ぼぅん! ばす、ばらばらばら・・・・・ぴいん!





 確かに紙で作られている筈の巨大なクッションに、大きく勢いは
殺されているもののそれでもマイク・タイソン級は確実な破壊力の
打球が衝突した。巨大なエアバッグが破裂したような音を立て、再
び文庫の紙に戻って内野を舞う頁。・・・だったが。

まこと「なに!?」

 紙ふぶきの中から、確かにこれも紙製の1本のレールが、鞠絵の
前から白雪の前に連なって出現した。あれだけの巨大なクッション
でも殺しきれなかったまことの打球の勢いが、そのまま1塁白雪へ
のトスとして送られる。は、としてグラブを構える白雪。そして。

 ばすっ

塁爺や「アウト!」

 白雪のグラブへボールが収まったのを確認したかのように、一直
線に伸びていたレールが再び文庫の頁の塊に変わり、ばらばらと舞
い散る。たかが文庫の頁が。たかが古びた印刷物が。紙が。この力。
本を愛し、本に愛された者だけが使える力。噂には聞いた事がある。
だが、こうして当の能力者が見られるとは!





まこと「ザ! ペェェェェエエエ!!パァァァアアアアアア!!!」





 自分がアウトになったのも忘れ、歓喜の声でまことが叫ぶ。他の
妹たちも、セーラー戦士達も目を見張っている。そのなかで一人、
鞠絵だけはぺたりと座り込み、荒い息をつきながら微笑んでいる。
はた、と我に帰り破ってしまった文庫に目を落とし、鞠絵は悲鳴を
上げた。どうやら自分の仕出かした事に漸く気付いた様だ。





鞠絵 「ああぁ! 昭和42年度版、くるむへとろじゃんの『へろ』
    がぁ! これ、もう版元が消えてるのにぃ!」





 「THE PAPER」。その能力を公式に認められ世に出てい
るのは、大英図書館特殊工作部に勤める、日系の非常勤講師のみ。
しかし本を愛し、本だけを愛し、その究極の代償として本に愛され
る様になった人物は決して世に語られるほど少なくも無かった。た
だそう言った者は確実に本に埋もれているか本の世界から出られな
いため、滅多に世間から発見される事は無かった。そして、本だけ
を友として長い間ベッドの上だけで暮らしてきた彼女もまた、本に
愛された者だった。

鞠絵 「ひぃーん、ひぃいいいいん。3年も神保町に通って漸く
    ゲットした『へろ』がぁ。あぁあああ、また探さなきゃ。」

 泣き伏す鞠絵を苦笑しながら慰める妹達。「良いものを見せて貰
った」と、此方も満足そうなまこと。ゆったりと自分たちのベンチ
に帰る彼女らを、内野陣に舞う「くるむへとろじゃんの『へろ』」
の頁群が、夕陽に赤く染まって見送っていた・・・。

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