◆13:30 3回裏 プロミストアイランドの攻撃 第2打者

[これまでのお話]気合の上がらない両軍の中、ひとり気を吐き続
ける魔球投手はるか。彼女の繰り出す「スパークボール」に身も心
もズタズタにされた球友の衛の仇を討つべく打席に立った可憐。思
いも寄らぬ奇策に打って出た彼女に戸惑いを隠しきれないはるかだ
ったが、それも後1球に迫る。果たして可憐は、草葉の陰から見守
る衛のために強大な敵へ一矢報いる事が出来るや如何に!

> はるか「これで終わりだ、お嬢ちゃん!」

 はるかの投げるスパークボールが迫る。同時に、みちるの耳に可
憐が歌う歌が聞こえた。それを聞き、みちるは可憐の真意を知った。

可憐 「♪おーっげんーっき、でーっすかーっ、さーむくー、なぁー」
みちる「いけない!この娘、まさか!」

 ふと見上げれば、可憐が目を瞑ったまま迫り来る「代表役って、
まだこれだけ?」の文字列に全く動揺する事無く、バットを構えて
いた。バットの先端が、彼女が歌う歌のリズムに合わせ、揺れてい
る。十分に打つ気であり、しかもタイミングを計っている。

はるか「タイミング・・・そうか!しまった!」

 きん!

 目を瞑ったまま、可憐が鋭くバットを振るった。瞬間、鋭い金属
音が上がる。僅かに振り遅れたものの、それでも勢いを増した打球
が、昼飯後で必然的に気が抜けてしまっていたファーストとセカン
ドの間を鋭く抜けた。

みちる「あの娘、最初からタイミングだけでボールを打つ気だった
    のね!」

 それは可憐の作戦だった。泣きじゃくりながら戻ってきた衛から
脅威の魔球の話を聞いた可憐は、弱い自分の心では絶対に「見ては」
打てない事が判った。ならば見なければ良いだけの話。分身前のボ
ールの軌道からストライクゾーンを通るコースは判る。しかしタイ
ミングが取れない。一種独特の変化球であるスパークボールがスト
ライクゾーンを通る一瞬は未知数だった。それを、天才的な音感と
リズム感を持つ可憐は「みちるのミットに納まる音の大きさと強さ」
から掴もうとした。しかし、タイミングを合わせるリズムの基調が
要る。これへ姉妹から普段聞いていた持ち歌を駆使し、可憐は見事
にスパークボールのタイミングを読み取ったのだった。

可憐 「秘打!『Dear Mama』!」

 ぱちっ、と目を開いた可憐がバットを投げ捨て、ファーストへ
走る。が、ボールの勢いはそれほどでもなかった。これならアウト
だ、と誰もが思った。だが、飛んだ方向が悪かった。

レイ 「あっ! まずっ!」
亜美 「きゃあ! ごめんなさい、まこちゃん!」

 てんてんと転がるボール。行く先には、ライトまことの姿があっ
た。だが、しかし。凍りついた様に、自分の手元に転がってくるボ
ールを見つめるだけのまこと。・・・投げられない。取れない。

うさぎ「まこちゃん!」
美奈子「そんな、まだ悔やんで!?」

 先の与死球のダメージは深刻だった。セーラーチームのみならず
シスプリチームも、お茶会とランチを通じてまことへとても気遣っ
たのだが、その合法磊落な外面とは裏腹な、まことの繊細な心は深
く傷を負っていた。それが彼女を凍りつかせている。

可憐 「いけない! そんなつもりじゃ!」

 可憐にしても、そんなまことを狙う積もりは毛頭無かった。ただ
単に振り遅れただけで、普通なら4−1で処理されてしまうほどの
打球だ。だが、様々な条件が、ボールをまことの元へ転がしてしま
った。1塁に向かう線上で、可憐は立ち止まってしまった。

まこと「・・・・・・・・・・」
可憐 「・・・・・・・・・・」

 凍りついた二人の選手。勿論、両軍の選手も動けない。ここでま
ことの代わりにボールを拾い投げる事は簡単な事だ。だが、それで
は何時までもまことはボールに触れない。たまらずまことの傍へ駆
け寄ろうとした亜美と美奈子だったが、はるかがそれを止める。

美奈子「はるかさん!」
亜美 「御願いします! まこちゃんの傍に行かせて下さい!」
はるか「駄目だ。」
美奈子「そんな!」
亜美 「そうです!これじゃ、まこちゃんが可哀想です!」
はるか「ならば君たちは、いつまでもボールに触れない彼女を見て、
    何時までも哀れみ続けるつもりか?」

 はるかの冷たく、しかし冷静に事態を見据えた台詞に動けなくな
る亜美と美奈子。可憐も自分の仕出かした事におろおろとし、1塁
へ向かう途上から動けないまま。そのまま時間だけが過ぎ去ってゆ
こうと思われた、その時だった。

四葉 「まことさん! 投げるデス!」

 鋭い声が上がった。1塁側ベンチから。はっとして、目の前に転
がるボールから視線を上げるまこと。見れば、こちらへ心配そうな
顔をして見ているレイ。1塁線上で立ち止まったままの可憐。そし
てその向うの、1塁側ベンチの前に。

四葉 「ワタシに向かって、投げるデス! さぁ!」

 ミットを掲げた、四葉が居た。

まこと「四葉・・・ちゃん・・・」
四葉 「さぁ!四葉に向かッテ、投げるデス!一直線に!」

 できない!そんな事は。頭を振るまこと。が、四葉は懸命にミッ
トを掲げ続けた。その姿はまことに、本来の彼女を思い出させた。



 友の想いを、裏切る事は出来ない。



 ぶるぶると震える手を押さえつけるように、ボールを触るまこと。
まるで砲丸投げの球のように、軽い硬球を持ち上げる。いや本来の
まことの力なら砲丸投げの球でさえゴルフボール並みに扱う。その
彼女をして、この硬球ただ1球は押さえ込む。そんなプレッシャー
に打ち勝つべく、歯を食いしばりながらまことは硬球を持ち上げた。

亜美 「まこちゃん!」
美奈子「そう、そうよ! 投げて、まこちゃん!」

 友の声が聞こえる。熱い視線を感じる。それが、自分の力になる。
そう、自分は何時だって、一人じゃない。

まこと「いやあーーーーーーー!」

 ともすればプレッシャーに負けそうになる自分を鼓舞するかの様
に雄叫びを上げながら、まことは、そのまま腕を振るった。視界の
隅に、ベースへ入るレイ、慌てて1塁ベースへ足を運ぶ可憐、そし
てミットを掲げ続けてくれている友の姿が見える。言う事を聞かな
い自分の腕を無理矢理動かし、へばりついて離れない硬球からむリ
やり指を引き剥がしながら、ほんの数百グラムの硬球を、まことは
渾身の力で投げた。





 ぱすっ





 まことが渾身の力をこめて投げた硬球は、ふらふらとやまなりの
放物線を描き、ファーストでグラブを構えるレイの所へ、数秒掛け
て漸く到着した。軽い、軽い、まことの力には相応しくないほどの
軽い音をたて、グラブに収まるボール。

 だがそれは、間違いなく、まことが投げた球だった。

爺や 「セーフ!」

 1塁審判の爺やが、当の昔に1塁へ駆け込んでいた可憐の脚が累
上にあるのを確認しながら、宣言した。だがそんな宣言は、直後に
湧き上がったグラウンド中の大歓声にかき消されてしまった。

美奈子「やったやったやったー!まこちゃんが投げた!」
亜美 「まこちゃん、復活よ! 良かった、本当に良かった!」

 口々にまことを讃える歓声が上がる。それはセーラーチームのみ
ならず、1塁側ベンチからも聞こえてくる。まだ僅かに震える自分
の手を見ながら、まことは其処に残る硬球の感触を確かめていた。
そう、まだ自分はやれる。諦めたわけではない、自分は。

 そんなまことの傍に、人影が立った。つい、と視線を上げるまこ
と。いや、上げすぎた。まことの胸の高さ程度の所に、彼女は居た。

四葉 「やれマシタね、まことサン。見事なThrowでした。」

 そう言いながら、にこ、と笑う少女。まことはもう、何も言えな
かった。溢れる涙で、四葉の姿が霞む。その姿を確かめる様に。

 がばっ

四葉 「キャ! 何をするデスか、まことさん!苦しいです!」
まこと「ありがとう・・・有難う、四葉ちゃん…ありがとう…」

 四葉を抱きしめたまま、まことはほろほろと涙を流し続けている。
再びまことの涙に濡らされる四葉。

 四葉はそのまままことに抱かれながら、まことが自分を濡らすの
に身を任せていた・・・。

■3回裏1アウト|1|2|3|4|5|6|7|8|9|− ■
■Sailors|0|0|1| | | | | | |1 ■
■Sisters|2|0| | | | | | | |2 ■
■1塁:可憐 NEXT:千影・咲耶・春歌 ◆ マウンド はるか■