3回表[2]
◆11:25 3回表 十番高校の攻撃 0アウト 先頭打者
[これまでのお話] 屈辱に塗れたセーラーチームの汚名を返上
すべく立ち上がったのは、我らが女水神こと亜美ちゃん。卑劣なる
妖術を駆使する敵シスプリ投手が投じる魔の「超遅球」に翻弄され
彼女だったが、遂に最終奥義を発動させる。これにより「見えない
糸」を見破った亜美女神は、そこへ果敢にして聖なる攻撃こと「大
根切り」を食らわせるべく、御手のエクスカリバーこと金属バット
を渾身の力をこめ振るう! だがその時の彼女に許されたのは、そ
の最後の一激のみだった。果たして亜美は、敵投手の姦計を見事に
打ち破る事が出来るか!?
眞深 「そりゃ2ストライク0ボールじゃねぇ。」(^^;)
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> うさぎ「亜美ちゃん!ヤケになっちゃ駄目よー!」
約1名ピントの外れた悲鳴を上げているのも耳に入らず、亜美は
構えた金属バットを思い切り自分の前を横断して伸びる糸へ振り下
ろした。こんな細い糸、簡単に切れると思って。いや、思い込んで。
きん!
次の瞬間、鋭い金属音がバッターボックスから聞こえ、
からん、からん、からからから・・・
そして、何か金属のパイプが、硬い地面を転がる音がした。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ぽす。
最後に、極極小さく、超遅球が四葉のミットへ収まる音がした。
爺や 「すたーいく、すりー! ばったー、あうっ!」
主審の爺やの宣言が、静まり返った球場に響いた。
が、その何れの音も、亜美の耳には聞こえていなかった。彼女は
バットをホームベースへ振り下ろした姿勢のまま、驚きに目を見開
き、固まっていた。その視線の先には、
環状の、ぴかぴかに光る鋭利な切断面を見せている、金属バット
の下半分を握り締める自分の手があった。勿論片割れの上半分は、
矢張り環状のぴかぴかの切断面を見せ自分の足元に転がっていた。
亜美 「な・・・なに・・・これ・・・まさか!」
何の手応えも無くあっさり硬質な金属パイプを、まるでチーズを
切るように切断した「糸」。事此処に至り、亜美は自分の目の前に
走っている「糸」の正体を正確に理解した。思わず呟いてしまう。
亜美 「モノモレキュラー(単分子)チェーン・・・」 <----(0801)
考えてみれば、シャインアクアイリュージョンを使わない限り目
には絶対に見えないような細さで、重い硬球をゆっくり滑らせても
十分に支えきり、かつキャッチャーとの間をピンと張れる程に張力
を持たせられる「糸」なのだ。並みの糸である筈がない。
ほたる「・・・亜美さん、どうかしたんですか?」
暫く呆然とバッターボックスに立ちすくむ亜美。亜美を囲んだ霧
のようなシャインアクアイリュージョンのフィールドは先の唐竹割
で吹き飛んでいたから、彼女が呆然としている様子が良く判る。流
石に心配になって覗きに来た次のバッターのほたる、単なる野次馬
で覗きに来た次の次のバッターのうさぎが見守る中、亜美はタイム
を取ることも忘れ、思わず突然マウンドの鈴凛に叫んだ。
亜美 「こ、こ、こんなもの、どこから仕入れたの!?」 <----(0802)
よくよく冷静に考えて考えてみればあからさまにルール違反であ
り敵を屈服させる良いチャンスなのだが、そこは「科学に恋する優
等生」こと亜美ちゃん。先ず「糸の素材」の方に興味が走った。当
然、自分が今何をやっているかなんて忘れ去っている。もう完璧に。
「だぁあああああ!」 がらがっしゃん
長い付き合いだけあって、亜美が「また何か見つけたな」な事は
十分に判ったセーラーチーム。そして「なんだなんだ?」で異様な
様子のバッテリー間を見守っていたシスプリチーム。御約束通りに
総ゴケの後、この両者の前で漸く超遅球の謎が明かされた。
鈴凛 「別に最後まで黙ってる積もりはなかったよ。でも折角四葉
ちゃんと一生懸命練習したもんだからさ、ちょっとくらい
は使えるかなぁって。・・・本当に今まで判らなかったの?」
皆の前で見事にボールをするすると「見えない糸」の上で自在に
操る鈴凛と四葉。随分と練習をしたのだろう、打ち頃のスピードで
滑らせたボールを四葉が微妙にミットを操作する事で打者が振るう
バットの直前で一瞬反転させた後に自分のミットへ納める妙技まで
見せられてしまっては、こうして悪びれずにけろっと語る鈴凛には
もう誰も何も言えなかった。それはそうだろう。確かにルール違反
はルール違反なのだが、これで物の見事にはるかとみちるとせつな
が手玉に取られたのだ。プライドの塊である彼女らが、血相変えて
批難なぞできる訳が無い。それに肝心の亜美ちゃんが。
亜美 「凄いわ!本物のモノモレキュラーチェーン! しかも巨大
分子なんか使わないのね! 素敵! 元素はカーボン?」
鈴凛 「うぅん、炭素と窒素。最初は純粋炭素だけのダイヤモンド
チェーンで作ってたんだけど、テンション不足で。」
亜美 「え!! じゃあこの分子って!」
鈴凛 「うん、立方晶窒化炭素。」 <----(0803)
亜美 「凄い!凄い! え、じゃあこれ、何に巻いてるの?」
鈴凛 「このバイオボビン。超高分子ゲルの極薄膜の多層構造で、
最初はここにふんわり巻くの。それで段々と強く巻いてい
けば、硬いボビンでなくったって支えられるんだ。」
亜美 「きゃー凄い! 糸で糸を支えるのね! それで駆動力は?」
鈴凛 「膜構造の間に仕込んだ生体回転軸の集合体。鞭毛モーター
って言った方が判り易いかな? あ、膜構造にしている理
由はラジアル方向とスラスト方向の伸縮特性をボビンだけ
で変えたかったからなんだ。なんせ鞭毛モーターだから、
軸直径の自由度が少なくて。」
亜美 「うわぁ凄い! ひょっとして鞭毛モーターを回すエネルギー
は、あなたの筋肉のATP?」
鈴凛 「へぇ、お姉さんよく判るね。うんそう。でもちょっと痛い…」
亜美 「見せて・・・あぁ、これは毛細血管から採取してるからね。
これをゲル膜に換えて、皮膚との浸透圧差で自然吸収する
ようにしたらどうかしら? ほら、薬剤吸収湿布の逆よ。」
鈴凛 「そうすると皮膚からの老廃物が混じって直ぐ駄目になって」
亜美 「膜表面を超褶曲面にするの。そこで消化分解させれば、」
鈴凛 「あ、ヒトデの胃!」
亜美 「そうそう! さっすが鈴凛ちゃん、よく判るわね。」
鈴凛 「そう?えへへへ・・・ならばさ、こうしたらどうかな?」
とまぁ、これを暴いた当の本人がさっぱりルール違反の事なぞ頭
からすっかり飛ばし、毛頭考えてもいなかったからだ。それにこん
な状態の亜美ちゃんへもしルール違反云々等と進言しようものなら、
亜美 「この素晴らしい技術にそんな些細な事を言うなんて無粋よ!」
などと訳の判らん反論を受けるに違いないから、セーラーチーム
の者はみな黙っていた。こうして自らの持つ天才と超技術を周囲に
理解されず日々悶々と凡人たちの間で暮らしていた二人の「科学す
る天才少女」は、文字通り「天才を理解する者は天才のみ」の言葉
を証明するが如く延々と数物理文法で専門用語を語り合い、遂にグ
ラウンドを数式と化学式と証明記号と汎用定数を表すギリシャ文字
と線図形で埋め尽くし始めた。飽きれた様に、それを見守る皆。
美奈子「あーあ。こうなったら止まんないわよ、もう。」
可憐 「え、あの亜美さんも、そう言った人なんですか?」
レイ 「そりゃあもう!って言うか、あの鈴凛って子も?」
花穂 「えーとー、ここじゃ鈴凛ちゃんの言う事を判る人って誰も
居ないから、あんまりこう言った事は起きないかなぁ?」
うさぎ「そっかー、うちの方もおんなじ。だからちょっと寂しそう
にしている時があるの。でも、誰も追いつけないから…」
千影 「ほぉ、お団子のお姉さんってよく人が見える人なんだな。」
はるか「それがうさぎちゃんの良い所さ。ね?」
鞠絵 「ならば、余計に今、止めちゃ可哀想ですね・・・。」
雛子 「鈴凛ちゃん、楽しそうなのぉ。」
みちる「そうね。ここは二人が満足するまで、もう存分にさせて
あげましょうか。如何かしら?」
春歌 「あ!ならばお茶になさいませんこと?良い時間ですわ。」
白雪 「それなら白雪特製のお茶を淹れますの。お姉さんたちが
くれたバター飴に、良く合いますの。」
せつな「それは美味しそうですね。私もお手伝いします。」
四葉 「えっと、まことさんもどうデスか?」
まこと「え!あ、そ、そうだね。うん、いいね!私も手伝うよ、
ねぇキッチンが無いかな?簡単な物なら作れそうだ。」
衛 「わぁ!まことさんって料理得意なんですか。いーなぁ、」
眞深 「よぉっし!そうと決まったら、みんなでお茶よー!」
はーい!
既に内野部の半分を「理系の言葉」で埋め尽くし、まだまだ勢い
が衰えない二人を置いて、セーラー戦士8名+シスターズ12名
の合計20名が大移動を始めた。きゃいきゃいと囀りながらグラ
ウンドアプローチのスロープ(このグラウンドはサッカー場にも
使うため、こんな出入り口もあるのです)に消えてゆく。
・・・・・・・・・・
そうして静かになった、ここプロミストアイランドスタジアム。
そこへ人工島統括マネジメントマザーコンピュータのMEMOL
と連絡協議を取っていた者が、当問題の結論を告げる言葉が響く。
爺や 「鈴凛ちゃんの超技術に免じて、『超遅球』を変化球として
認定。以降の使用を許可する。但し何らかの手段により
『見えない糸』が切断された場合、それの再接続はボール
を投げて行わない限り認めない。」
だが、これを聞いていたのは・・・
地場衛「なるほど。つまり打席中に切ってしまえば、次の1球は
超遅球以外のボールが来るって事だな」(;_;)
山田 「とか何とか言って、おいてけぼりにされたのを誤魔化した
って遅いっすよぉ」(;_;)
あ、すっかり忘れ去られていた男どもがいましたっけ(爆)。では
例によって、この件に関する監督のコメント。
兄ちゃ「・・・・・・そんなバカな。」
はい、有難う。では試合再開まで、チャンネルを変えずにお待ち
下さいませ(おぃ)。
■3回表1アウト|1|2|3|4|5|6|7|8|9|− ■
■Sailors|0|0|−| | | | | | |0 ■
■Sisters|2|0| | | | | | | |2 ■
■塁無 NEXT:ほたる・うさぎ・美奈子◆マウンド:鈴凛■
水野夢絵 <mwe@ccsf.homeunix.org>
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