◆11:25 3回表 十番高校の攻撃

四葉 「チェキしていこーーーーーーーーーーー!」

 はーーーーい!

 既に2回の守備を終え、すっかり馴染んで慣れてきたらしい妹達
がグラウンドへ散ってゆく。徐々に四つ葉らしいエールになってき
ている事も微笑ましい。尤もだんだんと省略されていっている事に
若干嫌な予感を抱きつつも、

兄ちゃ「・・・そんなバカな。」

と、1塁側監督は気にしない事に決めた。賢明な判断と言えよう。

 さてこれまで1回辺り3人で攻撃を全て終えさせられてしまった
セーラーチーム。初回は超剛速球、2回目は超遅球と、すっかりシ
スプリチームのエースこと鈴凛に翻弄されてしまっている。

亜美 「このままじゃいけないわ。何とか、反撃の突破口を開かな
    いと、押されっぱなしになっちゃう。でも・・・」

 と焦る、この回のトップバッターこと亜美ちゃんだったが、回毎
に目先が変わる変幻自在の球を見せられては事前の対策など打ち様
がない。流石のIQ6300(一部嘘)も回答が出せなかった。            <----(0701)

爺や 「バッターラップ!」

 しかし容赦なく攻撃のタイミングは来る。迷いを捨てきれず無心
になれず、バッターボックスに立つ亜美。

爺や 「プレイ!」

 そんな亜美の不安げな表情を見て取ったか、口元で「ニヤリ」と
笑った鈴凛。先ずは第1球。

・・・・・・・・・すぱん。

爺や 「すたーいく、わん!」

 びっくりして鈴凛を見る亜美。それはそうだろう。来たのは全く
打ち頃の、まるでバッティングピッチャーの様な球だった。球速も
精々80km台の棒球で、しかもコースはど真ん中。

亜美 「しまった・・・」

 今更臍をかむ亜美だったが、もう遅い。自分の迷いを察知し、初
球は見逃して先ず様子見しようとしていた自分の思いを完全に読ま
れていたのは、自分が何より悪い。気を取り直し、バットを構えな
おす。もう迷っている暇はない、そう思いながら。でも・・・

亜美 「とにかく、見送るだけじゃカウントを取られるばかりね。」

 鈴凛が振りかぶって、第2球を投げた。相変わらずフォームから
は全くどんな球が来るか判らない。しかし、どんな球がきても亜美
は手を出すつもりでいた。これまで鈴凛は1球も無駄球を投げてい
ない。間違いなくストライクゾーンを通る球が来るはずだ。しかも
変化球はないから、第1球と同じくらいのスピードの球が来れば、
自分でもバットの起動調整くらいできる。そう覚悟しながら。そし
て幸い、鈴凛が投げたのは第1球と同様の球。

亜美 「打てる!」

 ぶん!

亜美 「・・・・・・え?」

 呆然と、バットを振り切った姿勢のまま固まる亜美。慌てて自分
がバットを振った空間を見返す。おかしい。あのタイミングなら、
間違いなくホームベース上でジャストミートしていた筈だった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ぽす。

 ぴったりタイミングを合わせて振った筈の亜美の横、つまりホー
ムベース上を、静々と進んでゆく超遅球。御丁寧にモンシロチョウ
をとまらせながら。そしてたっぷり数秒を掛け、ミットに収まる。

爺や 「すたーいく、つー!」

 幾ら御勉強最優先の超天才といっても、運動神経が切れている訳
ではない。伊達にセーラー戦士は張っていないのだ。タイミングを
見計らい、思い切りバットを振った自分には絶対の自信があった。
愕然としてバッターボックスに立ちすくむ亜美に、3塁側ベンチか
ら励ましの声が掛かる。

レイ 「亜美ちゃーん! 焦って振る事ないわよー!」
美奈子「そーそー! そんな遅い球、目を瞑ってたって当たるわよ!」

 が、これが逆効果だった。この1言(正確には2言)から亜美は、
ベンチから見れば単なる超遅球の球を、バッターボックスの自分は
打ち頃の球の速度で見ていた事を正確に理解したからだ。より驚愕
の思いを抱える亜美。つまり自分は「バッターボックスから球威を
見ている限りタイミングを計れない」事を理解した。

亜美 「た、タイムお願いします。」
爺や 「タイム!」

 たまらず打席を一旦離れる亜美。背後の友人たちは怪訝そうに自
分を見て、どうやら案じているようだ。が、ここで派手にタイミン
グが取れないなどと騒ぎ立てたら、相手のピッチャーはきっとまた
新しい球を放ってくる。そうなったらもう打てない。つまりこの
「見えているけど見えない球」を打つのなら、この打席で少なくと
も謎くらいは解明しておかなければならない。こう決意すると暫く
考えた後、打席を外したまま目を閉じてコンセントレーションする。

亜美 「・・・・・・・・・・・・・・」

 十数秒後。再びぱちっと目を開いた亜美は、また打席に入った。

亜美 「・・・お願いします。」
爺や 「プレイ!」

 怪訝そうな顔をし、亜美を見ているバッテリーの二人。また他に
守備に着いているシスプリ側チームのメンバも同様だった。それは
そうだろう。一般の者なら深呼吸して気を落ち着けた程度にしか見
えない筈だ。が、これが亜美にとっての狙い目だった。自信たっぷ
りの表情で、鈴凛が第3球を放る。飛んできたのは、

亜美 「やっぱりこの球!」

 第1球、第2球と同様の、極めて打ち頃の球が飛んでくる。が、
ここで素直にタイミングを合わせてバットを振れば、また第2球の
時と同じ結果になる事は火を見るより明らかだった。それが判って
いる亜美は、バットを振らずに構えたまま、ぽつり、と彼女の呪文
を唱えた。この為にこそ、コンセントレーションを整えたのだ。





亜美 「シャイン・アクア・イリュージョン・・・」





 バッターボックスの亜美を囲むように、特殊なフィールドが瞬時
に形作られる。大気中の水分がマイクロ秒で凝結し、絶対乾燥空気        <----(0702)
の間をナノメートル単位の直径を持つ氷IXが浮遊する、自然界には
ありえないフィールドが。セーラーマーキュリーの最終奥義が極め
て静かに発動し、空中を漂う高密度結晶氷を透過した太陽光が7色
に分解されてきらめく。その中に浮かび上がる、水の女神の姿。

四葉 「うわぁ、きれい・・・」

 それはあたかも光の乱舞。対敵に用いる場合、このフィールドを
敵の生体に対し用いる事で一切の生命活動を停止させる危険極まり
ない技だが、亜美はこれを自分を取り囲む空間そのものに用いた。
そして、

亜美 「見えた!いぇ、違う!」

 亜美は自分の張り巡らせたフィールド、誰の力の及ばない自分の
みが支配する空域、いわば絶対領域を貫く、1本のラインを見つけ        <----(0703)
た。極めて細い、細い、透明なライン。太さ、いぇ直径、いやそん
なものがあるとも思えないほどに細い、空間に引かれた1本の線。
それはバッターボックスに立つ自分の前から、一方は背後のキャッ
チャーミットへ、もう一方は投げ終わった姿勢をまま凍らせてマウ
ンド上で屈んだ様にしているピッチャーの肩口へと真っ直ぐに続い
ている。瞬時に亜美は理解した。

亜美 「この糸に乗せて転がしてるのね!ならば!」
四葉 「あっ! バレちゃった!」

 そう。「ピッチャーからキャッチャーへ一直線に進む超遅球」の
正体がこれだった。最初の1球、または投球練習中の1球を使い、
鈴凛の肩口から四葉のミットへこの極めて細い糸が張り巡らされる。
あとは、この上へボールを滑らせば良い。この糸の両端を上げ下げ
してコースや速度を制御する事も簡単だし、またバッターのみが
見えるような角度で丸い膜を滑らせれば、それがバッターには飛
んでくるボールのように見える。亜美が引っ掛かった第2球が正に
それ。そして鈴凛が姿勢を変えずとも四葉が微妙にミットを上げ下
げしてコースを調整する事も容易だ。バッターがボックスに立つ際
に糸を過ぎる様な時には緩め、地面の上に垂らしておく。これだけ
細ければバッターの足に引っ掛かる事もない。それに剛速球なら兎
も角、こんな超遅球なら間違いなくバッターは打ち気にはやる。バ
ントしようとして、自分の目の前でUターンしたりバットに触れて
止まったりするボールを見られる事で、これがバレる心配もない。

亜美 「ならば、この糸を切れば!」
鈴凛 「あっ! 駄目っ危ない!」

 やおら肩口横に構えていたバットを頭の上に振り上げ、そのまま
唐竹割りに糸へ向かってバットを振り下ろす亜美。バッターボック
スの亜美でさえかろうじて見えるような細い糸が3塁側ベンチから
見えるはずもなく、そのとんでもない亜美の大根切りに悲鳴が上が
る。それはそうだろう。ベンチから見れば、超遅球は漸くピッチャー
からバッターへの距離の半分を進んだ程度。これで亜美がバットを
振り切ってしまえば三振が成立、つまりアウトだ。

うさぎ「亜美ちゃん!ヤケになっちゃ駄目よー!」

■3回表0アウト|1|2|3|4|5|6|7|8|9|− ■
■Sailors|0|0| | | | | | | |0 ■
■Sisters|2|0| | | | | | | |2 ■
■塁無 NEXT 亜美・ほたる・うさぎ ◆ マウンド 鈴凛■