Re: Kamikaze Kaito Jeanne #40 (12/18)
石崎です。
例の妄想第172話最終章です。
予告通り(?)例の妄想第172話の最終章をお送りします。
全部で2,000行程あるので、その22〜24の三分割で投稿します。
この記事は、(その23)です。
Keita Ishizakiさんの<bnvq06$acm$1@news01dd.so-net.ne.jp>の
フォロー記事にぶらさげる形になっています。
# 本スレッドは「神風怪盗ジャンヌ」のアニメ版第40話から
# 着想を得て書き連ねられている妄想スレッドです。
# そういう2次創作物が嫌いじゃ無い方のみ、以下をどうぞ。
(その1)は<bnvv4r$p9c$1@news01de.so-net.ne.jp>から
(その2)は<bol12s$5cr$1@news01cj.so-net.ne.jp>から
(その3)は<bpanfp$235$1@news01cb.so-net.ne.jp>から
(その4)は<bpsnob$hnq$1@news01cb.so-net.ne.jp>から
(その5)は<bretjg$k62$1@news01dj.so-net.ne.jp>から
(その6)は<budosi$mf3$1@news01dg.so-net.ne.jp>から
(その7)は<bvibt5$6bs$1@news01cb.so-net.ne.jp>から
(その8)は<c05ag2$aqq$1@news01di.so-net.ne.jp>から
(その9)は<c12ghi$g3q$1@news01de.so-net.ne.jp>から
(その10)は<newscache$sfa7uh$klk$1@news01a.so-net.ne.jp>から
(その11)は<newscache$9pfavh$4kg$1@news01a.so-net.ne.jp>から
(その12)は<newscache$t8l1xh$f2h$1@news01d.so-net.ne.jp>から
(その13)は<newscache$d6j5yh$q4j$1@news01e.so-net.ne.jp>から
(その14)は<newscache$sjiiyh$nsj$1@news01d.so-net.ne.jp>から
(その15)は<newscache$vkkgzh$hqd$1@news01b.so-net.ne.jp>から
(その16)は <newscache$mxh60i$oqb$1@news01e.so-net.ne.jp>から
(その17)は<newscache$03mh0i$c1i$1@news01e.so-net.ne.jp>から
(その18)は<newscache$n8rc1i$7l8$1@news01e.so-net.ne.jp>から
(その19)は<newscache$bmku2i$ss9$1@news01e.so-net.ne.jp>から
(その20)は<newscache$utnv3i$3mc$1@news01e.so-net.ne.jp>から
(その21)は<newscache$xvgx3i$zjj$1@news01e.so-net.ne.jp>から
(その22)は<newscache$8c5l4i$42a$1@news01b.so-net.ne.jp>からどうぞ
^L
★神風・愛の劇場第172話『弱き者』(その23)
●魔界
「魔王様。一大事にございます」
魔王の留守を預かっていた魔界宰相が魔王の命により建設中の“遊園地”に現れたのは、
この地に留まっている魔王とフィンが、一緒について来た侍女に命じ、夕食の準備を整え
させようとしていた頃でした。
「何事だ。騒々しい」
何とわざとらしい。そうフィンは思います。
彼がこれから報告するであろう出来事。
魔王とフィンは、それが起きた時に見ていたのですから。
そしてフィンはその時魔王が彼女に教えてくれたことを反芻します。
あまりにも話が大きすぎて、少々フィンには理解し辛かったのですが。
*
時を待つ。そう魔王は言いました。
地上では、フィンの仲間達が何らかの作戦を実施しようとしてはいたものの、魔王が何
を待っているのか、フィンには判りませんでした。
その日はお茶を飲みながら、魔王が映し出すまろんの様子を眺めていました。
魔界の仲間達が着々と準備を進めている状況下、フィンが気にしていたのは、まろんと
都の関係だったのですが。
やがて、日没と同時に地上では動きがありました。
ミナとレイを中心とした、まろんに対する直接攻撃。
ミナがまろんの“神のバリヤー”の内懐に飛び込んでも眉一つ動かさなかったフィンは、
都が海に転落した時には狼狽しました。
直後に自分も見たことのある人間の“魔法使い”──彼女がいることは、まろんが彼女
と出会ったことで、知っていました──が彼女を救出したのを見て、胸を撫で下ろしたの
ですが。
しかし、フィンが本当に驚いたのは、その後に起きた一連の出来事でした。
まろんはロザリオも使わず、全く自分だけの力で変身したばかりか、それまでに見せた
ことの無い圧倒的な力でレイとミナ、二人の天使を追い詰めたのです。
「魔王様!」
友人二人の危機に、フィンは叫び魔王の方を見ました。
しかし、魔王は眉一つ動かすことも無く、ただ状況を見守っていました。
やはり、この方も神様と同じ。
地上の生き物のことはただ見守っているだけなのだろうか。
そうフィンは思います。
しかし、そんな魔王の表情に変化が生じます。
レイとミナとジャンヌの間に、ユキが出現した時です。
この時ばかりは、はっきりと驚愕の表情を示したのをフィンは見逃しません。
ただ、その表情は一瞬で、直ぐに元の落ち着いた表情に戻ったのですが。
ユキの攻撃は地味でしたが、見る人が見れば、かなり高度なものでした。
あそこまで精密に転移位置を決めることが出来る魔族はそう多くは無く、同時に攻撃ま
で行えるとあれば、尚更でした。
ミストやノインが転移を容易に行っていたので見落とし勝ちですが、ユキも又、正統悪
魔族の一員、そういうことなのだとフィンは理解しました。
しかしユキも結局ジャンヌには叶わず、追い詰められた時、魔王の手が微かに動きまし
た。
「(魔王様?)」
やはり、余所者の堕天使では無く、自らが生み出した正統悪魔族に対してなら、力を行
使されるのか。そう、フィンは疑念を抱きます。
しかし、結局魔王は行動を起こすことはありませんでした。
「そうか…。やはり、そうなのか」
その時、魔王はそう呟きました。
ジャンヌの攻撃をユキは障壁で受け止めていました。
ユキは立ち上がり、ジャンヌを抱きしめ何事かを囁きます。
するとジャンヌの腕は、戦意を無くしたかのようにだらりと下がります。
ジャンヌの変身を解いたユキ。
元の姿を取り戻したまろんは、ユキの身体に寄りかかりました。
どうやら、気を失っている様子でした。
「まろん…」
一体まろんの身に何が起きたのか。
フィンが考えていると、魔王の笑い声が聞こえました。
「ククク…そうか…。やはり、繋がっているのだな」
「え!?」
最後の言葉は極小さく、ややもすると聞き逃してしまいそうでした。
実際、フィンに聞かせるつもりは無かったのでしょう。
「フフフフ…ハハハハ…」
暫くの間、魔王は声を上げ笑い続けていました。
*
ユキがジャンヌを押し止める様子を見て、笑い続けていた魔王。
“彼”の笑いが収まるのを待ち、フィンは声をかけました。
「“繋がっている”そう仰ったように聞こえましたが」
フィンが言うと、魔王の表情が固くなりました。
しかし、直ぐに元の表情を取り戻して言いました。
「話しておくべきか。あの娘が…ユキが、我が御子である理由について」
「“魔王の御子”!?」
その単語をフィンは聞いたことがありました。
魔界における神の御子に相当する存在であると。
ただ、それが何であるのかは幾ら調べても判らなかったのですが。
「あの娘はミストの妹であると聞いていますが。正統悪魔族の」
「紛れもなく、あれはミストの妹で間違いない。ただ、フィンが考えている妹とは少々違
うかもしれないがな」
正統悪魔族の子孫の増やし方は魔界でも謎でした。
そのことを言っているのだろうとフィンは思います。
「するとやはり、魂が?」
フィンの言葉に、魔王は肯きました。
「神の御子は、元々は神が自分の力の何分の一かを分け与えて出来た魂に肉体を与えたも
のだ。それは知っているな?」
フィンは黙って肯きます。
「その魂は、死しても何度でも蘇る力、『再生力』を持つ。故に、肉体が滅びても何度も
蘇って来た。それは良いとしてだ」
魔王はテーブルに肘を付き頬を支えてため息をつきます。
そして、空(その向こうには陸が見えるのですが)の方を見ます。
その更に向こうにある、天界の神様を見ているのだろうかとフィンは思います。
「面白くなかったのは、神はその魂のことを何時までも愛し、見守り続けたことだ。まる
で、私の存在など眼中に無いかのように」
魔王と神は昔は愛し合っていたという伝承をフィンは思い出します。
もちろん、本人の前でそのことを言う者はいませんが。
「それでも私は我慢し続けていたのだが。どうにも我慢出来ないことが起こった。ああ君」
珍しくも長く喋りすぎたということでしょう。
魔王は侍女を呼び、お茶のお代わりを命じました。
人間が持ち込んだのだと言う、茶葉を発酵させて出来た黒茶を魔王は啜り、話を再開し
ました。
「あれは…かなり昔のことだ。その頃しばらく出現していなかった神の御子が久しぶりに
人間界に蘇った時のことだ。今の御子より何代か前の話だが」
ジャンヌ・ダルク以前に、誰が御子であったのかフィンは知りません。
「その御子が成長し、美しさを増すに従って見守っているだけでは我慢出来なくなった神
は、天使の姿に我が身を変え地上に降臨し、御子の前に姿を現した。そう、フィンが神の
御子に接近した時のようにな」
百合の花を抱え、まろんに初めて話しかけた時のことをフィンは思い出しました。
「今の神の御子と同じように、当時の御子は天使の存在をあっさり受け入れたばかりで無
く、愛を育み、そして子を成した」
その言葉を聞いた時、フィンは黒茶を口にしていました。
が、魔王の話のあまりの内容にお茶を吹いてしまいます。
そのお茶は魔王の顔にもかかり、魔王は布を取り出し顔を拭きました。
「子供…ですか? しかし、まさか…」
「出来てしまったものは仕方がない。私も見ていたが、他に相手らしき者はいなかった」
「は、はぁ…」
その口ぶりでは“愛を育み”の現場も覗いていたに違いない。
そう、フィンは思います。
「子が生まれた時には神は天界に戻っていたのだが、神は御子だけで無く子も愛していた。
それでも暫くは我慢し続けていたのだが、我慢にも限界はある」
魔王はそこで、一旦言葉を切りました。
それ以上話したものかどうか、思案しているようにも見えます。
とは言え、フィンにしてみれば、肝心なことは未だ聞いていません。
フィンは、話の続きをせがみました。
「その子は神の御子と同じ力を持っているかもしれない。このまま放置しておけば、厄介
なことになりかねない。そう私に進言する者は以前からいた。正統悪魔族の者だがな」
ミストはこのことを知っていたのだろうか。
フィンはふと思います。
「実際、その子は“力”を持っていることを示し始めた。だから、殺した」
「殺した…。魔王様が? その子供を?」
「私は手を下さなかった。その子の周囲にいた人間に悪魔を取り憑かせ、人間自身の手に
よってその子を殺させた。私はヒトの姿になり地上に降り、天使の妨害を排除してその魂
を神が手に入れる前に魔界に持ち帰った」
何となく、天界と魔界の争いの原因が見えた気がしました。
そして、“魔王の御子”を抹殺し、その魂を天界に持ち帰るように言われていた理由が
理解できました。
「その魂はどうされたのですか?」
「消滅するには惜しい魂だったため、“生まれる”前の正統悪魔族の娘の中にその魂を埋
め込んだ。神に対するささやかな嫌がらせのつもりだったのだが、意外なことがあった」
「意外なこと?」
「その魂も『再生力』を持っていたのだ。神の御子と神の間の子だからかもしれん。そし
て今、その魂はあの正統悪魔族の娘の中にある」
魔王の言葉に、暫く言葉を失ったフィン。
漸くのことで言いました。
「それじゃ…まろんとユキは……」
「そう。魂の親子だ」
フィンは絶句しました。
●水無月ギャラクシーワールド
まろんに無理矢理服を着付けると、黒服の美女達は一礼して去って行きました。
まろんの嫌な予感は杞憂であったらしく、知世がデザインして作ったのだという服は、
上から下まで純白の生地を用いて作られた長袖ワンピースでした。
それとは別に、靴とコートも用意されていました。
もっとも、こちらは知世が作ったものでは無いそうですが。
サイズはそれぞれがまろんにぴったりで、まるで予め採寸していたかのよう。
「おー」
まろんの着替えた姿を見て、都は声を上げました。
「都も服、着なよ」
「大体なんであたし、服脱がされているのよ」
「服が皺になるといけないので脱がせたのですわ」
何故か、知世が答えます。
「あ、そ」
そう言うと都は服を持って、カーテンを閉めました。
「あの…。私、そろそろ帰ります。ギル叔父さんも心配しますし」
アンが、まろんに向かっておずおずと切り出しました。
「それもそうね。家、一人で帰れる?」
「大丈夫です。姉さんも迎えに来るそうですし」
「僕、送って行きます」
「大丈夫です。まろんさん達の方を見ていてあげて下さい。水無月さん」
そう言うと、アンはぺこりと頭を下げました。
「気をつけて」
「はい。まろんさんも」
そう言うと、アンはもう一度頭を下げて救護室を出て行きました。
*
「さ、デートを続けよう。まろん」
服を着て、ベッドから立ち上がるなり都は言いました。
もちろん、まろんは今日は色々あって疲れただろうから、帰ってゆっくり休もうと言っ
たのですが、都は全く聞こうとはしません。
「それに、遊園地は今日は臨時休業だよ?」
「そうなの?」
都は、部屋の隅にいる大和に顔を向け尋ねました。
「ええ。停電は回復したんですが、現場検証やら何やらで、本日は休園ということに」
「そういう訳だから、ね、帰ろう?」
都の肩に手を載せ、まろんは言いました。
「嫌! 遊園地が休園でもデートは続けるの」
大和も聞いているのに、都は堂々とデートという単語を使います。
良いんだろうか? 気になって大和の方を見たまろん。
大和は困ったなという表情を浮かべてはいたものの、今の都の言葉をどう受け止めたの
か迄は判りません。
「レストランに予約も入れてあるし、その後は…」
「気持ちは判ったから…」
流石にその後については都は言いません。
「折角、新しい服も着たことですし、デートを続けたらどうですか?」
大和が口を挟んだので、まろんは驚きました。
「ただ一応、お医者さんの診察を受けて下さいね。呼んだので、間もなく来るはずです」
「へぇ、気が利くじゃない」
「でも、良いの?」
まろんは、大和に尋ねます。
大和は都と良い仲の筈なのに。そう、まろんは思います。
「何がですか? 日下部さんと東大寺さんの大切なデート。協力させて下さい」
真顔で大和は言うので、大和は都に気があると考えたのは誤解だったんだろうか? と
まろんは思います。
「遊園地のことですけど、ジェットコースターとかは無理ですけど、ファミリー向けのエ
リアのアトラクションでしたら何とかします」
「話せるじゃない。流石社長の息子だわ」
「僕に出来ることは、これ位ですから」
都に褒められ、大和は本当に嬉しそうでした。
*
大和が呼んだ女医から簡単な診察を受けたまろんと都は、デートを続行することになり
ました。
都がまろんの手を引いて、警官が闊歩する遊園地の中を歩いて行きました。
足取りに迷いは無く、最初から目的地は決まっているようでした。
休園になってから時間が経っているためでしょう。
来場客の姿はもう殆どありません。
途中で氷室や春夏秋冬の刑事達に出会うのでは無いかと気にしたまろん。
ですが、都は気にしている様子はありません。
恐らくジャンヌが戦った(まろんに記憶はありませんが)ジェットコースター近辺で現
場検証をしているためでしょう。幸いにして、氷室達にまろんは会うことはありませんで
した。
「ここよ。ここを動かしてくれない。委員長。ここだけで良いわ」
都がそう言ったのは、メリーゴーラウンドの前でした。
ちょっと古びた感じのメリーゴーラウンドですが、二階建てという辺りは珍しいかもし
れません。
「メリーゴーラウンド?」
「ギャラクシーカルーセルですわ。まろんさん」
何となく、一緒について来る形となっていた知世が教えてくれました。
「カルーセル?」
「回転木馬の意味ですわ」
「へぇ」
感心した風にまろんは肯きました。
「ここだけで良いんですか?」
委員長が言ったところをみると、このエリア全域のアトラクションを動かすつもりだっ
たのでしょう。
「良いの。あまり委員長のところに迷惑かけたくないし。ここだけは、まろんに見せてお
きたかったんだ」
「私に?」
「とにかく、乗ろう」
「それじゃ僕、係の人に話してきます」
そう言うと、大和は事務所があるらしい建物に駆けて行きました。
*
思ったよりもメリーゴーラウンドが動き出すには時間がかかりました。
その間、入り口付近で待っていたまろん達。
その間に、新たな来訪者がありました。
「さくら」
と、さくらの名を口にしたのは、彼女と同い年位の少年でした。
こちらは私服姿の彼は、今日はどちらかと言えば暖かいのに、緑色のマフラーをつけて
いました。
まろんは手芸はそれ程得意という訳ではありませんが、あまり上手そうに見えないとこ
ろを見ると、誰かの手編みということでしょう。
「小狼君?」
さくらが呼んだ彼の名からして、彼は中国から来たのでしょう(後で聞いたところ、香
港から来たのだそうですが)。
「遅くなって、すまない。大変なことになっていたらしいな」
「大丈夫だったから、気にしなくて良いよ。でもどうして?」
「私がお呼びしたんですわ」
知世が言いました。
「そうなんだ」
「ねぇ、この子は誰?」
「李小狼君。学校のお友達なの!」
まろんの問いに、さくらは即答しました。
きっと、さくらちゃんのボーイフレンドってところね。
そのつもりで、彼を眺め回したまろん。
すると、小狼は何故か顔を真っ赤にしました。
「(ウブな子なんだ。かわいー)」
そんなことをまろんは考えてしまいます。
でも同じ学校なら、どうして一緒に来なかったんだろう。
そんな疑問が、まろんの脳裏を一瞬掠めました。
「小狼君も来るなら、一緒に来れば良かったのに」
知世を見て、さくらは言いました。
どうやら、さくらも全く同じ疑問を抱いたようでした。
「もちろん、さくらちゃんに驚いて頂くために決まってますわ」
「…と言うことだ。待ち合わせ時間通りについたんだが、ジャンヌが現れたとかで入場を
規制されてしまい遅くなった」
そう言いながら、彼は何故か表情を赤らめていました。
「そうなんだ」
さくらは疑う様子もなく、肯きました。
まろんも知世の説明に納得はしましたが、さくら程素直に受け取った訳ではありません。
「(きっと、知世ちゃんがさくらちゃんの恋のキューピッド役を務めようということなの
ね。よーし)」
まろんは小狼の前に進み出て言いました。
「ねぇ、小狼君。遊園地は休園になっちゃったけど、このメリーゴーラウンドだけは動か
して貰えることになったの。私達だけで乗るのも何だから、君も乗らない? さくらちゃ
んと一緒に!」
「良いのか?」
「もちろん!」
「私はお二人の姿を撮影致しますわ」
ビデオカメラを手にして、知世が言いました。
そんな彼女の姿を見てまろんは思います。
まるで、知世はさくらのお母さんみたいだなと。
*
「用意出来ました〜」
係員の人を連れ、大和が戻って来ました。
「一階と二階がありますけど、どっちにします?」
「もちろん、二階よ。珍しいもの」
「それじゃ、階段の上に」
二人乗りの木馬と一人乗りの木馬がありましたが、他に乗客がいないので、まろん達は
好きな木馬を選びます。
まろんと都、それにさくらと小狼がそれぞれ二人乗りの木馬に乗りました。
知世にも乗るように勧めた大和。
しかし、こう言って知世は断りました。
「木馬に乗りながらでは、上手く撮影出来ませんもの」
大和が係員に合図をすると、灯りが点ります。
音楽が鳴り始め、ゆっくりとメリーゴーラウンドが動き始めました。
楽しそうに回転木馬に乗っているまろんと都。そしてさくらと小狼。
まろん達の様子を満足げに眺めていた大和。
ふと横を見ると、こちらはさくらと小狼の方を熱心に撮影中でした。
幸せそうな笑顔を浮かべつつ、ビデオを構えていた知世。
しかし大和は気付きます。
その笑顔を浮かべた頬に、何故か涙が流れていることを。
やがてそれに気付いたのか知世は頬を手でごしごしと拭きました。
そんな知世に大和はそっとハンカチを差し出したのですが、やはり睨まれてしまい、結
局ハンカチを受け取っては貰えません。
そしてもちろん、大和はその涙の意味に気付くことはありませんでした。
*
メリーゴーラウンドが動いていたのは3分程でした。
折角なのでと、もう一度、今度は一階の木馬に乗った後で、メリーゴーラウンドの建物
からまろんと都は出て来ました。
「委員長。ありがと。あたし達、そろそろレストランの予約時間なんで帰るわ」
「そうなの?」
「ホテル代と込みで、お年玉全部はたいたんだから。感謝せよ」
「はいはい、都様」
そう言い、都の腕にまろんは腕を回します。
「委員長。ありがとう」
まろんも大和にお礼を言いました。
「いいえ。こちらこそ。あの、日下部さん、東大寺さん。出口まで送って行きたいんです
けど、僕、彼女達も案内しないといけないので」
今度はさくらと知世が一緒に乗っているメリーゴーラウンドを親指で指し、大和は済ま
なさそうに言いました。
「良いの。今日はありがとう」
「じゃあね。委員長」
改めてお礼を言うと、二人は並んで遊園地の出口へと歩いて行きました。
*
二階建てのメリーゴーラウンドで遊ぶさくら達。
彼女達をホラーハウスの屋上から眺めている影がありました。
その影は三つ。
一つはさくらと同じ年頃と思われる眼鏡をかけた少年。
手には大きな杖を持っています。
その後ろに控える二つの影は、まろんと同じ年頃の少女と黒き獣。
「ねーねーエリオル。今日は何にもしないのー?」
少女らしき影が少年に呼びかけました。
もっとも少女のような外観ながら、どこか違う雰囲気も漂わせています。
「今日は、私達以外に先客がいましたからね。私達が出ては話がややこしくなる。そうで
すよね?」
黒き獣が、少年に呼びかけます。
そのどちらにも答えを返さなかった少年。
ですが、突然身体の向きをそれまでとは反対側に変え、身構えます。
同時に、少女と獣も同じ方向に身構えました。
風が吹き抜け、それは突然目の前に出現しました。
同時に、攻撃態勢に入ろうとする少女と獣。
「待て!」
しかし、少年は二人を制しました。
少年の前には、青年と言って良い見かけの男が立っていました。
青年は暫く少年を値踏みするように眺めていましたが、やおら跪きました。
「お久しぶりです。クロウ・リード」
「やっと気付いたか、ノイン・クロード。だが私はクロウ・リードでは無い。柊沢エリオ
ルという名がある」
少年は、外見上の年齢差を無視するような態度で言いました。
もっとも、実際の年輪の上でもノインの方が大分年上なのですが。
「エリオル…。しかし、貴方は私の名を知っている。しかも、貴方が使った魔術の気配は
紛れもないクロウ・リードのもの。それにその杖もクロウの使っていた杖だ」
顔を上げ、ノインは言いました。
「かつてノインが私の館にいた時、話してくれたな。人の中には転生する魂を持つ神から
選ばれた者がいると」
「はい」
「試してみたのだ。神から選ばれぬ魂を自らの意志で転生させることが出来るのかを」
「まさか…?」
ノインは驚きの表情を浮かべました。
「実験は上手く行ったらしい。私はクロウの記憶を留めたままここにいる」
「転生したと? 記憶を留めたままで?」
ノインの言葉にエリオルは肯きました。
「そして今一人。私の魔法を受け継ぎ、作り変える者があそこに」
エリオルは杖で、メリーゴーラウンドの方を指しました。
「“魔法使い”。そう、我々は呼んでいます」
「名を木之本さくらと言う。強力な魔力の持ち主だよ。彼女は」
「さくら…。彼女が現れたお陰で、予定が大分狂いました」
「ノイン。随分派手にやっている様だが、君達は一体、何を企む?
「例えクロウ・リードにでも、それだけは言えません」
「そうか…。なら、聞くまい」
そう言い、エリオルは微笑みました。
「だが、貴方にはお礼を言わなければならない」
「何だ?」
「貴方が手を貸してくれなければ、東大寺都を救うことは出来なかった」
「都…? ああ、あの転落した娘のことか。彼女を救ったのは、さくらだ。私は何もして
いない」
「しかし、あの時確かに貴方の気配が……」
納得がいかない表情を浮かべたノイン。
しかし、それ以上追求しても無駄だと直ぐに悟ります。
そこで、話を変えました。
「ケルベロスとユエを見かけました」
「知っている。話はしていないがな」
「どうして!? ケルベロスはともかく、ユエは…」
「彼らには新しい主がいるからな。彼女は強力な魔力の持ち主だが、当分の間は彼女を導
く僕が必要だ」
「彼女を…さくらをあなたは導こうとしているのですか?」
「ああ。これからは彼女の時代だ。木之本さくらのね。もう、間もなくだよ」
二人の話を横から聞いていた少女と獣。
最初はじっとしていましたが、やがて少女の方が耐えきれなくなったのか言いました。
「ねーねー。この人は誰なの?」
「ノイン・クロード。私の古い友人だよ。ノイン。こちらはルビー・ムーン。そしてこち
らはスピネル・サン」
「お初にお目にかかります」
「お友達なの? だったら、お屋敷でお茶を飲みながらにしようよぅ!」
じたばたと、ルビー・ムーンと紹介された少女が腕を振り回します。
そんな彼女の姿を見て、ユエとは正反対だなとノインは思います。
「屋敷に来ないか、ノイン。美味しいクッキーもある」
「良いですね。屋敷は未だあの場所に?」
「そうか。ノインの記憶は封印していなかったのだな。その通りだ。この近くだ」
友枝町の方をエリオルは杖で指そうとして、その手が止まりました。
「ノイン」
「はい」
「尋ね人は見つかったようだね」
エリオルの杖は、遊園地の出口へと向かうまろんを指していました。
「はい」
「なのに、どうして君は彼女を襲う者に与する?」
「それが彼女の魂にとって良い事だと信じるからです」
「それは何故?」
「強力すぎる力は、やがて彼女自身を破滅させるでしょう。今日の出来事を見て、私は確
信しました」
ノインの言葉を聞き、エリオルはため息をつきました。
「私は、破滅しなかったよ」
「え?」
「私も強すぎる魔力に悩んでいた。だが、私は破滅しなかった。それどころか、今こうし
て生まれ変わり、周りに迷惑もかけていない」
クロウの魔力の強さは知りすぎる程知っていたノイン。
それだけに、どう言っても角が立ちそうで、何も言えなくなりました。
「人は、それ程信用ならないものだろうか」
「……」
「ノインも元は人間なら、判っていると思うが」
「正直、私も迷っています」
それきり、黙ってしまったノイン。
そんなノインの肩をエリオルは叩きます。
背丈が違いすぎるため、背伸びをしながらですが。
「深刻な話はこれで終わりにしよう。ノイン」
「クロウ・リード」
「後は、屋敷で昔話と行こうじゃないか。君と別れてからの話が山程ある」
「私もです」
いつの間にか深刻な表情となっていたノインは、エリオルの言葉で表情を緩めます。そ
して、先程よりも強い風が吹くと、その場にいた全員が、どこかへと消えて居なくなって
いるのでした。
●濱坂市上空
機内に入る際にヘッドセットを渡された理由は、エンジンが始動した直後に判りました。
機内はジェット旅客機とは比較にならない騒音に満ちていて、それが無ければ会話が難し
いからでした。
視覚を頼ることの出来ないツグミにとって、それはとても重要なことでした。
「本当に良いんですの?」
隣の席に座った弥白が言いました。
「ええ。日下部さんの無事を確認出来ればそれで」
大和から、まろん達の無事を聞かされた弥白達。
それを確認すると、ツグミは帰ると弥白に告げました。
遊園地は休園となってしまい、ここにいても意味が無いからでした。
弥白達を救出するために、山茶花本家から特殊部隊を乗せたヘリが飛んで来ていて、弥
白はそれでツグミを送ると言いました。
特に断る理由も見つからず、ツグミはそれを受けました。
*
「ヘリコプターは初めて? 全君」
「初めてでぃす」
「そう。良かったわね」
そう言うと、ツグミは全に微笑みました。
しかしその微笑みが弥白には、どうしても無理をしているようにしか見えませんでした。
「ねぇ、ツグミさん。ちょっと提案が」
「はい?」
「このヘリは一旦、山茶花家のヘリポートに着陸します。そこから車でツグミさんの家ま
でお送りする予定です。でもその前に、夕食を食べていきません? 何なら、泊まって行
って下さいな」
「でも…」
ツグミは突然の提案に戸惑いの表情を見せました。
流石に何を企んでいるとまでは思っていないでしょうが。
「是非。この前のお礼も兼ねて。自慢になってしまいますけど、家のお抱え料理人の腕は
中々のものですわ」
そこまで言って、弥白は自分の正面から視線を感じました。
「もちろん、佳奈子さんもよ。それと椿さんも」
「本当ですか!」
「良いんですか!」
二人の声が見事にはもりました。
「そう言う訳で、私達、今日のご苦労さん会をやろうと思いますの。ツグミさんも良かっ
たら是非」
ツグミはなおも戸惑いの表情を見せていましたが、やがて全に向かって笑顔を見せて言
いました。
「全君。それじゃ、お呼ばれしちゃおうか」
「はぁい」
「それじゃ、決まり。椿さん、家に連絡お願い。お客様が3名。飛び切りのディナーと部
屋を用意してって。私の大切なお友達だからと」
最後の部分を特に強調して、弥白は言いました。
「判りました」
そう言うと、機の前の方に椿は歩いて行きました。
彼女を見送ってからツグミを見ると、彼女は弥白に向けて微笑みを見せていました。
(第172話・つづく)
いよいよ最終章。その24に続きます。
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