しらいです。

In article <bh5pr0$3up$1@ns.src.ricoh.co.jp>,
Junn Ohta <ohta@src.ricoh.co.jp> wrote:
>>   縦に並んでいますから、「こんど」が先で「つぎ」があと、というのには是非
>> はありませんでしたが、心理的にはなかなか納得できなかったです。
>
>やはりそういう意見が多いのかな...。

 関西人の私には、順列のつけようのないものを比較しているよう
な違和感がありましたね。「リンゴとバナナどっちがミカン?」み
たいな。ちょっと違うか、「光と望みどっちが速い?」くらい?
 とにかく、客観的に定量比較出来ないものなので判断のつけよう
がないといった印象を受けました。


>遊園地などで1日券をもっていて、どれかの遊具に乗り
>終わってそのつぎにどれに乗ろうか考えるとき、
>  「こんどはどれに乗ろうかな」
>  「つぎはどれに乗ろうかな」
>のどちらが自分にとって自然ですか?

 「今度」や「次」の用法に関して、叙述用法と限定用法とで微妙
にニュアンスが違うことが根底にあるのではないかと思うんですけ
どどうでしょう?
 「また今度ね」が時期を特定しない未来を表していることには東
西格差は無さそうですけど、この用法は叙述用法ですよね。「今度
の」といった限定用法ではまたニュアンスが変わってくるんでしょ
う。
 多分、関西圏の人間は「今度の」という限定用法自体に馴染みが
薄いので、叙述用法からの類推でしか時系列を判断出来ず、その結
果が「この列車はまた今度」という漠然とした未来を想像してしま
うのではないかと。
 一方、関東圏の人間は「今度の」という限定用法が「今現在の」
という絶対的な時系列を表すものとして定着しているので、叙述用
法とのニュアンスの差異など気にも留めず、「次よりは先に来るべ
き未来」として捉えることが出来るのでしょう。

 まぁ確かに「し明後日」と「やの明後日」みたいに、地域的に時
系列が全く異なるという事例もありますけど、「今度」と「次」の
間に明確な時系列上の順列を定義している文化圏は無いんじゃない
かと思っています。

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                                               しらい たかし