近頃はやっている解釈はこんなのらしいが
【公共の福祉】
「日本国憲法が保障している基本的人権は、無制限に行使できない。
他人の人権も尊重しなくてはならない。
基本的人権は「他者を害しない範囲で」行使できる(他害行為禁止の法理)

「表現の自由」の下に他人のプライバシーを侵害するような表現を行えば民
事、刑事上の制裁を受ける。
調整するための「公平の理念」を表わしたものが「公共の福祉」。
「公共の福祉」は上に述べたように、人権の衝突に際しての利害関係の調節を目的
とした、基本的人権の制約。
対国家、対社会の、個人の人権を制約することを許す趣旨ではない。」
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間違いだね。公共の福祉は、対国家、対社会への基本的人権の制限である。
政令で、道路建設用地に決まった個人財産は、買い取られる。財産権というの
は、基本的人権でもレベルが低いという考え。

基本的人権において、財産権は思想信条の自由や言論の自由、通信の秘密、集
会結社の自由ほど、高度な絶対的なものとしていない。

財産権に対する利益較量の基準は価値の問題であり、事実からは演繹されな
い。
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しかし、基本的人権のなかでも言論の自由、表現の自由、出版の自由、思想信
条の自由など最高峰。利益較量の基準の問題ではない。無制限である。
自然人として無一文のまま生まれたいかなる人間にも保障された人権ゆえに財
産権のような制限の関与する余地はない。

golden crossさんの<d549le$aon$1@news-est.ocn.ad.jp>から
>"golden cross" <popcorn05@bridge.ocn.ne.jp> wrote in message
>news:d528e0$fp7$1@news-est.ocn.ad.jp...
>
>>
>> 「制約原理」をいかなるものにするか。また、その制約原理の内容によっは、
>> それは単に所有権や財産権に止まるものではなく、強弱は有るにせよ遍く
>>「権利一般」に通ずることではないのか。これが次の問題となる。
>
>雑音は無視して、早速、学習(2)に入ろうではないか。(笑い)
>
>まず、憲法29条が明文を持って、
>
>    「公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める」
>
>として有るところをいかように解釈するか。Shikashi氏は以下のように主張して
>いるかのようであります。すなわち、
>
>    「公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める」
>    は、憲法29条に言う私的所有権、それを財産権一般
>    に置き換えたにせよ、それのみを制約している。他の
>    権利についてはいくらでも制約文言を付加することが
>    出来るのにそうはしていない。これは所有権のみが法
>    律によって制限できるとする趣旨であって、他の人権
>    は従って制約不可を憲法が宣言したものだ、と。
>
>なるほど、ひとつの形式レベルでの解釈のあり方を示すものである事は認めま
>しょう。したがって、わたくしもこれを承認するところから入ってゆきましょ
>う。ところで、所有権=財産権のみが法律によって制約できる、それも「公共の
>福祉」を理由としてのみだ、とした場合、
>
>    その「公共の福祉」とはどんなものであって何故納得
>    できる制約原理となりうるのか、
>
>の説明が必要になる。この点になると例によって例のごとく、鼻くそのほどの説
>明も無い。それでいて当方の考えに疑問などを呈する恥知らずを犯している。
>まぁ、fjってところは、恥を恥とも思わない馬鹿がごろごろしているのを見た新
>しい参加者にその真似をさせて次々と恥知らずを増殖するって流れが出来ている
>のかもしれませんな。むしろ、
>
>    「実名・所属表明」などというくだらない屑意見を言っ
>    ている暇があったら、このような恥知らずをどうにかす
>    ることを考える方がよっぽど意義深くは無いのかねぇ。
>
>この点はfjに参加するほとんどが恥知らずである中にあっては、Shikashi氏だけ
>を小突くのは控えるべきかもね。(笑い)さて、私見によれば、そして結論を先
>に言えば、この「公共の福祉」は、
>
>          「 共存 」
>
>という意味以外の意味を持たない。誰と誰との「共存」か。それは個人と個人と
>の共存 である。そして、この考えは或る程度の民主主義の熟成を見た場合に初
>めて可能となる。すなわち、スローガンとしてのものでもなく、ことばそのもの
>として生死をかけ且つ未来永劫に渡って社会が存続するものとの前提で社会生活
>を営むAとBとがその社会で「共存」すると言う場合、AとBとが価値的に同等の社
>会であって始めてそれが実現される。見方を変えれば、民主主義社会にあっては
>当たり前の事であって、論理必然的に導かれる結論であるばかりか「民主主義」
>という以外には何も語っていない、と言ってもよい。また、あまりにも当たり前
>過ぎるこの考えに反対できる理性人は存在しない。因みに、ワイマール憲法が当
>時「共存」を知らなかったことは以上から分かるでありましょう。
>
>さて、このように、日本国憲法29条が明記する「公共の福祉」を民主主義とい
>う自明の意味にとって「共存」とした場合、実は「明記」の意義は無に等しい。
>ただ、歴史上、賞 賛されるワイマール憲法と軌を一にする流れを受けているこ
>とを明確にした、と読むべきなのであります。翻って、憲法29条に言う制約原
>理が、民主主義を理由とした「共存」の意味であるとすれば、それは何も所有権
>=財産権のみに言えることではなく、
>
>    強弱こそあれ、制約原理は遍く人権一般に妥当する
>
>すなわち、制約される人権はその制約が明記されている場合のみだ、とするとこ
>ろから出発し、結果として明記されない場合も制約される事が述べられた以上、
>Shikashi氏の命題は否定されたことになる。
>
>おっとっと、また時間が来てしもたわい。
>
>--
>Golden Cross
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