At Thu, 05 Feb 2004 23:46:20 +0900,
in the message, <bvtkqe$gl6$1@newsl.dti.ne.jp>,
Yasuyuki Nagashima <yasu-n@horae.dti.ne.jp> wrote
>親切かもしれないけど、的確かなぁ?

的確じゃないし、嘘を平気で吹聴しているという点では「親切」とも言いたく
ないですね。

# 確かに「嘘かほんとか」は「親切」かどうかとは無関係ではあるけど。

>例えば、既に締め切られている「天皇が犯罪を犯したら?」にしても、
>結論はいちおう正しい(裁かれることはない)ですけど、

どうですかねぇ?

# 民事は、判例がありますが刑事にはありません。
 通説的には、無答責というのは確かですが、これとてその根拠は色々考えら
 れるし、まして「通説以外は正しくない」というものではない以上、例えば
 杉原先生の見解からは「刑事責任を負う」という結論だって導けます。
 ここで私が言いたいのは、どれか一つ正解があってそれ以外は正解ではない
 かのような発想をしてしまってはいけないということ。
 今の学校教育の弊害だろうけど。
 法律は道具だから最終的にはどれか一つの結論及び理由を選択しなければな
 らないけれど、それはあくまでも裁判所がその説を選択したというだけのこ
 とであって、それ以外は「正しくない」というものではありません。
 「判例通説でない」ということを「正しくない」と同義に考えるのは、短絡
 です。
 重要なのは、いろいろな考え方があり得ることを理解した上で、判例通説の
 線を押さえ、それ以外の説の言い分も理解して、最終的に自分がどう考え
 るかを決めること。
 それができない限り、「ハウツーものの知識」の領域を出ません。

民事については、判例上は民事裁判権が及ばないことになっていますから訴訟
要件を欠くものとして訴え却下になります(*1)。
なお、原審たる東京高裁の判断では観念的には民事責任は生じ得ます。

憲法学説上は民事責任を認めるのが通説、と言っていいでしょう。
民事訴訟法上の通説では、民事裁判権も認めています
(この辺の理由付けは、多く、「否定する理由がないから」っていう極めて消
 極的な理由付けであるわけだが……。
 まあ、確かに例外扱する理由がないなら「原則通り」でいいわけなんだけ
 ど。)。

(*1)
ただし、最判平成元年11月20日は、訴「状」を却下すべきものとしている。
その根拠は不明。
強いて言えば、明らかに訴えが不適法だからということだろうか。
その上で、本件において訴え却下した一審判決を維持した原審は「違法として
破棄するまでもない」と言っている。
が、そもそも、訴状を却下すべき場合に却下しなかったとしても、訴状の送達
により訴訟係属が生じればもはや命令で却下はできず判決で却下しなければな
らないと考えるべきであるから原審は正当である。
原審の却下判決を(本来)違法とする最高の判断の方がむしろ理論的に理由が
解らない。
……まさか、送達していないのか?
しかしそれなら、係属しないからそもそも却下判決が出るわけがないと思うの
だが……
(ところでどこに送達したんだろう?
 公示送達とは思えないし。)。

# 思うに、裁判権を否定して訴状却下という結論にしたのは、天皇制反対とい
 う政治的な理由で天皇相手の訴訟を乱発されるのを防ぐというこれまた政治
 的配慮があったんじゃないかと。
 まあ、裁判所がやるべきことだとは思えないし理論的にも問題だからおおっ
 ぴらには言えないだろうけど、配慮自体は理解できないこともない。
 刑事については、そういう心配はしなくていいと思うけど。
 ちなみに、天皇が原告となることはできるのだろうか?
 外交特権のように特定事件について原告となった場合に免除を放棄したこと
 になるかということ。
 多分ならないと思う。
 とすれば、すなわち天皇の裁判を受ける権利は民事に関しては保障されな
 いってことにはなります。

一方、刑事については判例はありませんが学説上は無答責というのがおそらく
通説。
そしてこの意味は、(1)裁判権がないからなのか(2)訴追を認めないだけ(以
下、不訴追特権と呼ぶ。)なのか(3)そもそも犯罪自体が成立しない(以下、
免責特権と呼ぶ。)のかは検討の余地ありだと思います
訴追されない結果として無責任という記述もあるのでその場合は、裁判権の問
題か単に不訴追特権があるだけのどちらかであるが、いずれにしろ犯罪自体は
成立するということでしょう。
なお、法律学小辞典は、裁判権が及ばないとしています。

ちなみに、不訴追特権があるだけなのか免責特権があるのかによって、もし実
際に起訴したとしたら公訴棄却の判決になるか無罪判決になるかの違いが理論
上は生じることになります。
もっとも、天皇の構成要件該当行為について一般に免責を認め犯罪不成立とす
るのならば、天皇を被告人とする起訴状の記載は「何らの罪となるべき事実を
包含していない」ものとして公訴棄却の決定となるかも知れません。
……と言うか、民事での訴状却下にはこれが一番近いので、ありそうな気がし
ます。

この点伊藤先生は、「刑事責任については、……少なくとも天皇は象徴として
の地位を保有する間は訴追されない……かりに退位を認めるときにも退位前の
行為については刑事責任を追及されることはない……」と述べています。
これは、免責特権を認め犯罪の成立自体を否定していると「も」読めます。

# 不訴追特権と裁判権がないこととは一応別のもの。
 例えば、国務大臣について内閣総理大臣の同意なき起訴をした場合、公訴棄
 却の判決の根拠は刑訴法338条4号。
 裁判権がないならば1号になるし、同意があれば途端に裁判権が生じて起訴
 ができるというのは理論的に無理があると思う。
 ……外交特権って不訴追特権とか免責特権とかではなくて裁判権免除(と言
 うのもなんか変な言葉ではあるが。)だよな……。

>・「天皇は人間ではない」
>…これは論外に誤りでしょ?

右翼の人じゃないの?(^^;
人間ではなくて現人神なんでしょう。

>・「天皇は日本に住んでいるが日本人ではない」
>…日本人って言い方からして法律の概念じゃないと思うんですが、

まあ、日本人が日本国籍を有する人という意味なら、一応判例では「天皇とい
えども日本国籍を有する自然人の一人(上掲最判の原審。)」なので日本人で
すな。

単に血統上日本人とかいうことならやっぱり日本人ですわな。
でもそれは、法的根拠にはならない。

>・「天皇は最高権力者。最高権力者のやることは犯罪にならない」

右翼の人じゃない?(^^;
きっと「統帥権の総攬者」なのでしょう。

>・「民法・刑法は天皇はそんなことをするはずがないという前提できている」

このくらいなら「理由になってないしそれ自体にも根拠がないけど必ずしも誤
りとは言えない」だけ「論外に誤り」よりはマシかも知れません
(でもまあ全く根拠ねぇからなぁ……。)。

……ああ、刑法はともかく民法の方は判例通説的には反してますね。
学説上は民事責任を認める方がおそらく通説なのは上でも触れたけど、上掲最
判の原審も裁判権はないとしつつ「天皇といえども……私法上の行為をなすこ
とがあり、その効力は民法その他の実体私法の定めるところに従うことにな
る」と述べているので、民法は天皇の私法上の行為に適用されます。
ってことは、判例通説では少なくとも民法については天皇は適用範囲外とは考
えていないということになります。

>…と続くのですが…(ため息が出ている人も多いと見た)

元々たかが知れていると思っているのでまるで期待してないから溜息は出ない
が、呆れて開いた口が塞がらない……。
あるいは、ある意味予想通りで苦笑い……。

# 半分くらいは予想できるところではある。
 正直言って私の知る限りネット上で一番まともな法律議論ができているのは
 fj.*.lawだ。
 無論変な投稿もいっぱいあるが、余所は大概変な投稿だけで終っている。

>これ、天皇は日本国の象徴、日本国民統合の象徴であることから、
>日本国の裁判権に服させられない(つまり手続法の問題)ってことですよね。

上記伊藤先生の見解は、免責特権を認めていると「も」読めるわけですが、な
らば実体法の問題だと思います。
「国会議員の免責特権」
(これは前の方で定義した「免責特権」とひとまず区別する趣旨。)
は手続法上の問題ではないだろう(*2)。

これが、単に手続法上の問題ならば、退位を認めた場合に在位中の犯罪となる
べき行為について訴追の可能性があるはずです(*3)。
しかし伊藤先生は退位後の訴追も認めない見解であり、これは単なる不訴追特
権ではなく免責特権と考えているからとも言えます(*4)。
でないと理論的根拠なさ過ぎ。

つまり、実体法上犯罪とならないと考えることもできます
(そうだとすれば、仮に起訴しても「無罪」となる。)。
この場合の、免責特権の法的性質は……、違法性阻却事由ではないんじゃない
のかという気がする。
とすれば、国会議員の免責特権とは性質が違う可能性もある
(なお、個人的には免責特権ではなくて不訴追特権か裁判権なしでいいん
 じゃないの?とは思いますが。
 退位後にも無答責とする必要はあるまい。)。

ちなみに、摂政(あるいは国事行為の臨時代行者たる皇族)は「在任中訴追さ
れない」だけで退任後の訴追は認めている(皇室典範21条、国事行為臨時代行
法6条)ので犯罪は成立することが前提で単なる不訴追特権でしかなく手続上
の問題です。

(*2)
もっとも、東京地判昭和37年1月22日は、「訴訟障碍」という表現を使ってお
り、「国会議員の免責特権」は一種の手続規定と捉えている様子。
なお、判決は無罪だったが、これはそもそも立証が不充分だったとか実質的違
法性を欠いたとかいう理由であって、当該行為が「国会議員の免責特権」の範
囲内かどうかの判断は不明。
一方、民事が問題となった札幌高裁平成6年3月15日は、違法性を問題にしてい
るのでこちらは間違いなく実体法上の問題。
もっとも、免「責」と言うからには本来は、違法だけど責任がないではないの
かねぇ。
刑法みたいに違法は客観、責任は主観ということを言わないからどちらでもい
いといえばいいのだけど、同じことを非議員がやれば違法になるわけで、人で
変るのは責任じゃないのか?という気はする。
もっとも、議員というのは単なる身分であって「その人」という個性の問題と
は別であるし(いわば違法身分。)、院外でやればやはり責任を負うので、そ
の意味では状況によって決る問題だから違法性の問題でいいのかも知れない。

(*3)
「国会議員の免責特権」の場合は在職中の該当行為について退職後に責任追及
を認めることはできない。
将来に渡って無答責としないと51条の趣旨は貫徹できないから。
だからこそ、免「責」特権なのではないか、つまり、「国会議員の免責特権」
も含めて免責特権は犯罪成立阻却事由と考える方が理論的にはすっきりするの
ではないかと考えるもの。

(*4)
退位後の行為については述べていないが、こちらは責任を問えそうな雰囲気。
即位前の行為の責任を退位後に問えるかという点もおそらく肯定するんじゃな
いかな。
在位中時効が停止するのかどうかは疑問だけど。

>上記の回答の中に、そのことをきちんと説明したものが1つも無かった時点で
>(「刑法」「民法」と実体法の名前しか出てこないあたりがねぇ)

って言うか、佐々木さんも述べているとおり最低でも皇室典範21条を出せ
よ、って感じですね
(ただし、皇室典範21条は根拠にならないとする説もあります。後述。)。
それと上掲最判を見れば、種々の点で間違いだらけなのはすぐ判ります。


以下参考。

杉原先生は、有斐閣法学叢書7「憲法II統治の機構」P508で、
「刑事責任については、皇室典範二一条が……と規定している。この規定や75
 条から、天皇も在任中は訴追されないと類推する有力な見解がある。しか
                       ~~~~~~~~~(すずき註。)
 し、賛成しがたい。不訴追特権は、……憲法上の明確な根拠を要する。天皇
 が象徴であるということは、天皇が象徴として機能しうる状態におかれなけ
 ればならないという要請も含まれていると解することによって、不訴追特権
 はかろうじて可能となると解される(象徴と刑事訴追が両立しないことは、
 実体的に象徴と犯罪が両立しないことを意味し、この点からも生前譲位の制
 度の創設や皇室典範16条2項の活用が必要となる)。」
と述べています。

これは、
 皇室典範21条は天皇「不訴追」の根拠とならない。
 天皇不訴追の根拠は天皇の象徴性に求めることしかできない。
と言っているわけですが、後ろの方の()内の記述からは、
 象徴としての機能を果たすことの担保として訴追を受けない。
 訴追を受けるような犯罪を犯した天皇は、象徴にふさわしくないものとして
 退位させることができるようにするかまたは皇室典範16条2項の「重大な事
 故」に当るものとして摂政を置くべきである。
 退位の場合は無論、退位しなくても摂政を置くことによって「象徴としての
 機能は摂政が代行する」状態にすれば天皇を訴追しても象徴としての機能を
 害することはない。
 つまり、天皇不訴追の根拠を欠くことになるから、天皇の訴追自体が可能と
 なる。
という趣旨を含んでいるように読めます(*5)。
とすれば、天皇であっても刑事訴追を受ける可能性はあるというのは理論的に
は成立ちます。

そもそも摂政の不訴追特権自体、
「摂政に重大なる事故ある場合は、更迭できるのであるから、摂政が訴追さる
 べき重大な事故を起こした場合、当然摂政更迭が行われ……、新摂政が就任
 し、……国務渋滞の心配がなくなったのであるから、前摂政に対して訴追が
 行われることになる。」(日本評論社「別冊法セミ 基本法コンメンタール
 憲法[第三版]」P.24三段目)
と指摘のあるところです。

ちなみに、その後に、
「摂政訴追禁止の意味は右のようなものに過ぎないからこの規定(皇室典範21
 条のこと。すずき註。)から天皇の刑事無責任を類推することは(……)到
 底不可能であろう。」
と続きます。

つまり、
 摂政と言えども更迭により実質的には訴追を受けることになる。
 ならば、皇室典範21条は、実質において摂政不訴追を保障する役にはほとん
 ど立たない。
 そのような規定を根拠に天皇が刑事無答責と言うのは、無理がある。
ということ。
しかし、そうだとすれば、天皇の刑事無答責は単なる不訴追特権に止まらない
ということが前提になるのではないかと思いますが。
単なる不訴追特権ならば、摂政の不訴追特権としょせん同程度の不訴追特権し
かないと考えれば、別に「無理」ではないですから。
ただし、「実質的に無答責でない」ことになりますけど。


(*5)
いや、実際には含んでいないだろう。
単に、訴追を受けるような犯罪に当る行為を犯した天皇は象徴たる地位にふさ
わしくないから退位させられるようにするかそうでないなら摂政を置いて事実
上退位したと同然の処遇をすべきだ、と言っているだけでその後で訴追できる
かどうかは論じていないというのが本当のところだと思います。
だけども、そうであっても、訴追の可否に言及していないだけです。

杉原先生のように訴追の可否を象徴性から導く以上、法律上ないし事実上象徴
でなくなることにより理論的には訴追可能という結論を導くことはできます。
むろん、象徴性を根拠にしたとしても、
摂政を置いて国事行為を行わなくなってもなお象徴であることに変りはない。
象徴としての機能を果たすかどうかと象徴であるかどうかは必ずしも同じでは
なく、仮令象徴としての機能を果たしえなくなってもなお天皇である限り象徴
であることに変りはなく、刑事訴追は受けない。
と言うこともまた可能。

-- 
SUZUKI Wataru
mailto:szk_wataru_2003@yahoo.co.jp