> >問題が起きたときに水戸黄門や東山の金さんにたかることを考えている。
> 
> 水戸黄門や遠山の金さんが制作放映される以前の日本人の法意識って
> どうだったんだろうか……。
> ……まあ琴線に触れるものがあったからこそ受けたんだろうけど。

内の父(大正生まれ)や明治の頃の人の話を聞くと、「裁判にはかかわるな」
という答えが返ってくる。労多くして得るところ少ないとも聞いています。
また、裁判はあてにならないとか、時間がかかってお金がかかるとか。
今とあまり変わってないみたいですよ。(もっとも長野の田舎ですから東京等の
都会とは違うかも)

法意識:

多分なかったと思う。それよりも地域のルールや社会のルール分野でのルール。
それらのルールは、成文法のような法律ではない先輩から後輩へ社長から社員
へ、
長老から若者へ、みたいな生きてる中で自然に身に付けている「習慣性ルール」
(まつむら語)なんだとおもいます。
そういうのを法(律)とは思っていない。空気や水みたいなもの。でもなくては
社会が
回転しない。

まつむら