その眞紀子節も、相変わらず、声が大きい。
 その占領軍の叡智を連呼して、その被占領民の便乗の狡知、なきがごと。その異国の神々を崇め奉るも結構なれど、その怒れる神に、自分の親父が切り捨てられた歴史の事実を、忘れては、なるまい。
 勿論、その60年前の政治決着、その妖怪の孫にも、異論はない。その妖怪も、その叡智で、A級戦犯を免れたのだから。しかし、時代は変わった。そもそも、そのA級戦犯を、永久とする方便そのものが、問題化。
 やはり、永遠の叡智なんて、神懸かりは、ない。
 さて、歳も歳だし、民主党のジャンヌダルクには、無理なこった。
 なんだが、年末の紅白歌合戦を、見てる、みていだな。
 これも、一郎ちゃんの演出、だべさ。 

"村上新八" <shinpa@cronos.ocn.ne.jp> wrote in message 
news:eg424e$9r7$1@news-est.ocn.ad.jp...
>  5日の衆院予算委は安倍にとっては魔の日であった。安倍は、日本の侵略戦争の侵略性も、極東軍事裁判もA級戦犯の犯罪性も、朝鮮人の慰安婦強制の不当性もすべて「当時としてはやむを得ないもの」という歴史観を持っている男だ。
>  「歴史の正否は、その時代の視点で見つ直すべきだ」という安部の主張がこのことを裏書しているのである。
>  安部はこの考え方が、今日の時代にそぐわない、ということも分かっている。だから、それをぼかすために、村山談話や河野談話を「閣議決定した歴史的事実として継承する」とか「歴史の審判にゆだねる」と言う言い回しで、自分の意見は違うことを、と匂わせるやり方で誤魔化してきたのだ。
>  ところが、5日の予算委で、「個人としての意見はどうか」と迫られて、「認めます」という心にもないウソを言わされてしまったのだ。安倍としては、誠に心ならずもの心境であろう。
>  これは、ひとえに、中韓との主脳会談を控えて、彼らが耳を欹てて、この問答を聴いているのは分かっているから、自説を強調することはまずい、と思ったからである。
>  「ぶれない安倍」が大ぶれしたのだ。
> 新聞論調では、安倍が「歴史観について、政治家は軽々に言うべ゜きではない」と言うのは怠慢、無責任だ、と言っている。が、単に、じいさんのA級戦犯岸信介に汚名を着せたままにしたくない、というのが安部の本音なのだ。こういうつまらない「身贔屓心」を政治に持ち込む小もの政治家なのだ。
>  村上新八