古寺です。

SHIMADA,makoto さんwrote:

>     はい。急行の趣旨は文字通りスピードですが、特急は本当
>    に「特別な急行」で、スハ44系までの時代はともかく、それ
>    より後は「特急用固定編成車両」を使用することが前提でし

スハ44系より前の段階では、そもそも一、二等級で編成されていた
もの→三等特急の登場(速度差はそれなり)という時代を経て、戦後
三等が当たり前に連結されるようになるに当たりその設備が他の速
度の列車と同じで良いか?と考えられるようになったってところなん
でしょうかね。当時の特急に乗る階層にとっては、三等特急などと
いうもの自体が「遜色」扱いされていたんじゃと思われますが。
「替えだま」の前期がBOXでも特急は特急とされ、定期「かもめ」の
存在とも整合が取れていたあたり、電車、ディーゼル特急の登場が
設備レベルを考えた特急のレベルを固定化したってところなのでしょ
うかね。

>>(幸いエンジン無しのオハフ13が最後尾で特にガラガラで)。
> 
> 
>     う〜みゅ。やっぱりお若い ...(^^; 私が乗った時は旧型客車
>    で、臨時急行の自由席なんてガラガラだろう、という目算が
>    見事に外れて、席には何とかありつけたものの、窮屈な思いを
>    しました。

いや、御存知の通りお若いんですけど(^^; ここでの判断としては、
青森から延々走って来る急行へ、首都圏近郊(といっても、3時間圏
だったか)での途中乗車ってことの警戒も有って指定を取っていた
のです。情報としては、'77か78あたりの当時は、定期は混んでい
て臨時は空いているから利用してというPRを散々行われていました。
これを疑って記した通り指定を確保したのですが、後ろ向き通路側
しか無く、指定席車はビッシリ満席。それに対して自由がガラガラ
で肩すかし...というのが、このケースを皮切りに何度か体験しまし
たね。
個人的には、PRが徐々に浸透して臨時と定期の平準化が進んでいく
傾向に有ったと思うんですけど、当時から5年先くらいまでは客車に
限って臨時の方が車両が良いケースが多かったですからね。もうちょっ
と乗ってると思ってたんですが、朝方仙台あたりまでで降りちゃっ
たのかなという印象でした。指定の方が混む傾向として、どうも一
般には始発乗車か途中乗車かではなく、乗車時間の絶対値で決めら
れる傾向が有るように思えます。新幹線なんか、東京からの下りが
「始発で並んで行けばいいや」指向がもっと強かったら、指定席の
設定を根本的に考えなければならないかも。
それましたけど、一番長時間並んだ自由席って'82頃の「鳥海」かな。
昼前にヨドバシへ買い物へ行き、大回り(逆回り^^;)で昼過ぎの上野
の高架下ホームを覗いたらもう、鳥海自由席の場所に並んでいる親
子が。驚いて支度ととのえて出直してきたのが16時頃でしたが、状
況はほとんど同じ(^^; 最終的に、卓球かなんかの遠征に行く女子高
生の大量乗車が有って満席になったんですけどね。'80以降は均一周
遊券類で遠出が増えたので、急行自由席の比率がかなり上がりました。

>>>    同じく近郊型のキハ47やキハ48で運転されている
>>>    〔つやま〕が代表例でしょうか。
>>
>>前後者で、かなりグレードが違いますけどね。
> 
> 
>     そうですね。キハ48なら「現代版キハ26」って感じ
>    でしょうね。

ここの「前者」は「かすが」キハ75のつもりだっかと。