! "<3fafa253.1212%mac-in@mx8.ttcn.ne.jp>" という記事で
!     Mon, 10 Nov 2003 23:36:03 +0900 頃に mac-in  さん は言ったとさ:

> mac-inです
> <boid26$826$2@film.rlss.okayama-u.ac.jp> において
> KGK == Keiji KOSAKA さんはお書きになりました。

>> > "mac-in" <mac-in@mx8.ttcn.ne.jp> wrote in message
>> > news:3fa31ae2.1144%mac-in@mx8.ttcn.ne.jp...
>> >> だって、電車の中の向かい側の席で使い始めた携帯電話のせいで胸
>> >> が苦しく、心臓が痛くなった、というペースメーカー使用者まで現
>> >> れるんですから。(これは心理的なもの)
>> 
>> >  心理的なものも充分「被害」の範疇でしょう。
>> 
>> っつうか、この場合は、心理的な原因で起こった「身体的被害」では?

> 何故に被害?と思ったんですが、最初の私の書き方が不適切でし
> たね。括弧内。「本人の」心理的なもの、と書くべきでした。

これで、何が適切になるのか、よくわからない。
そのペースメーカー使用者の心理的なものであることは文脈上明らかだし。

> 被害というからには、害を加えた他者がいるはずですが、
> (自然災害の被害など、他「者」じゃない場合もありますが)

ここまで理解しときながら、何故、害を加えた他者がいるかどうかで「被害」
と言えるかどうかを決めようとするんでしょう?

> この場合携帯はペースメーカーには物理的影響を与えていませんし、
> 正しく理解しているペースメーカー使用者ならそんなことにはなり
> ません。自分が誤った理解をしているために、携帯を使用するのを
> 見たら心臓が痛くなる人、なわけです。

正しい理解することと、心理的に納得することは別物です。
そのペースメーカー使用者の問題は後者の欠如です。

例えば、尖端恐怖症の人は、尖端が自分に接触しないかぎり危険はないことを
正しく理解できますが、心理的に納得できてないわけです。
そういう人に尖端を近づけるのが正しいかって問題と同じ構造ですね。

> 自分の間違った知識と、自分の心理が引き起こしている症状に関し
> て、他人が責任を取らされるいわれはないでしょう。

その他人に故意または過失があれば、責任を取らされるのが当然でしょう。

> ということで「被害」と呼ぶには不適当です。

他者に責任があるかどうかと、「被害」と呼ぶのが適当かどうかは、何の関係
もありません。

# もっとも、mac-in氏定義の「被害」なら関係あるでしょう。
# 当然、私は辞書的な意味で「被害」を使ってますが。
-- 
KGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGK
KG  KGK (life name: Keiji KOSAKA), Dept. of Phys., Okayama Univ.        K
KG kgk@film.rlss.okayama-u.ac.jp http://film.rlss.okayama-u.ac.jp/~kgk/ K
KGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGKGK