> 「実験裁判」というものがどういうものかはぼくには分かりませんが、もし公的機
> 関である裁判所がやるものならば、後々何かと問題になるといけないからではない
> でしょうか?実際にそれと同様のあるいは似たような裁判が為された場合に、先に
> 実験として為された裁判との違いを突かれたり、不必要なもめごとを惹き起こす結
> 果にもなる、こう言う趣旨も含まれているのではないかな?

裁判がきちんとなされているのか否か、実験してみることです。私の造語です。
判例と判例が矛盾することなど、多数あります。

 
> 「裁判が、ままならないもの」で有ることは確かです。公権的判断がくだされ、そ
> れに対する不服従には遠慮なく強制力が発動される。この裁判のあり方に関し、昔
> 大いに問題になったことが有ります。ぼくはそれを最初に親父に聞いたのですが、
> 大学でもちらっと聞いたことが有ります。それは、「偏向裁判」ということで一時
> 新聞紙面をも賑わしたそうです。青年法律家協会と言う若き弁護士の集まりが一部
> の裁判官の裁判は偏向していると批判したのがその切っ掛けでした。今ではそんな
> 面影は見ようにも見れませんね。

まだ、残っているような。
あの組織も最初はまともだったのですが、途中からセクトに乗っ取られた感じで
す。
> 
> 弁護士と言うことではなくニュースグループでそういうことが沸き上がるのもおも
> しろいかもね。(笑い)

それがいいですね。
それがインターネット時代の社会的新機能のきがします。

まつむら