佐々木将人@函館 です。

例によって説明の都合上、引用順は変えてあります。

>From:Ryusuke Miyamoto <miya@easter.kuee.kyoto-u.ac.jp>
>Date:2004/06/21 02:06:43 JST
>Message-ID:<sylekoa5fbw.wl%miya@kirika.org>
>
>体育会系の一部のクラブや一部の会社ではこのような全裸を
>強要する行為が行なわれているようで、そのような行為は一
>般的に何らかの法律に抵触するのかどうか?

民事上の責任の話と刑事上の責任の話とは
本来分けて考えなければならないのですが……。

民事上の責任の話は結局
「不法行為による損害賠償責任の有無」になってしまいますし
不法行為の要件が
 http://www.lufimia.net/sub/c1/civil/0090.htm 
で書いたとおり
「故意または過失による行為の存在」
「損害の発生」
「行為と損害との間の因果関係の存在」
「違法性」
であるところ
本件ではその全てが審査の対象となります。

前にも書きましたが
「強要」というのは評価をともなった言葉です。
「やりたくないのに無理矢理」というニュアンスが含まれています。
しかし「やりたくないのに」ということだけで「強要」と評価し
例えば不法行為の要件の1つである違法性があると判断するのは
これは短絡的な判断と言えるでしょう。

世の中のたいていのことというのは
メリットとデメリットが同居していて
おいしいとこどりができないものです。
たわいもないことで例示すると
「カップルでコスプレで来ると入場料9割引」なんて遊園地があったとする。
(どんな遊園地なんだ?)
でも彼女はともかく自分はコスプレ嫌いだ。
(どんな設定なんだ?)
そうすると
「コスプレで行けば彼女も喜ぶし入場料も安く済む。
 だけど自分は嫌なことをさせられる。」
「コスプレで行かなければ彼女が機嫌を悪くするとか
 入場料が高くつくとか心配だ。
 だけど嫌なことはしなくて済む。」
というあたりでメリットとデメリットが同居しているし
また複数の選択肢のどっちをとっても
一定のデメリットが存在している訳です。
だからと言って
「遊園地がコスプレを強要している」とか
「彼女がコスプレを強要している」とか評価するのは
これは常識外れと言ってもいいですし
法律上もそういう評価基準ははなから採用していません。

法律はたいていこの部分について
「社会通念」など「その時点で社会が一般的にどう考えているか」
ということを基準に採用するのが普通です。

で、この「社会通念」との比較の上で大事な部分が
「……を強要された」という評価なのではなく
「……しろ、さもなくば……するぞ」という部分なんですね。
明示されたか明示されなかったかは別として
そういうメリット・デメリットの具体的な指摘があって
はじめて法律をあてはめることができるのであり
一般化と言ったところで具体例を想起できない一般化というのは
意味がありません。
そしてメリット・デメリットで答が変わる以上
そこを捨象して
「一般的に何らかの法律に抵触するのかどうか」
に答えるのであれば
「抵触する場合とそうでない場合がある」
と一般的に答えざるを得ないのです。

そしてこういう事情も反映して
刑法ではもっと要件にしぼりをかけているのです。
他人に義務のないことをさせようとした場合
まっさきに考えるのは強要罪な訳ですが
強要罪の要件に「暴行・脅迫によって」とあるのは
暴行もない脅迫もないそういう形態で
「他人に義務のないことをさせようとした」
ことが本当に刑事罰を科してまで制圧しなきゃならないことなのか
そういう疑問からだと考えていいでしょう。

以上の次第ですから
「要求されたことをしない場合に何が起こるか」
というのが重要なのです。

そこで考えてみるに
職場におけるセクシャルハラスメントが結構問題視されているのに対し
それ以外の場所におけるセクシャルハラスメントが
職場におけるほどには問題になっていないことを検討するならば
(なおここでは環境型セクシャルハラスメントの問題は除いておきます)
「要求されたことをしない場合に何が起こるか」
についての答が
「労働条件上の不利益」であり
生活の糧を得るための必要不可欠の手段として世間が認識し
かつ代替が事実上困難であると世間が認識している
「労働」という点でのデメリットだという点が大きいんですね。
一方大学のクラブは少なくとも「労働」ほどとは見られていない
必要不可欠な訳でなければ代替が困難な訳でもないゆえに
同一には論じないこととなるんです。
(ですから「キャンパスハラスメント」という概念を主張する人が
 現にいるくらいでして……。)

この前提に論ずるなら

>| 商品先物取引は、すごく営業の世界が厳しく、なかなか契約を
>| とれません。そういう厳しい世界だから、研修の段階で、羞恥
>| 心をなくさせたり、会社への忠誠心を植え付けたりし、それが
>| 出来ない人間を排除する等の目的で、そういうことをするのだ
>| と後で聞きました。
>
>という目的で行われることもあるようです。人を会社が扱いやすい
>廃人にするために行なわれているような気がするのですが、このよ
>うな行為は法的にはどうなんでしょうか…。

これもこういう研修を実施すること自体で
違法か否かを論じてもしょうがないのです。
こういう研修に参加しなかった場合に例えば解雇することが
解雇権の濫用となるかどうかを論ずる訳ですね。
もしくは減給にするか
あるいは逆に参加したことを昇格昇給で有利に取り扱うことがどうか。

ちなみに解雇なら、まあ間違いなく解雇権濫用でしょうね。

>例えば会社において業務命令で全裸を強要された場合、それを拒否
>するためには会社を辞めるしか手段は無いのでしょうか?まあ、私
>ならそんな破廉恥なことを要求する会社には居たいとは思わないで
>すが。

端的に拒否すればいいでしょう。
拒否に対して身体的にどうこうすればそのことが
解雇とか法的手段をとればそのことが
それぞれ法的に許されるかどうかの話になります。

>体育会のクラブの場合も、そこに所属していなければ学連主催の試
>合への出場資格が得られなくなってしまいますが、試合に出場した
>ければ全裸にくらいならなければならないのでしょうか?

これも同じですね。
全裸の芸を拒否したことでクラブへの所属を拒否された場合に
はじめて法律上の問題になるのではないでしょうか?

>現状の法律では、上述のような状況に陥った場合の救済措置や、
>そもそも上述のような状況に陥いらせないような機構は用意さ
>れていないのでしょうか?

どうも「全裸になる・させられること自体が悪である」という発想に
とらわれているような気がします。

例えば銭湯では全裸になる・させられる訳でして
常にそのような状況に陥っておりますが
その場合の救済措置はありませんし
(内風呂……という主張はこの際却下します。)
そのような状況に陥らせないような機構もないどころか
保健所は「衣服を着たまま入るな」と指導しているところです。

そうではなく
「さもなくば……するぞ」という部分が問題なんじゃないんですか?
そこが法律上許されなければ
法律上はいくらでも対抗措置があり得ますし
法律上の問題でなければ
法律上の手段はないだけのことです。

以下傍論部分

>長年ではありませんでした。少なくとも、私を剣道部に誘った OB の人は
>そんなことは全く知らなくて、激怒していました。ついでに言うと、こん
>なことをするのは京大だけで、他校からはクレームが出ていたようです。
>まあ、女子も含めて数百人の面前でやっているわけですから当然でしょう
>が…。

だとすれば話が変わってきますね。

>あと、この論理が通ってしまうなら、体育会系では未成年に強制的
>に飲酒させたりしますが、これも警察の注意がなければ OK という
>ことになってしまう気がするのですが、そうなのでしょうか?

それは間違いです。

もともと強要罪であれば
「デメリットの部分についての社会通念からの評価」
がキーポイントになるということは上で述べたとおりですし
公然わいせつ系の犯罪については
前の投稿で述べたとおり
「一般人がどう感じるか?」
ということが構成要件の1つの要素となっているのです。
そして(どうも今回の投稿で違う事情とのことですが)長年行われていて
それが警察も問題にしていないようなのであれば
「一般人がどう感じるか?」
の点において、それほど問題視していないのでは?という問題提起です。

そして飲酒との最大の違いは
飲酒については未成年者飲酒禁止法があって
1条1項で20歳未満の者の飲酒を禁じているところ
「20歳未満の者」「飲酒」のいずれにも
「一般人がどう感じるか」などという要素は含まれていません。
(ぎりぎり言えば何CCの摂取をもって飲酒とするかという問題は
 あり得るかもしれませんが……。)

>程度で言えば完全にわいせつだと思うのですが、違うのでしょうか?

まあわいせつの方でしょうね。

>> ・目的からわいせつ性が否定
>
>恥をかかせて、それに耐えれるかどうかを見るのが目的だったよ
>うなので、「人をして羞恥嫌悪の観念を生ぜしむる」はあてはま
>るのではないかと思います。また、他校からクレームがきたとい
>う点からも、これに相当するのではないでしょうか?

そうだとするとこの要件否定されちゃいますよ。

というのはわいせつ系の犯罪の場合
「性的な目的」がなければ成立しないとされているからです。
復讐心で恥をかかすために女性を裸にした事案で
強制わいせつ罪の成立を否定した判例が現にありますから。

>> ・そもそも刑法上の「公衆」にはあたらない
>
>京同立の時はどのような会場でやったのか知りませんが、伝え聞
>く所によると他の機会に一般的な居酒屋で全裸になることも強要
>されたようです。これは公衆には相当しないのでしょうか?

居酒屋はoutの領域でしょう。

以下は法律論から完全に離れて私見を述べますが……

>一部の大学では体育会剣道部に入るには全裸に
>ならねばならず、試合に出れないような人が居たら可哀想だなぁ
>と個人的には思います。

私は全然可哀想に思いません。
それは
>6-7 年ぶりくらいに再開した
>にも関わらず、都道府県対抗神奈川県予選で準優勝したり、世界
>選手権日本代表の選手を圧倒したりできるレベルの技術が身につ
>いていて、今は博士課程で大学に帰ってきて研究しながら全日本
>選手権出場目指して楽しく練習できている
ってことが大学の体育会系剣道部の必要性に対する
アンチテーゼになっているからであって
それでもとこだわるのであれば
それは結局「メリット・デメリット」に対する
各個人の評価の問題に帰するのではないでしょうか?
可哀想と思うことは、その個人の判断に対する冒涜にもなりかねません。

そして大局的見地から言えば
もともとこの種の問題は法律より先に持ち出すべきことがあるはずです。
……みんながその部をやめればいいんじゃないの?
  OBがそれこそ先輩風ふかせればいいんじゃないの?
  そういう自浄機能が働かないところを守る必要があるの?

そしてその自浄機能の一環として
「法的なけんかの売り方ってないの?」
と聞かれたら
「全裸拒否して大会出場を拒否されたら
 大会に出場できる地位の確認を求める仮処分と本案訴訟って手はどう?」
くらいのアイディアを出すことは可能ですけど……。
一般には法的審査にはなじまないとされている領域ですが
出場できない理由が「全裸芸の拒否」なら
通る可能性がないとも言えませんし
その訴訟が起きた時点で次の何かが起こるかもしれませんし……。
(個人的には訴訟を利用し訴訟外の何かを要求するのは
 嫌いなのですが……。)

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Talk lisp at Tea room Lisp.gc .
cal@nn.iij4u.or.jp  佐々木将人
(This address is for NetNews.)
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ルフィミア「本当に本が出そうなんですか?」
まさと「なんか出そうな感じだよ。」