佐々木将人@函館 です。

まあタイトルどおりなんだけど……。

私の主張の骨子は
 http://www.geocities.co.jp/WallStreet-Bull/4496/project2/fjtest/0080.htm 
のとおりであるんで
以下の部分でも上記URIで述べた以上のことは言ってないです。
上記URIの文書を読んで納得した人はこの先読む必要なし。

>From:Keizo Matsumura <kmatsu@nr.titech.ac.jp>
>Date:2004/03/23 19:32:27 JST
>Message-ID:<4060123B.C1C31495@nr.titech.ac.jp>
>
>日本の裁判とは、果して「真実」が争われるところだろうか。

違います。

>しかし実際には、日本の裁判は、「真実」を発見するところではなくなってい
>る。

最初からそう。

>正確にいえば、日本の多くの裁判官には「真実」を炙りだす能力も識見もない
>し、
>そもそも真実を導き出そうとする意欲もないのである。

不要だもん。

>「そんな馬鹿な」
>誰もがそう思うだろう。

私はそう思いません。

>しかし、いつの頃からか、日本の裁判所は
>単なる「法廷ゲーム」の場に成り果ててしまった。

最初からそう。

>そこで争われるのは、驚くべきことに真実や正義ではない。本当の
>真実とはほど遠い、単なる「訴訟法上の真実」が法廷でのテクニック
>を駆使して争われているだけなのである。

最初からそう。

……たぶんこの本の著者は
  もしかしたら(一部)理科系の悪しき発想に
  どっぷりとつかってしまっているか
  「真実は1つでそれは必ずわかり得る。」というテーゼを
  単純にお気楽に信じているだけなのでしょう。

単純でもお気楽でもないことを証明したいのであれば
多くの人が納得する
「真実の見つけ方」
をきちんと確立してほしいものです。
……自分にはわからないけど裁判官たるものわかるべきだなんて精神論じゃなく
  自分にはわかる!という根拠のないものでなく……。
そしてその方法論に基づいた訴訟法体系の採用を
世に訴えるべきです。
……ちょうど神判(たとえば煮えたぎった湯に手を突っ込むような)を
  廃れさせていく過程のように。

ちなみにローマ法研究で有名な柴田光蔵先生は
(ある意味)私よりもっと過激なことを言ってますな。
「法格言ア・ラ・カルト」日本評論社p153以下
「一般的に、刑事裁判が真実のみを追求していけば、万事うまくいくというの
 はむしろ危険な幻想ではないだろうか?(中略)「真実さえ得られるならど
 のような手段をとってもよい」、「結果がよければプロセスはどうでもよい」
 という考え方はどう見ても人権尊重の法思想にあわない。」
またp155以下
「ところで、われわれは、「真実」とか「事実」をわりに簡単に口にするのだ
 が、法的な意味での真実とはいったいどういうものであろうか。人はそれぞ
 れに真実を心の中にえがいているが、それは、思いちがい、理解力不足、意
 識下の利益願望などによって曇らされたり、幻影であったりする。それに、
 人は、相手方に対しては、真実に反することでも真実として言い立てるタチ
 のよくない動物である。」

>少なくとも、世の中を法律がすべてだと思い込み、
>エリート意識や誇りだけに凝り固まった人間に、備わるものではないだろう。

これも訳わからん人の
エリート批判や法律家批判以上のものにはなってないですな。
「法律がすべてだと思い込む」人ほど
実は世の中はそうでないってことを知って
ろうばいのあまり
「法律がすべてではないと力説する」パターン。
……fjでもよく見られますし
  ゆえに
 http://www.geocities.co.jp/WallStreet-Bull/4496/project2/fjtest/0010.htm 
  で書かれてしまうパターン。

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cal@nn.iij4u.or.jp  佐々木将人
(This address is for NetNews.)
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ルフィミア「まさと先輩、今年もよろしくお願いします。」
まさと「振袖着れるようになったの?」ルフィミア「はい。勉強しました。」