もともとの予定では、4月29日に北赤湯を経由して秋田へ、5月1日に八郎潟へ、5月3日に献血へ、そして5月4日に再上京……と考えていました。しかし今日は悪天候。八郎潟行きは明日に延期します。洗濯とか、色々予定が狂うのですよ……。
陽灼け止めを塗って、サングラスかけて、レインコートの上だけ着て。朝から出発します。朝食ありませんので、途中適当なコンビニで食べる予定です。
PR15を通って北上。秋田大学前は八重桜が満開です。芳乃さくらより八重桜が(そのネタは前にもやった)。手形からみでんからは市道に入って、泉、水口、八柳、将軍野と抜けて行きます。
旧土崎港清水町に出ました。土崎の旧市街ですが、この道は羽州街道ではありません。少し北の交叉点で曲がって、羽州街道へ入り直します。
飯島三叉路から国道7号に出て(飯島の羽州街道も通ってみたいんですけど)、暫く北上を続けると、お馴染み万SAI堂の看板が出ています。……旧街道も通りたいんですよ!?
いくらなんでも追分を過ぎる前には朝食摂りたいよね、と思いつつずっと来てしまいました。サンクス秋田下新城中野店でようやく朝食です。この先、追分の手前には、ファミま! が1軒あるだけですよ……。
天王の道々は去年も走っていますから、さくっと飛ばして八竜橋。いよいよ八郎潟からの流出河川・馬場目川に到達しましたよ。あ、男鹿線のキハ40が通りました。男鹿線の橋梁は「八郎川橋梁」というようです。
船越水道は八郎潟からの流出河川ですが、八郎潟と日本海との標高差が最大でも1.26mしかないため、水面では流出しても水底付近では逆流が起こります。ですのでかつては汽水湖だった訳ですけど、現在の八郎潟は大潟村の広大な農地を潤す農業用水ですので、海水が入って来ては困る訳です。そこで船越水道の入口に「八郎潟防潮水門」を設置し逆流を阻止することで、現在の八郎湖は淡水湖になっているのです。
そういう用途を聞いたとき、では構造としては閉めっぱなしで、八郎潟からは越水するに任せているのかな……と想像したのですが、どうやらその通りのようで、水門部分で繰り返し越水している様子が見えました。動画はここに置けないようなので、このリンク → dscf5553.mov (11,676,864Bytes、6秒)
防潮水門を過ぎると、いよいよ八郎潟の脇を通るようになります。しかし大潟村はまだ遠い……。右に見える土地は天王の干拓池であって、大潟村は左の遠くに見える土地です。奥の山は湖東。
八郎潟の反対を眺めれば、こちらも広大な農地。まあ、これも八郎潟の外側を干拓したところだったりしますけどね。奥には寒風山、更にその奥に男鹿三山も見えています。
曙橋で船越川を渡河。船越川という名前は地形図に載っていませんね……。
魁橋で小深見川を渡河。これらの川は、八郎潟調整池へ右岸から流入する河川です。左岸は出羽山地の山々を控えているため中規模河川から大河まで様々ありますが、右岸は男鹿半島なので小規模河川しかありません。西部承水路を含めても、地形図に名前のある川は小深見川だけなのです。
八郎潟調整池と西部承水路(厳密には中央幹線排水路)の境、南部排水機場にやってきました。ここが男鹿市と大潟村の境でもあります。World Econo Move (鉛蓄電池や燃料電池を用いた省エネルギーカーレース大会)の看板が出てますね。明日からですか。
幹線道路は大潟村を縦断する方向に走りますが、私は内周を行きますので、堤防沿いの道……農免農道大潟西部線へ向かいます。ええ、この先、景色も変わらなければ補給も碌にできないって、判っていますよ。でも、「大潟村内周1周」というのは、私が初めて本格的なロングライドを始めた記念すべきコースなのです。今回はそれを再現するのです。
暫く進むと、でかいアンテナが見えて来ました。脇の施設を見るとNHKと書かれています。これはNHK秋田第2ラジオ送信所、AMラジオのNHK第2放送(774kHz)の送信所です。空中線電力は500kW、東北全域と北海道・北関東・北陸の一部をカバーしています。
更に進んで、八郎潟干拓開田記念碑を見付けました。昭和44年……もう50年近くになるんですね。
大潟村に入って以来、次に現れた湖外と繋がる橋。南西部の祝田橋です。その正面に、JA秋田みなみカントリーエレベータがあります……まだ「若美町」と書かれていますねえ。2005年3月22日に男鹿市へ編入された自治体なのですが。そう、これは、男鹿市(と潟上市)を管轄とするJA。大潟村を単独で管轄するJA大潟村とは別組織ですが、何故か大潟村の中に施設があるのですね。
何しろ風景が変わり映えしない、右は田植え前の農地、左は薄原というのが延々と続きますので、ゆるゆると走って行きます。……ん? 左の薄原の中に何やら舗装路面が見える? もしかして干拓堤防上の管理用道路でもあるの? しまったな、内周を通ろうとしているのに、もっとギリギリを通ることができるのか。この道、どこから入れるのか、戻って調べなきゃ。
5分ほど戻りました。H1取水口、即ち西部承水路から大潟村へ用水を引き込む口です。確かに、ここでは道路より取水口の側に整地された区画がありました。
で、ここから確かに堤体上の道が繋がっています……けど、周囲の植物が侵略してきていて、これはオブローディングになってしまいますわ。さっき見た所などは植物が少ないんでしょうけど、この道をずっと走るのは相当厳しいと想像されるので、諦めます。だってこれから何十km走ると思って?
大潟村を縦貫する県道42号と近接する出入口があります。県道側にゲートがあるので、内周路は特に何もありませんね。ここで県道へ移ると「総合中心地」という都市部に出、自然保護区の「南の池記念公園」、秋田県立大学大潟キャンパス、道の駅おおがたといった施設へショートカットできます。が、私はまだ内周路を進みます。
ここに来て初めて解説案内板が現れました。「八郎潟干拓堤防と農業用水取水設備」です。八郎潟の形成から干拓までの沿革と、西部を中心に取水設備を解説しています。干拓地は標高0m以下で湖水面の方が高いため、揚水の必要はなく暗渠にただゲートを設けているだけだそうです。
こんな標柱もありました……けど、ボロボロですねえ。ちなみにここ、県道自転車道線ではありません。
またまた解説案内板「国指定大潟草原鳥獣保護区と大潟草原野鳥観察舎」。総合中心地が近いためか、観光客の交通があることを想定しているということでしょうか。内周路の一番の需要は釣り客だと思いますが(実際何人も見掛けました)。なお、この解説では「かつて幻の鳥とされたオオセッカの繁殖が確認されたため〜」と書かれていますが、現在の大潟村ではオオセッカの繁殖はなくなっているようです。
第2の湖外出入りの橋、野石橋を通って来た県道54号と交叉します。……青看に47号と書かれていますが、47号は現在欠番です。いつから交換してないんだこれ。
ここで内周路を一旦離れ、県道54号に入って総合中心地を目指します。菜の花ロードへ行かなくても、ここでも菜の花眺められるもんね。
道の駅おおがたへやってきました。大潟村の内部では、総合中心地以外ではほぼ補給が不可能ですから、ここへは絶対に寄らなければならないのです。22年前は寄らなかったから酷い目に遭いましたしね!
でも微妙に時刻が早いので、何食べるか迷いまくったりして……。御土産を買うのもここになるしね。で、結局、屋台の「白神ネギ焼き」(500円)と、「米ぬかソフト」(350円)になりました。
さて、また県道54号を通って、内周路へ戻ります。
野石橋東詰から内周路へ入ります。
総合中心地を通り過ぎたところで農免農道大潟西部線は終わり、県道42号に合流します。ここから暫くは県道が内周路になります。
途中で五明光橋を過ぎ、大潟村の北端も近付いて来たところで、県道42号は端部へ向けてショートカットし、内周路はまた農免農道になります。農免農道大潟東部線……今までの大潟西部線とは違う道になりました。まだ西部承水路沿いなんですけどね。
そして、西部承水路と東部承水路の境にある、浜口排水機場へやってきました。ここでまたちょっとだけ県道42号と合流し、すぐまた大潟東部線が分離します。県道42号を北へ行くと、能代方面の出口です。築堤になっているため、橋としての名前は見当たりません。
ひたすらまっすぐ続く道。この付近の大潟東部線は南東へ向かっているため、正面に湖東の山々が見えます。
ただただまっすぐ続く道。望遠で撮ると、結構高低差があるのが判りますね。大体、用水路のあるところです。
……いーのかコレ(^^;;;
右を見れば寒風山。近くに建物や高い植物が無ければ、まったく遮るものが無くなるんですよね。
湖東で一番北にある橋は新生大橋。道の駅おおがたへ行く時に通った県道54号の続きです。渡ると鹿渡(山本郡三種町)、そして秋田自動車道琴丘森岳ICに直結します。
新生大橋の袂は植生が薄いため、湖東地区が良く見えます。右側に飛び出している山は、天瀬川地区の三倉鼻でしょうね。秋田郡と山本郡の境で、羽州街道のちょっとした難所です。
解説案内板「八郎潟干拓堤防と農業用水取水設備」。西部にあったのと同じ表題ですが、こちらでは東部承水路と八郎潟調整池における取水設備についての説明です。こちらでは干拓堤防に直接暗渠を設置せず、堤防を跨ぐ鋼管を通じてサイフォン方式で取水しているそうです。
湖東を代表する山と言えば森山。写真右の山です。奥で出羽山地に繋がっていますが、こちらから見ると独立峰に見えます。左は高岡山で、三倉鼻とこの山を結ぶ線が郡境です。
湖東南部の橋、大潟橋です。道は県道298号で、主要地方道ではなく一般県道なのですが、ここが秋田市を含む湖南・湖東から大潟村への主要アクセス路であり、かつ湖東地区の国道7号に対するバイパスとしても働いている、重要路線です。
なので観光路線としても働いています。菜の花ロードってここのことなんですよ。桜はもうほぼ終わってしまっていますが、1週間くらい前なら最盛期だったでしょう。
が……県道を跨いで大潟東部線を進もうとしたら、すぐ目の前で道路封鎖。車両通行止の標識が出ています。う゛、これは一体!? 22年前にこんなもの無かったよね、普通に内周を走った記憶しかないよ? 通ろうとして通れなくはないけど、ガード結構しっかりしているし……どうする、どうする俺!? 続くッ! ← これも古いネタだなあ……
取り敢えず交叉点の脇にあった公園へ。解説案内板「日本海中部地震による八郎潟干拓地の被害と復旧」が掲示されていました。そう、結構な地震被害があったんだよね。津波被害はここではあまり聞かないけど、防潮水門は越えたよね?
通行止を突破するかと考えなくもありませんでしたが、封鎖の理由がはっきりしない割にガードが厳しめなところを鑑みて、迂回することにしました。迂回といっても湖外に出るのは避けたいので、干拓地中心に向けて移動します。菜の花ロードです。
どうせ迂回するのなら、遠回りになるからと寄り道断念していたところに行っちゃいましょう。ということで、大潟富士へやってきました。干拓のシンボルとして造られた築山で、標高0m、比高3,776mmという狙った出来になっています。日本一低い山と主張していますが、築山であることや地形図に掲載されていないことなどから、他の主張者から無視され続けています。
……という筈だったのですが、今私の手元にある地形図(2万5千分1地形図「五城目」平成27年3月調整)には「大潟富士」と掲載されているのですよ。一体どういう心境の変化があったのでしょうか国土地理院? いずれにしても、これで「日本一低い山」としての名声確立まで一歩前進ですよ。
山の麓には、三等三角点「みゆき橋」があります。御幸橋というのは、すぐ近くで中央幹線排水路に架かる橋です。頂上ではなく山麓に三角点があるのは……三角点設置が造山より先だったから仕方ないですね。
山の脇には「八郎潟干拓記念水位塔」があり、解説案内板「大潟富士と八郎潟干拓記念水位塔」が設置されています。水位塔は、干拓前の八郎潟の湖面位置を示しています。
登頂に要する時間は15秒です(^^;;; 山頂では東西南北が示されていますので、東から右回りにぐるっと眺めてみました。北側に見える橋が御幸橋です。
ところで、東側に、お馴染みババヘラが見えていますね……はい、買ってきました。しかもここで、初めてのバラ盛り! うわーさくっとやって下さったものです。素晴らしい。
このババさんとちょっと話した中で、さっきの通行止について聞きました。要は重要性が低い道の割に抜け道として通る車が多いということで、村が道路整備にかける予算を削減したいがために封鎖した、ということのようです。ということは、自己責任で通る分には問題なさそうですね……でも迂回はするけど。
菜の花ロードを大潟橋方向へ、3kmほど戻ります。大潟橋まではまだ2km強ですが、ここに交叉点。……中間の交叉点はここだけです。農地1区画がそれくらい広いんですよ。
つまり、ここが大潟橋から先の大潟東部線を迂回する、一番近い道ということになるのです。ここをまっすぐ行けば大潟東部線の南部に出ることができます。そこから先を行けるかどうかは判りませんが……ここを進みます。
県道でも内周路でもないこの道は、基本的に農業関係者しか通らないであろう道です。しかし農地の中を抜ける道としては幹線でもありますので(他の道は全部行き止まり)、それなりの整備は施されています……と言っても流石に今までと比べると難がありますね。
二等三角点「辰子」を過ぎて暫く先、農業施設のある付近で、舗装が切れてしまいました。もうちょっとで大潟東部線に到達しますので、突破します。
八郎潟調整池の北岸で、大潟東部線に復帰します。やはり通行止の看板が出ていますが、まともな封鎖をされていないこと、そして通行止の理由が明示されていないことから、自己責任でこのまま通ります。実際、目の前で自動車が通って行きましたし(小さく写っています)。
植生に埋もれるようにして、文字が掠れて消えかけているデリニエータがいくつも見受けられます。「秋田県」と書かれているんですよねえ……農道は、建設を都道府県が行うことはありますが、完成後の管理は市町村が担う筈なので、「大潟村」と書かれていなければおかしいんですが……ここ、県道だったことがあるんでしょうか?
「八郎潟干拓堤防最終締切地点」という標柱が立っていました。おお、記念すべき土地ですね。目の前の築堤がそうなんでしょう。しかしこれ、観光地化してしかるべきじゃないでしょうか。せめてここまでに見た解説案内板を立てるくらいしては。
最後の排水路(この後で中央幹線排水路がありますが)を跨ぐところで、正面に起点となった南部排水機場が見えました。ここも通行止の看板が出ていますが……もうすぐ大潟東部線も終わりですよ。
南部排水機場に戻ってきました流石にここのゲートは、大潟橋のところに匹敵する強固さになっていますね。脇を通ってよっこらせ。これで八郎潟内周一周、完遂です。
八郎潟調整池を大潟村から見ることはできませんでしたので、南部排水機場の先から眺めます。遠くに防潮水門の背面も見えますね。
では、往路でも通ったこの道で、船越へ戻ります。
八郎潟調整池に鴨が居ました。……いや、これは、鵜!?
八竜橋を渡って、天王を抜けて、国道101号に出たところで、ローソン天王上江川店にて久々の補給です。道の駅おおがた以来ババヘラだけで、糖分不足していますからね。
左手に潟上市役所新庁舎を望む蒲沼交叉点。左が往路で通った追分方面の旧道ですが、復路では右、県道56号を行きます。22年前も復路でこちらを通ったのです。
この道、旧道と分岐してすぐ砂丘を乗り越え、海岸部を通ります。22年前に通った時は、開通はしていましたがまだ未舗装で、日没して真っ暗なのに交通量が多い中をガタガタ言いながら、猛烈な向かい風に抗って走りました。もう、ロングライダース的泣き言が出た最初の旅だったんですよ。
左に曲がると添川……どーいうこと? 添川って上旭川の添川? 随分遠いよ? それとも他に添川があるの?
PR56は秋田港の岸壁にぶつかってカクっと折れます。この付近は港の北端で、秋田北港と称されます。
県道クランクの内側にあるのは秋田製錬の飯島製錬所。DOWAグループの傘下企業で、亜鉛の生産量では日本国内の3割を占め第1位、世界でも第10位です。
その秋田製錬の門の脇に、線路が来ていて車止めになっています。これは秋田臨海鉄道の北線の終端です。この部分は元々使われていなかった筈ですが、多分延伸計画があったんだと思います。
少し先へ進んで振り返ると、柵で塞がれていますが分岐の跡があります。2008年まではここから秋田製錬の専用線が伸びていて、小坂製錬から輸送されてきた濃硫酸を搬入していました。
新城川を渡って少し先に700mくらいの直線区間があり、そこだけ複線になっています。ここが秋田北港駅です。現在、発着する便はありません。
看板の文字が消されていますが、Googleストリートビューによると「JX日鉱日石エネルギー(株)秋田油槽所」と書かれていたようです。この奥の多分右側に中島埠頭駅があるのですが、近付けそうにありません。
もう少し進むと、広いコンテナヤードが見えて来ます。ここは秋田港駅の一部の筈ですが、もうちょっと中心の方へ行ってみます。
気が付けば、バベルの塔……もといセリオンがすぐ正面に見えていました。ここもまともに来たこと無いなあ。セリオンリスタには行ったことあるけど。
ということで秋田港駅。秋田臨海鉄道の起点で、ここから北線と南線が伸びます。同時に、土崎駅から分岐する奥羽本線貨物支線の終点でもあります。明治40年の開業当初は雄物川荷物取扱所、後に大正8年から雄物川駅として貨物輸送を担い、昭和19年に秋田港駅と改称して現在に到ります。八橋油田の衰退、鉄道貨物の衰退を受けて輸送量は低下していますが、今も秋田臨海鉄道南線は現役であり、日本大昭和板紙の段ボール原紙などを輸送しています。
秋田港駅はPR56から1本入ったところにあるので、そっちの道を走っていたら……あ、旧佐原商店じゃないですか。ここだったんだ。
すぐ先にある踏切は、今回唯一の秋田臨海鉄道南線。ただ、工事しているようですね(反対側には作業員も居た)。
朝の追分三叉路以来となる国道7号を土崎臨海十字路で跨いで、新国道に入ります……が、自衛隊前から左折して、朝も通った将軍野・外旭川の道を行きます。新国道は交通量が多い上、最後に一方通行逆走か結構な登り坂が生じてしまいますので。
この道を泉まで走ると、天徳寺があります。久保田藩主佐竹氏歴代の菩提寺であると共に、私の家にとっても檀那寺です(母方)。総門は、佐竹氏が秋田へ転封された直後に建築されたもので、1624年、1676年の火災を免れてそのまま残っている、最古の建造物です。
更に旭川を渡って手形に入ると、すぐ傍に旧秋田藩主佐竹氏別邸(如斯亭)が……って、あれ? 工事中。来年6月まで庭園修復工事だそうで。はて、だからまともに見た記憶が無いのかな……。修復中と言うのを認識したのも今が初めてなんですけど。いずれにせよ、本拠地のすぐ近くにある史跡なんですから、いずれちゃんと見たいものです。修復完了したら一般公開されると聞いていますから。
本拠地近くのコンビニで少し補給物資を買い込んで帰宅。ギリギリ、陽のあるうちに帰れました。その点も22年前とは違って、比較的良い旅になりましたね。
時刻 | 場所 | 標高 | 走行時間 | 走行距離 | 平均速度 | 最高速度 | 総走行距離 | 獲得標高 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
07:25 | 本拠地 発 | 8m | 0.00.00 | 0.00km | 0.0km/h | 0.0km/h | 8,215.9km | 0m |
08:06 | サンクス下新城中野店 → 08:25 | 6m | 0.33.16 | 13.00km | 23.5km/h | 36.4km/h | 8,228.9km | 34m |
09:18 | 防潮水門 | -1m | 1.13.54 | 29.61km | 24.1km/h | 〃 | 8,245.5km | 58m |
09:43 | 大潟西部線 | -2m | 1.28.04 | 34.44km | 23.4km/h | 〃 | 8,250.4km | 72m |
10:41 | 道の駅おおがた WC 白神ネギ焼き(500) 米ぬかソフト(350) → 11:35 | -6m | 2.10.09 | 49.91km | 23.0km/h | 〃 | 8,265.8km | 88m |
12:03 | 大潟東部線 | 0m | 2.33.33 | 59.04km | 〃 | 〃 | 8,275.0km | 96m |
13:48 | 大潟富士 ババヘラ 千葉冷菓(200) → 14:00 | -1m | 3.53.33 | 88.43km | 22.7km/h | 〃 | 8,304.3km | 122m |
14:47 | 南部排水機場 | 5m | 4.28.06 | 100.30km | 22.4km/h | 〃 | 8,316.2km | 140m |
15:20 | ローソン天王上江川店 WC → 15:45 | 9m | 4.54.44 | 108.68km | 22.1km/h | 〃 | 8,324.6km | 164m |
17:38 | 本拠地 | 12m | 6.14.48 | 135.17km | 21.6km/h | 〃 | 8,351.1km | 214m |
朝、父と一緒に庭木の剪定をしていた時は、何でもなかったんだけどなあ。
10時すぎに家を出て、徒歩で中通へ。アトリオンで献血です。今回は3月や4月上旬のような臨時帰省ではなく定期帰省、正月から4ヶ月経っていますので、400ml献血が可能なのです。陽射しが強くて汗かきながら行ってきました。
が、問診と血液検査を受けた結果、白血球値に異常があると言われて不適格になってしまいました。昨日運動したと言ったら、そのせいかもしれないと言われましたが……うう、昨年8月からの400ml献血3回分スタンプカードがあって、今回で達成する筈だったのに。今を逃すと次はそれこそ8月になってしまって期限ギリギリだから避けたかったんだけどなあ。体調はどうしようもありません。
ということで献血せずに退出し、コンビニでちょっと小銭を作って、与次郎稲荷神社を参拝してきました。今回は426(ヨジロウ)円納めたりして。
そして帰宅しましたが、どうにも暑さが退きません。昼食後に体温計ってみると……38度突破してました。気温が高いんじゃない、体温が高かったんです!?
そのまま寝床へ直行し、あとは1日中寝てました。体温計だけ持っていって、頻繁に計測して。でも全然下がらない……。夕食は平気な振りして食べたけど、体力回復には到らなかったようで。寝るといってもぐっすり寝ることはできず、実際30分毎に体温計っているような状態で。最高で40.9度まで出ました……
半日以上休んでいる訳ですが、体温は平熱になりません。けど今日は再上京しなければいけません。折角工夫した切符が無駄になるし、明日のコミティアに行けなくなるし、連休の残りで予定していた静岡行きができなくなるし。
とは言っても、体力が落ちているのはどうにもなりませんから、当初予定をどこまで完遂するか、どこからは諦めるか、考えなければなりません。検討した結果、「今日再上京する、けれどホ○○○は輪行せず置いて行く」「明日のコミティアは東京で様子を見て行くかどうか判断する」「静岡行きは諦める」としました。ホ○○○はヤマト便で送ります。これならまだなんとかなるでしょう。
そんな訳で、秋田駅から出発します。改札脇のNewDaysでポカリスエットを買っておきます……脱水症状を起こさないように。
おや? 標準軌ホームに701系5000番台が入っていますよ。珍しい。何かあったっけ。
まずは特急いなほ8号(E653系1000番台)です。経路重複せずになるべく長い片道乗車券を作るため、羽越本線を通るのです。これで新潟まで。4時間近くかかるのよね。宮名トンネルを確認するくらいの余裕はありました。
新潟駅からは上越新幹線。在来線特急と新幹線を乗り継ぎますので、在来線特急の特急券が半額になります。微々たるものですけど。
お約束の武蔵浦和。上りで日中にここを通るのは珍しいですね。
大宮で切れている連続乗車券ということもあり、東京駅でも三鷹駅でも自動改札を通れませんでした。あとはバスで前線基地復帰。夕食はお弁当(と薬)を買いました。
1週間空けていれば、届いているものがいろいろあるわけで……。まずポニーキャニオンショッピングクラブより、
以上到着。いよいよくれは以外の現役魔法少女達が登場しますよ、どんな子達なのでしょうか。あ、はがねは同人CDで既に登場していますけど。
amazon.co.jpより、
以上到着。ふむ、もしかしてマニホールド空間を再現することができますかね?
最後に、ものくろーばーおんらいんしょっぷより、
以上到着。これが連休前に届いていれば、これ着て北赤湯や大潟村へ行きたいところだったんですけどね。
と、いうところで、雑に夕食を摂って寝ます。結局また体温が38.4℃くらいまで上がってしまいました。
帰宅がまだ日中でしたので、薬を飲んで寝ていましたが、そうしたら夕食食べるのも億劫になってしまいました。結局、買ったお弁当は明日の朝食にするつもりでそのまま放置し(流石にそれ以上は傷む)、完全に寝てしまいました……
バスで武蔵境駅、中央本線休日快速(E233系0番台)で新宿、埼京線・臨海線直通各駅停車(E233系7000番台)で国際展示場。COMITIA116にサークル参加です。今回、初めて自力でサークル監督メンバを召喚したのですが、自分の体調の悪さから出発が遅れたため、合流に失敗してしまいました……
しかしまあ、体調不良とは言っても、昨日一昨日ほど身動きが取れない訳ではありません。荷物を減らしたこともあって展示用具が最小で、ポスターなどが無いという状態ですが、設営も運営も(遅くなってからの)買い物もちゃんと普段通りにできました。お隣はブローアウトさん。主催のサメハルさんとは最近ちょっとお話する機会がありましたから、ここきて隣席になれて光栄です。八郎潟一周のポイントをお話ししたりとかね。
以下、戦利品リスト。
以上、総支出は9,300円(検算OK)。
今回、東京都編と2日目編は増刷していました。東京都編は奥付以外変更無しの純粋な増刷でしたが、2日目編は初めての増刷ですので改訂版です。あのどーしよーもない誤植を始めとして数箇所の誤字修正と誤記修正、そして写真が無かった頁に後年の写真をいくつか追加しています。……で、つまり、会場に2箱到着しているので、それを抱えて帰るのは困難です。宅配便に出さなければなりません。閉会後の宅配便って超大手サークルなんですよねーーーー!! 40分くらい並びましたわ……。少しでも時間を短縮するため、着払にしておいて正解でしたわ(大差ない?)。
元気なつもりではいましたけど、昨日が昨日ですので、万全を期して、打ち上げは辞退してそのまま帰りました(途中までX_7さんと一緒)。臨海線・埼京線直通各駅停車(E233系7000番台)で新宿、中央本線休日快速(E233系0番台)で武蔵境、以下バス。
バスで吉祥寺、中央本線休日快速(E233系0番台)で御茶ノ水。ヒロセテクニカルにて、
以上を購入。φ2.5mmモノラルミニプラグはCMTケーブルのリモート端子を作るためのもの、他はCMTケーブルを更にICレコーダやPCに接続するための変換機を作るためのものです。φ3.5mmステレオミニプラグが2つ必要なんですけど、品切れ……。モノラルミニジャックも色違いが欲しいし(黒しか無かった)、どうにも上手いこと揃いませんね。
BEEP秋葉原店にて、
以上購入。MSXロマンシアを買おうかどうしようか迷いましたが、MSX1用しか無かったし高かったし、どうせならファミコン版は説明書が無くて理解できなかったドラスレファミリーを、と思ってみました。Windは、PC版を持っていますが、このテの作品の常でコンシューマ版に追加要素があるもので。200円+税と安かったし。……うあ、前の持ち主、吸引者だ(煙)。
御茶ノ水から中央本線休日快速(E233系0番台)で武蔵境。イトーヨーカドーで食糧や雑貨を購入しつつ、バスで帰宅。移動中にPC-6001mkIISRの説明書を読むという、傍目に面白い1日でした。
amazon.co.jpより、
以上到着しました。で、
1〜3巻重ねて立てました(^^) 宮越さんと2巻の時にそんな話になったもので、ついやってみたくなりまして。これ、2段ならまだなんとかなりますけど、3段はかなり難しいですね。「かろうじてバランスを保っている」程度の段の上にもう1段載せるのでは駄目で、完全にバランスを保たせなければなりません。