9回表[8]

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◆２１：５０　９回表　十番高校の攻撃

> レイ　「…是人所有諸罪業障悉皆消滅、當得總持陀羅尼門、辯才…」





　イギリス帰りの四葉では、判らないのも無理は無い。しかしこの
レイと真正面から対峙した千影はこれを耳にし、密かに汗をかいて
いた。そのまま、今度はボールを放る前から「囁き」のフィールド
を張り巡らせ、レイに言った。いや、「伝えた」。





レイ　「…如小許金剛、墮於地上、即能穿入、其地雖厚、不能留…」
千影　『・・・ほう。陀羅尼、ですか？　レイさん。』





　通じた！　ニヤリ、と笑い、唱える陀羅尼を止めずに、応える。





レイ　「…雖未誦持、但得聞此真言音聲、一經耳者、即能熏其賴…」
　　　『漸く通じた。貴女のチャネルを捕まえるの、苦労したわ。』
千影　『もう私のフィールドはあなたに接触しています。陀羅尼を
　　　　止めても通じますよ。』
レイ　『そうさせて頂こうかしら。実はこれ、碌に覚えてないのよ』
千影　『半出来の陀羅尼で、これですか。凄い人だな・・・』
レイ　『貴女のフィールドがあればこそ、よ。第一、貴女だって碌
　　　　に真言も唱えず、こんなフィールドを張れるじゃない？　』
千影　『なに、ちょっとした小道具を使っています。その御蔭です』
レイ　『やっぱり、球場周りにあった紅白の蝋燭提灯？』
千影　『・・・こうもあっさり見破られるとは。矢張り凄い人だ。』
レイ　『大丈夫よ、この打席が終わるまでは誰にも判らないわ。尤も
　　　　打席が終わり次第、私が消して回るけど。』
千影　『あぁ、そうして頂ければ助かります。なにせ高価ですので』
レイ　『喰えない子ね(笑)。』





　しかしこの会話は、一切誰にも聞かれる事は無かった。キャッ
チャーの四葉ですら、ぴたりと静止したままに微笑みあう二人を
無気味に思ったほどで、他のものの印象も押して知るべしだった。
勿論、３塁側ベンチも。頓狂な声を上げて、先ずは夜天が驚く。

夜天　「ラウディヴ・ボイスぅ？」
星野　「聞いた事、あるか？」
大気　「いえ、全然。それ何なんですか？　亜美さん。」
亜美　「オカルト現象の一種よ。誰も居ない野原や森の中に一人で
　　　　居る時、誰かの声を聞いた経験は無い？」
星野　「・・・一人になった事って無いしな。いっつも３人。」
亜美　「そう。これがラウディヴ・ボイス。なんでもテープにだっ
　　　　て録れるそうなんだけど、私も聞いた事が無いからこれは
　　　　伏せます。兎に角、自分ひとりしか居ないところで誰かの
　　　　声を聞く。そしてそれが今回の『囁き』の正体。」
大気　「ちょっと待って下さい、論理が飛躍しすぎです。第一、こ
　　　　んなに人が大勢居る中で、何が『誰か』ですか？」
亜美　「慌てないで、最後まで聞いて。このライディヴ・ボイスの
　　　　正体は簡単なの。要はバックグラウンドノイズによる一種
　　　　の催眠。全くの無音ではない静かの空間で、雨だれや鳥の
　　　　声のようなスタッカート音ではなく、小波や葉ずれの様な
　　　　短調な音だけを聞き慣れた時、人の脳はその音の中に意味
　　　　のある音を見つけ出そうとして、記憶や思考の中から検索
　　　　した言葉をあたかも他人の声の様に呼び出してしまうの。」
星野　「つまり、本人の錯覚・・・？」
亜美　「だからこの声はその人以外決して聞こえない。また、その
　　　　本人が最も意識している記憶になり勝ち。今回のは、それ」
大気　「おや、だから待って下さい。ならば聞くものにより声質は
　　　　異なる筈です。それにこうまで本人か傷つく事を正確に呼
　　　　び出せるのはおかしい。其処には何らかの具体的な作用が
　　　　あるはずです。」
亜美　「そうですね。だから私が判ったのは半分。」
夜天　「となるとやっぱり、なにかやってやがる・・・？」
亜美　「多分。それはきっとレイちゃんが解いてくれるわ。でも…」
星野　「でも？」





　と、其処までが話し合われた、その時だった。





爺や７「ボール、フォア！　バッター、１塁へ！」





　主審のコールが聞こえてきた。見れば、マウンド上で消耗しきっ
た千影が、がっくり膝をついている。目を返せばこちらも随分と消
耗しているらしいレイが、バットを投げ捨てふらふらと１塁へ歩い
てゆく。どうやら精神世界での過酷な鍔迫り合いは両者に極度の緊
張と消耗を強いたようだ。しかし。

大気　「やぁ。どうやらレイちゃんが勝利したようですね。」
夜天　「え？　だってただのフォアボールだぜ？」
星野　「これまで意識的にボールを散らさない限り、ボール球なん
　　　　て投げなかったピッチャーが、フォアボール。つまりレイ
　　　　ちゃんがそれを引き出したって事だろ？」
夜天　「・・・そんな事が出来るのか？」
星野　「相手の心の中だけの筈の声を自在に呼び出し、それを自分
　　　　の声に転換する奴が相手だ。レイちゃんだってやるだろう」
夜天　「・・・・・そんな馬鹿な。」
大気　「と、思いたいのは我々も同じですよ。」

　呆然、とグラウンドを見つめるスターライツ。随分とやつれては
いるが、それでもレイは心配そうに声をかけるまこととちびうさに
笑顔で応えていた。どうやら心配は要らないらしい。またレイとの
精神世界戦で消耗しきった千影はタイムをコールし、集まった妹達
と相談している。間違いなく、ピッチャー交代だろう。だけど。





亜美　「でも、もう私達には、残された選手が居ない。」





　ぽつり、と亜美が呟く。どきりとそれに反応し、振り向くスター
ライツ。じ、とベンチ裏に視線をやり、言葉を続ける亜美。

亜美　「星野さんたち３人は先の回で、完膚ないほどに痛めつけら
　　　　れてしまったから出せない。でも他には・・・」
星野　「見損なってもらっちゃ困るな！　ちびうさちゃんだってほ
　　　　たるちゃんだってレイちゃんだって、あんなに頑張ってる
　　　　んだ。僕らが逃げ出すとでも思うのか！」
大気　「そうです！　我々はまだ此処に居ます。どんな事にだって
　　　　負けはしません！」
夜天　「そうだよ！　俺たちゃやるぜ！　見ててくれ！」

　亜美の言葉に勢い込んで反論するスターライツ。が、それを止め
る者が居た。ほの白い手がつい、と３塁側ベンチの中に上がり、そ
れだけでスターライツの３人が押し黙る。





星野　「・・・火球皇女。」





　部下の問いには答えず、火球皇女は亜美に問うた。





火球　「太陽系の戦士達は、自らの手で、決着を付けねばならない
　　　　と考えている。・・・そうですね？」





　こくり、と頷く亜美。は、として気付くスターライツ。そうだ。
次のバッターは、間違いなく最後の最後の打者だ。これで点が入れ
ば間違いなく逆転。しかし凡退すればエックス負けが決まる。ヒッ
ト狙いで次に続けようにも。





亜美　「・・・あの娘が、ピッチャーでは。」





　暗い目つきでマウンドに目をやる亜美。はっとしてスターライツ
が振り向く前に、





　どずぅぅぅうううんん！





　四葉のミットが鳴らす地響きのような轟音が聞こえてきた。もう
振り向かなくても判る。こんな音を立てるピッチャーは両軍合わせ
て１名しかいない。いや、正確に言えば１機か。

星野　「・・・成る程な。これが噂の、メカ鈴凛か・・・」
大気　「カメラでは覗いていましたが・・・凄まじい球ですね。」
夜天　「・・・おぃおぃ。こんな球をまことさんは打ったのか？」

　呆然として、メカ鈴凛の投球練習を見やる３人。本来不要なはず
の投球練習をわざわざ行ったのは、間違いなくこれから登場するス
ターライツの３人へのデモンストレーションだろう。途中参加のハ
ンデが無い様にとの思いやりに違いないのだが、今の３人にとって
は嫌味にしか見えなかった。これが打てるのは人間じゃない。そう
思いながら、蒼白な表情でマウンドを見る３人。そしてそんな３人
を打席に立たせれば間違いなく３球凡退に終わる事は確実で、だか
ら亜美は誰も打席に送れなかった。だが、しかし。





亜美　「うさぎちゃん・・・どうしよう。ねぇどうしたらいいの？」





　ベンチ裏で懇々と眠り続けるうさぎに、よろよろと取りすがった
亜美が言った。悲壮な声でうさぎを見上げながら、言葉を続ける。
眠り続けるうさぎへ。それはそうだろう。こんな程度で目を覚まし
ているのなら、先のレイちゃんの折檻で目を覚ましている。





亜美　「私たち、みんな頑張ったわ。ちびうさちゃんも、ほたるちゃ
　　　　んも、レイちゃんも、あんなにボロボロになるまで頑張った
　　　　わ。でも、もうお終いなの。もう誰も居ないの。」

　ぽろぽろと瞳から涙を流しながら亜美は、眠るうさぎへ問うた。
眠り続けるうさぎへ。何も知らないように眠るうさぎへ。





亜美　「もう、もう私達には誰も居ないわ。衛さんも帰ってこない
　　　　し、はるかさんたちも眠り続けているだけ。ねぇ、どうし
　　　　たらいいの？　私はどうすればいいの？　答えて？ねぇ？」

　細い肩。震える腕。それで眠るうさぎへ取り縋り、亜美は言った。





亜美　「御願い、うさぎちゃん。助けて。ねぇ助けて。あなただけ
　　　　が頼りなの。御願い。助けて。助けて。助けて。・・・」

　後は言葉にならない。ぽろぽろと流れる涙を拭おうともせず、
しゃくりあげながらうさぎに取り縋る亜美。言葉もなくそれを見つ
めるスターライツ。このままにはして置けない、矢張り自分が、と
３人の誰もが言おうとした瞬間。また３塁側ベンチにほの白い手が
上がった。





星野　「火球皇女？」

　それにも応えず、上げた手をついと返して、亜美とうさぎを指差
す。と、其処には。





　ゆっくりと瞼を開き、取り縋る亜美の肩へ掌を置く、うさぎが居た…。
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水野夢絵 <mwe@ccsf.homeunix.org>
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