◆21:20 9回表 十番高校の攻撃

> まこと「ほたるちゃん!」
> 四葉 「何をするデスか!?」

 流石に悲鳴を上げる両軍。しかし、おそらくほたるには聞こえな
いだろう。「沈黙の壁」ことサイレンスウォール。その正体は「沈
黙の鎌」の次元干渉作用が齎す「空間断層」。如何なる物もこれを
越える事はできない、文字通りの「難攻不落」の壁。ほたるが前回
本塁打を打った時は、これを逆に利用し「不断の糸」である鈴凛の
立方晶炭化窒素アラミド繊維を断ち切った。そして今は銀色の繭状
ステイシスフィールドが打席に屹立している。ほたるはその中だ。

大気 「・・・成る程。これで『囁く声』を防ごうと言う訳ですか」
星野 「だが、あんな物で自分を囲んで、球が見えるのか!?」
レイ 「それは心配要らないわ。ほたるちゃんことセーラーサター
    ンは次元を操る戦士。確かにあれで周りが見えず音も聞こ
    えなくなるけど、次元の壁くらい簡単に越えて此方を正確
    に知覚できる。けれど・・・」
夜天 「けれど、何だよ?」
レイ 「サイレンスウォールは、そう容易く解除できるものじゃな
    いの。張り巡らせるのは一瞬だけど、解除するにはそれ以
    上の手間とエネルギーを注ぎ込む必要があるわ。だから
    作る時は何時も2次元の壁の様にして、そのまま遠くへ
    押しやるだけで始末できるようにするの。」
大気 「それは不可侵の壁である以上仕方のない事ですね。数度、
    これで打球を止めた事がありますが。あれも、ですか?」
レイ 「とっくにほたるちゃんが土星の中へ押し込んでいるわ。あ
    の中なら、時間を掛ければ星からの重力作用で自然瓦解す
    る。私たちも自分の母星をそうやってよく利用してるから。」
星野 「しかし、今度ばかりはそうはいかないぞ。自分を包んでい
    るんだから、まさか自分ごと星へ捨てる訳には行かない。」
レイ 「えぇ、だから私も、ほたるちゃんがどういう積もりなのか…」

 そこまで言った時、ふとレイは妙な事に気付いた。おかしい。こ
んな事を喋るのは、いつもなら亜美ちゃんの仕事。しかし彼女は何
故か黙っている。銀色の全反射幕になった次元遮断繭が打席に立つ
光景に集中していたから気付かなかったが・・・亜美ちゃんは?

レイ 「亜美ちゃん・・・亜美ちゃん!」

 ふと傍らを振り返り、そこに彼女が居るのを見て取ったレイ。見
れば亜美は、ぶるぶると震えながらベンチに座り込み、真っ青な顔
の前に硬く拳を握り締めて、打席も見ずに押し黙っていた。一体、
何が? そう亜美にレイが聞こうとした瞬間。

夜天 「投げた!」
レイ 「え!?」

 3塁側ベンチから、マウンドの千影がクイックモーションで投球
するのが見えた。そして慌ててグラウンドを振り返ったレイは、
次の瞬間に信じられないものを目撃する事になった。勿論、彼女も。





まこと「そんな!ほたるちゃん!」





 千影の手からボールが離れ、それが絶好の打ち頃の球として来る。
それが次元壁の手前、つまりほたるがその中で構えているであろう
所の寸前に達した時、





       サイレンスウォールは、「中から」切り裂かれた。





星野 「なんてこったぁ!」
夜天 「絶対不可侵の壁を、どうやって!」





 切り裂かれた次元壁の裂け目から、ほたるがボールの行方を見定
めている姿がのぞいた。壁を切り裂いた「沈黙の鎌」の刃がくるり
とほたるの周りを半周し、同時に鎌の長大な柄の端が丁度ほたるの
体の正面に回り込む。

ほたる「いやぁぁああーーーーーー!」

 裂帛の気合が球場に轟き、ほたるの振るう「沈黙の鎌」の柄が
ボールを捉えた。





 かきっ!





 鋭い金属音だが、金属バットでない以上、やはり限界はある。し
かも前回の様に殆ど静止状態だった球へ全力で振るったケースとは
違い、次元壁を切り裂いたその返す刀で打っている。当然、威力は
前回のそれに及びも付かない。結果。





 ぽーーーーん、ぽーーーーん、からからから・・・





 センターを守る衛。そのすぐ後ろに落ちたボールは、そのまま大
きく跳ね上がり、バックスクリーン手前のスタンドに入った。





線審爺「エンタイトルツーベース!」





 審判のコールが上がる。これで打者2塁へ。長打ではなかったか
ら1塁ランナーがホームを落とせなかったのは残念だが、どのみち
ちびうさの脚では2塁どまりだったから、これは寧ろ僥倖と言うも
のだろう。だが、





      その時の両軍は、誰もこんな事を気にしていなかった。





四葉 「ほたるサン!」
ちびう「ほたるちゃあん!しっかりぃ!」
咲耶 「ほたるさん! 大丈夫ですか!」





 打席に一人、全身をボロボロにして倒れている小柄な少女の姿が
あった。両軍の選手が血相を変えて彼女に駆け寄り、口々に心配そ
うに尋ねる。少女の名前はほたる。沈黙の戦士ことセーラーサター
ン。そして彼女に誰より早く駆け寄り抱き起こしたのは、まこと。

まこと「ほたるちゃん!ほたるちゃん、あんた・・・」
ほたる「・・・まこと・・・さん・・・ボール・・・は・・・?」
まこと「そんな!そんな事より!」
ほたる「ボールは・・・どうした・・・んですか?・・・私・・・
    打てた・・・んじゃ・・・?」
まこと「あぁ、ああ! 打った、打ったよほたるちゃん! でも、
    今はそんな事より、あんたの体の方が!」

 と、がし!とまことの腕を掴む手があった。吃驚するほどの握力で
ぎりぎりと締め上げてくる。一体誰が!と思うまことだったが、それ
は直ぐに判った。自分の腕を握り締めているのは、ほたるだった。

ほたる「いけません、まことさん・・・走って・・・走って下さい
    ・・・でないと・・・私・・・何の為に・・・打ったのか」
まこと「でも!」
ほたる「御願い・・・まことさん・・・ちびうさちゃんの・・為に」

 はっ、として、ほたるを抱えたまま、傍らのちびうさを見るまこ
と。ちびうさは蒼白な表情のまま、ほたるを見つめている。もう
一度、腕での中のほたるを見やるまこと。





まこと「ほたるちゃん・・・あんた、どうしてもちびうさちゃんに
    応えたかったんだね? 自分に自信をくれたちびうさちゃ
    んに、どうしてもホームへ返して、自信を返そうと・・・」





 まことはその時、ほたるが、ふ、と微笑んだ様な気がした。だが、
その問いに対する返答がほたるから帰ってくる事はなかった。がく
り、と体から力を抜き、ほたるはそのまま気を失った。ちびうさの
絶叫が球場に響く。





ちびう「ほたるちゃあーーーーーん!」