日本には日本の、アルジャジーラのような国民的テレビ局が必要だ
X-No-Archive: Yes
まず、戦争体験者はすでに高齢である。
スローガンが有効であった時代は、戦争で黒焦げになっている人間を目撃した人間
の心より平和への希求、戦争への嫌悪、反戦思想が根底にあった時代だ。反戦ス
ローガンは、スローガンそのものに力があったのではなく、そのスローガンが指し
示した対象が、各戦争体験者の心の中の疑いない実感を指し示したからこそ、
スローガンは有効な言葉であったのだ。
福島瑞穂、君は、戦争の時代に生まれたわけではない。君ばかりでなく、ほとんど
の現役はもはや戦争を知らない世代。こんな時代だからこそ反戦平和のスローガン
が威力をなくしてしまったことを知らねばならない。あいも変わらぬ50年前のス
ローガン戦術はもはや、死語で語っているにひとしいのだ。
「これだけはもはや疑いようがない。」フッサールの現象学では、これを内在と呼
ぶ。
りんごをかじる。うまいっ。このうまいという実感だけは、いかなる憶測も含まな
い。伝聞情報とは違うのだ。フセインのDNA鑑定を鵜呑みにするドクサ(臆見)
にまみれた人間が、まるで内在と伝聞を混同して同等に真理値を持たせてしまうよ
うな時代である。こんな時代は、内在そのものがすでに戦争体験の強烈さを喪失し
ているわけだ。内在なき時代に、スローガンを繰り返しても効果はない。
映像を報道しろ。
人間の持つ、フランス革命後の思想の、社会統制の双方向性こそ、憲法の命ではな
いのか。この命は19世紀初頭より生き続けている命である。歴史の薫陶に耐えて
来た力のある言葉である。この事実を具体的に説明すべきだ。繰り返し繰り返し。
反対に、いかに、小泉ファッショ政権が、警察国家、上から下への一方通行である
かを説明すべきだ。
経済は、統制経済はこの一方通行にこそあることを、また、家産官僚制政治と連動
してることを敷衍すべきだ。
国民は馬鹿だが、それは、感情に触れる言葉、感情に触れる映像がないからであ
る。スローガンは言葉だ。言葉は、何を指し示すかでその威力が決まる。内在なき
世代にはスローガンの指し示す対象がないことを思い知って欲しい。
死ぬなら、イラクでテロにあって死ぬのではなく、真実を報道するジャーナリズム
の一員として死んでこそ、日本国民は心よりの追悼を手向けるだろう。日本人の目
に、感情を揺るがす真実の音と光を与えるのは、福島瑞穂、君のジャンヌダルクと
しての使命であることを知って欲しい。
土井党首はスローガンの時代に生きたひとだが、彼女の時代にはそれも有効だっ
た。内在が、言葉の指し示す内在が実在したからだ。説得は内在無しにはヒットし
ない。国民的テレビ局に冷暖房の豪華施設は不要だ。総力を結集した反戦、平和へ
の情熱と行動があれば、暴力を廃止し、平和のうちに健全なる資本主義が樹立する
ことも、家産官僚機構の解体も、ひいては政治の逆転も可能である。人間に、日本
人
の心に真実の火をつけてみないか、福島瑞穂。
Fnews-brouse 1.9(20180406) -- by Mizuno, MWE <mwe@ccsf.jp>
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