弁護士補助
「先生、依頼人が来ていますが。」

弁護士
「依頼人は大企業かね。
 大企業の顧問弁護士なら、望むところだ。
 新規参入業者に対する、嫌がらせや脅しの訴訟でも、
 時間稼ぎの訴訟でも、
 税金対策の指導でも、
 なんでも引き受けなきゃならないんだよ。
 零細企業は、困るけどね。」

弁護士補助
「いえ、依頼人は大企業ではありません。」

弁護士
「怒鳴りつけて、追い返しなさい。
 いや、イヤミを言って、追い返しなさい。
 法律家のイヤミは、暴力団の脅しと同じくらい悪質だということを
 教えてあげなさい。
 あ、いや、他の弁護士にあたってもらいなさい。
 
 それとも、依頼人は資産家かね。
 資産家なら、絶対引き受けなきゃならないんだよ。
 貧乏人は、困るけどね。
 億単位、十億単位、百億単位の遺産相続訴訟、いいねえ。
 資産家なら、脱税の指導でも、なんでもOKだ。
 おっと、こんなこと言っちゃ、いかんか。」

弁護士補助
「いえ、依頼人は資産家ではありません。」

弁護士
「怒鳴りつけて、追い返しなさい。
 いや、イヤミを言って、追い返しなさい。
 法律家のイヤミは、暴力団の脅しと同じくらい悪質だということを
 教えてあげなさい。
 あ、いや、他の弁護士にあたってもらいなさい。
 
 それとも、なにかね、依頼人は美人女優かね。
 美人女優なら、どんな訴訟でも引き受けなきゃならないんだよ、君。
 一般市民なら絶対引き受けないような訴訟でもね、
 美人女優なら、こちらもやる気ムンムン、
 本気で弁護。
 国選弁護人のような、仕方なくシブシブやる弁護とは、
 大違いなんだよ、君。
 国選弁護人なんてね、情状酌量とか、ありきたりのことを言って、
 手抜き弁護するしかないんだよ。」

弁護士補助
「いえ、依頼人は美人女優ではありません。」

弁護士
「怒鳴りつけて、追い返しなさい。
 いや、イヤミを言って、追い返しなさい。
 法律家のイヤミは、暴力団の脅しと同じくらい悪質だということを
 教えてあげなさい。
 あ、いや、他の弁護士にあたってもらいなさい。
 
 それとも、なにかね、今マスコミで大きく取り上げられている、
 カッコの良いファッション事件かね。
 ファッション事件なら、絶対引き受けなきゃならないんだよ。
 日本の弁護士は、みんな常識人だからね。
 当事者にとってはどんなに深刻な事件でも、
 他人からみて小さな事件、カッコの悪い事件は、
 誰一人として引き受けないんだよ。
 が、今マスコミで話題になっているファッション事件なら、
 すぐに何十人という大弁護団が結成されるんだよ。
 何十人という弁護士が、裁判所にゾロゾロと並んで入るのは、
 圧巻だよー、君。
 それに、テレビでの記者会見。
 その晩は、銀座のクラブなぞへ繰り出して、
 『あっ、今日テレビにでていた先生では。』
 『いや、君、人違いだよ。ワーッ、ハッ、ハッ、ハッ。』
 なーんてね。」

弁護士補助
「いえ、マスコミで大きく取り上げられている事件では
 ないと、思いますが。」

弁護士
「怒鳴りつけて、追い返しなさい。
 いや、イヤミを言って、追い返しなさい。
 法律家のイヤミは、暴力団の脅しと同じくらい悪質だということを
 教えてあげなさい。
 あ、いや、他の弁護士にあたってもらいなさい。」

弁護士補助
「先生。
 依頼人は、超美人の女子大生ですが。」

弁護士
「よし、すぐに通しなさい。」

弁護士補助
「・・・」

弁護士
「訴訟というのはね、
 一方の弁護士が、一方の当事者の立場を、専任で主張し、
 他方の弁護士が、他方の当事者の立場を、専任で主張し、
 それを判事が判断する、というシステムによって、
 一人の人間の判断能力を、超える判断を可能にする、
 そういうシステムなんだよ。
 一人の弁護士が、依頼人の話を簡単に聞いただけで、
 超簡易判決を下してはいけないんですよ。
 訴訟を起こすのは、当事者の市民であって、
 弁護士は、それに助力するだけなんですからね。」

弁護士補助
「はい・・・、わかりました。」



        この物語はフィクションではありません。
        昭和40年頃、私が実際に遭遇した法律家達の物語です。