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On Wed, 5 Jul 2006 03:45:32 +0000 (UTC), Shinji KONO <kono@ie.u- 
ryukyu.ac.jp> wrote:
> In article <20060705122004kK5cHtzzlA7P@nntp.aioe.org>, (=゜ω゜)ノ 
> <yomimasen@usage.port5.com> writes
>> というか、常に誰かをたよりにしている「仲良しクラブ」があるわけね。
> この馬鹿っぽい投稿のレベルと内容をもう少し上げて欲しいなぁ。

この場合彼(ら)の投稿の馬鹿っぽさというの文を理解し、考え、意見を表明するという
知的スキルの欠如だと思うんですが、このことは

> そんな仲良しクラブなんか存在しないと思う。

のように実在しないと様々な人々から繰り返し言われているのに
何故か彼(ら)には見えてしまう「仲良しクラブ」幻想の原因であるように思います。
彼(ら)には恐らく

> 個々の論点に関して、ここで議論する人は、是々非々だと思うし。

ということを読み取るだけの
知的スキルがないからこそ「『仲良しクラブ』幻想 with 疎外感」を感じるのでしょう。

人間、知的スキルを身につけるほうが感情ベースの社会的反応スキルを身につけるほうが
時期的に(年齢的に)早いようなので、
知的スキルは不十分だけど感情に基づく社会的反応はできるというヒトは多いようです。
そういうヒトは
自分に向かってきた疑義や異論の内容は知的スキルの不足から理解できないまま、
文の感情的な色彩から敵か味方かという社会的分類をしようと試み、
疑義や異論という自分に恭順する意思のない行為への印象から相手が抵抗する方向だという
心的イメージを抱いてしまって相手に敵意や害意を見てしまう。
内容が理解できていれば純粋な疑義や異論に特別の敵意や害意などないとわかるのですが、
内容理解できないために無理難題をふっかけられ、詰問され、難癖をつけられている
ような気分になっちゃうのですね。
(今回彼らに顕著だと思われるので彼(ら)について書いていますが、
わからない話題で盛り上がる集団と接したときの
こういう反応そのものは多かれ少なかれ誰にでもあるでしょう。
だからといってその話題を学ぶでもなく、静かに立ち去るでもなく、
迷惑行為で暴れるってヒトは知的スキル以外にも
何らかの問題があることが現れているとは思いますが。)

その結果、実は彼(ら)も、彼(ら)の言う「仲良しクラブ」の他のメンバーと
まったく同じように普通に遇されて是々非々の立場で意見を表明されているだけなのに
彼にはそのことが読み取れず感情的印象として敵意のイメージしか残らないわけです。
一方「仲良しクラブ」の他のメンバー同士では是々非々の立場で意見を表明しあう=議論
ということでは同等なんですが、やっぱり彼には内容が読み取れず、
その中から感情的な色彩だけを見ることになりますが、
怒りや反感といった感情的な反応があまり返る様子がないことから、
メンバー同士には敵意がないと感じます。
むしろ「キツイことも遠慮なく言い合える仲間」にさえ見えるかもしれません。
それが彼(ら)が「仲良しクラブ」幻想を抱いてしまう理由ではないかと考えます。

つまるところ根っこは読解と思考、表現など知的スキルの不足であって、
それらの不足を補って「馬鹿っぽい投稿のレベルと内容をもう少し上げ」る
ことがもしできるようであれば、
「『仲良しクラブ』幻想 with 疎外感」も消えるのではないかと思いますo

余談:
矛盾の寓話で最強の矛と盾を突き合わせてみたらどうなるかという問いは
逆に言えば実際に齟齬をきたす「つき合わす」ところまで論理の鎖を意識的に継いでいかないと
矛盾は分かりにくいということ、
すなわち人間の脳で通常行われる活動がもつ局所的な性質を表しているように思います。

おそらく感情的な反応は知的活動で人間を駆動する
基本的な心理的「動力」になってはいるのでしょうがその機能は反射的で局所的な傾向があります。
これは感情というののは神経系と内分泌系による局所的な反応の組み合わせであることによるのでしょう。

一方、論理的整合性というのは感情的な反応が持つ反射的、局所的であるという限界を補う
知的スキルを構成する重要なツールであり、
ある意味で非常に人工的なものであって、意識的に利用法を修得しなければ使えないものです。

で、
現時点で利用法を修得できていないと思われる
彼(ら)には文章の知的な内容は読み取れず、当然書き表すことも出来ないわけで、
では彼(ら)は文章に何を読みとり、ナニを託すのかといえば結局感情だけです。
彼らが知的に見せたがるのは感情的な印象、つまり雰囲気だけでいいので
彼(ら)にとってはポーズだけで十分なのです。
彼(ら)は真に知的でありたいわけでなく、知的に見られたいだけなのです。
という状況を考えると彼らが知的スキルを本気で身につける動機は薄く、
当然身につける可能性は低く、となると疎外感は将来にわたって消えないんでしょうねぇ。

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