新緑が陽射しに映える山里の風景、おもちゃみたいな里山に囲まれた
峠道に旅行姿の少女(自称17歳です)がひとりでぶつぶつ喋っている。
道の傍には渓流が流れ、その流れる水面を覗き込むようにさくらの花
が今が盛りと咲いている。

「ほらホクナン、今日来てよかったでしょ」

少女(自称17歳です)は自分の乗るランドナ(自転車、ただし空を
飛ばないものだけをさす)に話し掛ける。
でもホクナンと呼ばれたランドナ(自転車、ただし空を飛ばないもの
だけをさす)は不満そう。

「おなかが痛いから休みたいというのに」
「あんたは登校拒否の小学生かよ
 ランドナ(自転車、ただし空を飛ばないものだけをさす)の
 どこにおなかなのよ」
「ムヱは無理やりなんだもんな
 それに有名な峠と聞いていたのにタダの山道じゃん
 ぼくのような都会的センスのランドナが輪行する道じゃないじゃん
 マウンテンバイクでいいじゃん
 これのどこが国道?
 ぼくら営林署の間伐材切り出し作業員ですか?
 おじいさんは山に柴刈りに行きましたですか?
 (ぶつぶつ)」

なにやら両者の確執は根深いようだ。
しかし一方、ムヱと呼ばれた少女(自称17歳です)そんなこと気にも
とめないでパチパチと道端の石とか山吹の花とか意味のないものにカメラ
を向けてシャッターを切っている。

「さあ今度は正丸トンネルに入るよ
 準備はいいかな」
「はい、先生
 ホクナンくんは足が痛いので
 今日は温泉に漬かって休みたいそうでーす」
「なにバカなこと言っているのよ」
「でも、でも、ほらムヱ
 ここは温泉がたくさんあるよ
 今日はゆっくり温泉に入って
 お肌すべすべにして
 帰るのは明日にしよ
 そ、そうだ
 あの山の上の大仏さまの思し召しにあるぞよ〜」
「つーか、ホクナンはランドナ(自転車、ただし空を飛ばないものだけを
 さす)なんだから温泉関係ないじゃん
 ここの温泉は鉱泉系だから思いっきり錆びるじゃん」
「いや、ここは強アルカリ性だから溶けるんです」
「勝手に溶けるなって」
「って、ホントに行くのかよ
 ほらほら、あのトンネル照明のない真っ暗だよ
 ムヱ、マジやばいよ、ぎりぎり車道の幅しかないじゃん
 いやー、まっくら、いっやー」

搾り出すような悲鳴を残してランドナ(自転車、ただし空を飛ばないもの
だけをさす)とそれをこぐ少女(自称17歳です)は漆黒の正丸トンネル
の中に消えていく。

傍らで何気なく、この少女(自称17歳です)がひとりで会話している様子
を見ていた村の嫗は若い身空で不憫なものよと知らず和歌を口ずさむ

 もろともに哀れと思へ山桜
    花よりほかに知る人もなし

日が長くなったとはいえ、たそがれの薄暮の山の稜線に満月が大きい


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のりたま@マジはらはらするんでやめて下さい
     べ、べつに心配なんかしてないんだからね