太平洋を広く見渡せる海岸の絶壁、二人の男が潮風に髪をなぶらせ
て沖を往く漁船かなにかを眺めている。

のりたま
 「まあ今回のことは残念なことだと思います。
  しかし、私にはまだ映画を完成させる仕事がありますので
  このくらいでひきあげさせていただきますよ」
名探偵
 「そうですね、ながいことお引止めいたしまして
  ご迷惑をおかけしました」

のりたま
 「いえ、私のようなものでもお役に立てれば幸いです」

二人はそんな会話をして名探偵はのりたまが立ち去ろうとするのを
見送るでもなく眺めている。
そこに転がるようにひとりのおっさんが走ってきた。

警部サッちゃん
 「たいへんだ、ほくなんが見つかったぞ
  この先のがけ下に自動車ごと転落していた
  いま、道警が引き上げている」

驚愕の報告に二人とも驚くかと思っていたのにだれも身動ぎすらし
ないことに郷を煮やした警部サッちゃんが二人を責めるように前言
を繰り返す。
 
警部サッちゃん
 「どうした、ふたりとも
  映画資本金持ち逃げ犯と疑われていたほくなんが
  水死体で発見されたんだぞ、事件は解決じゃないか
  きっと事務所で殺されていた社長もやつの仕業に違いない!」

得意になって事件の顛末を説明する警部サッちゃんをよそに名探偵
とのりたまの間の緊張は高まるばかりだ。

名探偵
 「よかったですね、のりたまさん
  これで映画の資本金も戻ってきますよ
  そしてほくなんさんに掛けていた保険金百億円も一緒にね」

警部サッちゃん
 「な、なんだって百億円って、
  どういうことです、のりたまさん」

いつのまにか踵を返して名探偵と向き合う形に立っているのりたま
は別に動揺したようすもなく足元の石を小突いている。

のりたま
 「普通の保険金ですよ、警部さん
  映画の出演者にはまさかのときの為に全員に多額の保険金を
  掛けられるものなのですよ
  ほくなんさんもカメオ出演ですが
  れっきとした出演者ですからね」

名探偵
 「死体が見つからなければ資金がなくなったので映画はオワリ
  こんどは死体が見つかれば保険金で映画が作れる
  うまく考えたものですね
  でもこれじゃ映画のエンドロールにクレジットされたくらいじゃ
  ほくなんさん浮かばれないのじゃないですか」

のりたま
 「名探偵さん、悪いですが私は今日の便で
  モスクワに立たなきゃいけないんですよ」

名探偵
 「そんなこまりますね舞台の主役が勝手に
  いなくなってもらっては...」

警部サッちゃん
 「どういうことなんだ、睦くん」

名探偵
 「映画のプロジェクトを立ち上げたはいいものの
  資金は集まらない、撮影は進まないたちまち資金難に陥った
  とあるプロデューサはそれでも頭がよかったのさ」

のりたま
 「.........」

名探偵
 「映画の役をもっと別のものにしてもらおうと
  のこのこやってきたほくなんさんを利用して
  このプロデューサは大逆転の博打にでたのさ」

のりたま
 「なにを証拠に...」

名探偵
 「証拠ならここにある!
  ほくなんが私に宛てたダイイングメッセージだ」

名探偵がポケットから取り出しバッと広げたものは温泉タオル
(それも安物でペナペナの)だった。しかし、その真中には血文字
で『はんにんはのりたま』と印されているのだった。
顔を引きつらせるのりたま、状況がよくわからないサッちゃん。

名探偵
 「ここに来たとき朝浜辺を歩いていて拾ったんですよ
  でもこの温泉タオルはほくなんがいつも腰から下げていたもの
  のりたまさんも見たことがあるでしょう」

のりたま
 「......金がないのに、
  映画を作る金がないのに、美人を回りに侍らせろだの
  モテモテの役にしないとあばれてやるだの
  好き勝手なことばかり並べやがって
  そんなに映画に参加したいのだったらと人柱にしてやったのさ
  わっははは、オレは誰にも捕まらないぞ
  地の果てまで逃げてやる」

のりたまは名探偵に啖呵を切ると一瞬身を崖の外に躍らせた。

警部サッちゃん
 「あっ、あぶない!」

名探偵
 「やめろサッちゃん、追うな!」

スローモーションのような動きのなかでのりたまの体は崖から遥か
下に逆巻く波頭の中に消えてしまった。
おそるおそる崖下を覗き込むサッちゃん。

名探偵
 「真犯人を見逃してしまったな」

警部サッちゃん
 「なにをいうんだ、助かるわけないじゃないか」

こうして映画「北海道沈没」製作委員会は自然消滅して、作られる
ことのなかった映画「北海道沈没」は死を呼ぶ禁断の企画として、
長く映画業界で封印されてしまったのでした。

-- 
のりたま@るーるーるるるー♪